第1話『ピザ窯と一緒に異世界転移!?』
深夜のピザ屋で働いていた青年・レン。
疲れとチーズの香りに包まれていた彼は、突如として――ピザ窯ごと異世界に転移してしまった!?
剣も魔法も関係なし、必要なのは小麦粉とチーズと、ほんの少しのオリーブオイル。
これは、ひとりの青年が異世界で「ピザ屋」を開くまでの、最初の一歩のお話。
厨房に漂う、トマトとチーズの香り。
「……これで、全部っと」
ピザ生地を冷蔵庫に戻し、チーズの袋をパチンと留める。清掃用の布巾でカウンターを拭いたところで、レンは大きく伸びをした。
「ふぅ~~~~。……今日も疲れた」
大学に通いながら、週5のバイト。
ピザ屋『ボーノ・ピッツァ』の深夜シフトはハードだが、もう3年もやっていると体が慣れてしまっている。とはいえ、毎晩の片付けが終わる頃には、腰が重く、眠気が全身に染みてくる。
そして今日も、最後の最後に謎の好奇心が彼を襲った。
「このオーブン、何か……光ってね?」
そう。店の奥に鎮座する、業務用の赤い石窯オーブン。
高温で一気に焼き上げる本格派で、店の自慢でもある。だが、今夜のそれは、なぜか内部が青白く光を放っていた。
レンは首をかしげながら、ぐっと顔を近づける。
「なんだこれ、電球が反射してるのか……って、うわっ!?」
ズズズッ――という振動とともに、オーブンの中から突風のような吸引力が発生した。
気づいたときには、レンの体がふわりと浮き、頭から窯の中に吸い込まれていた。
「あ、ちょ、待って待って!! 俺まだシフト中だか――」
光が弾けた。
目を開けると、空には二つの月が浮かんでいた。
石畳の広場。木造の家々。遠くの丘に、羊のような生き物と、背中に羽を持つ人影。
どこか異国風で、しかし現実には見たことのない景色だった。
「……え、何これ」
レンはゆっくりと立ち上がる。スニーカーに冷たい石の感触が伝わる。
だが、それ以上に驚いたのは、すぐ背後の巨大な物体だった。
ピザ窯だ。
そう、彼が勤めていた店の――あの赤いオーブンが、石畳の上に、まるで神殿のように鎮座していたのだ。
「いや、なんで!? オーブンも一緒に転移してるの!?」
しかも、なぜか電源が入っている。うっすら中が温かい。
混乱する頭を抱えながらも、レンは本能的に辺りを見回す。人々がざわついている。どうやら自分が「どこか別の場所」へ来てしまったことは確からしい。
「……異世界転移、ってやつか?」
マンガやラノベでよく見る展開だ。でも現実で起きると、混乱しかない。
そんなときだった。ガラガラッ、と窯の中から金属音。
「うおっ!?」
慌てて振り返ると――窯の中から、なぜかピザボックスが出てきた。
「……マジかよ」
中を開けると、アツアツのマルゲリータ。湯気が立ち、トマトとバジルの香りが広がる。
その香りに引き寄せられるように、広場の片隅から、一人の少女が近づいてきた。
「……その丸いやつ、なんだ?」
狼の耳と尻尾を持つ、獣人の少女だった。
第一話、いかがでしたか?
いきなり異世界へピザ窯ごと転移してしまったレン。
ですが、彼の冒険(というより日常)はまだ始まったばかり。次回は、謎の獣人少女との出会いからスタートです。お楽しみに!