第四話「初めての税金、初めてのトラブル、初めての……告白(仮)」
森の国(仮)に、人が増えて――二週間が経った。
かつては静かで、鳥のさえずりと風の音しかなかった谷。
それが今では、子供たちの笑い声や、野菜と人の口論、そして時折聞こえるツタ建築のきしむ音が響き渡る、賑やかな村──いや、もはや“町”レベルの騒がしさになっていた。
「レントさーん! 畑の水、今日は手で撒く感じですかー!?」
「えっ!? あ、うん……手でいこう!たまには!」
突然呼びかけられた俺は、スコップを握ったまま振り返る。振り返るとそこには、新しく住み始めた青年がホースを持って仁王立ちしていた。
「ナスが“ぬるい”とか文句言ってたんで……ホースの方が楽なのに」
「ナスに言われたなら、手で撒こうか……」
「えぇ!? ナスの意見ってそんなに重要なんですか!?」
「重要だよ。あいつ、最近人の顔覚えるから」
「ナスに監視される生活……緊張感がやばい……」
ナスは今日も畑の隅で、じっと作業の様子を見守っていた。葉っぱの陰から視線を感じるレベルである。
慣れてきた……とはいえ、俺も時々怖くなる。
村の中心部には、簡素ながらも整った集会場と、広がる畑。
朝は目覚ましの代わりにツタの鞭が飛んでくるし、昼はリーファが熱弁をふるい、夜にはグラン・ウッドの枝が勝手に焚き火の薪を投げ込んでくれる。
便利なのか、不便なのか、もはや分からない。
ちなみに、今の村の状況はこんな感じだ。
・村の人口:34名(子供10名、大人22名、高齢者2名)
・畑:24面(拡大中)
・食糧:問題なし(野菜はおしゃべりするが、うまい)
・建築:ツタ建築が主流で、大工さんがヒマそう
・空気:おいしい
・野菜:個性豊か、そしておしゃべり
なんというか、異世界コロニーってこういう感じなんだろうか。
だが、順調な発展の裏には、やっぱり“課題”がついてくる。
その日の午後、カムイが集会場でいつになく真剣な顔をして言った。
「税を導入すべきだ」
「え……?」
あまりに唐突で、聞き間違えたかと思った。
だが、カムイの表情は冗談の気配ゼロ。マジだ。
「人が増えれば、資源をどう分配するか。ルールが必要だ。誰がどれだけ労働し、どれだけの食糧を得るか。その公平性が、この国の基盤になる」
「うぅ……数字苦手……」
「大丈夫だ。リーファがやる」
「え?」
横にいたリーファが「ほわ?」という音が出そうな顔でこちらを見た。
が、カムイは彼の葉っぱ肩に手をポン、と置いて、全責任を丸投げした。
「まさかの植物経理!!」
そして翌日。
リーファによる、驚愕の新制度が村に発表された。
流石の仕事の速さだ。
【森の国(仮)税制案 by リーファ】
・税は“労働”で払う。1日1時間以上働けば、食料・住居は“無税”。
・労働とみなされる行為:畑仕事、植物の手入れ、収穫補助、子供の世話など。
・監視システム:おしゃべり野菜たちによる聞き取り&記録。
・嘘をつくとナスがチクる。
「え、ナスに監視される村とか嫌なんですけど……」
「我、常に見ているぞ」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
あまりにディストピア風なナス社会に悲鳴をあげる住民多数。
しかし不思議なことに、実際に運用してみると、この制度はわりと良かった。
手伝いが自然に生まれる
サボっても野菜にバレるので抑止力になる
子供が「お手伝いポイント」と言って遊びながら貢献する
結果、森の国(仮)は「働いたら食える」を軸に、ある意味で共産主義的なシステムが完成していった。
……だが、そんな平和な日常に、突如“事件”は起こった。
「畑の作物が……なくなってます!」
緊張が走る一報が、集会場に響いた。
俺は思わず耳を疑った。
「なにぃ!?」
報告者は、畑班のノア。細い肩を震わせ、今にも泣き出しそうな表情でこっちを見ている。
被害にあったのは──《煌めきスイートポテト》。
俺がその辺の野草から偶然見つけ、魔力で変異させたタネを、ノアが丹精込めて育てていたものだ。村の子供たちと一緒に手入れし、毎日話しかけて、歌まで歌っていた畑だった。
たかが芋。
だがあの畑には、ノアの優しさと、子供たちの笑顔が、詰まっていた。
「ノア……心配しないで。必ず見つけるから」
俺は、なるべく落ち着いた声で言った。
「う、うん……」
小さく頷いたノアの目には、涙が今にもこぼれそうに溜まっていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に襲われた。
くそ……誰だ、こんな大事なものを盗ったのは。
「リーファ! 畑の防犯ログとか、ないのか!?」
俺が振り向いて叫ぶと、ツタから伸びたリーファの葉がピョコっと現れた。
「あるぞ。植物たちは見ておる。そして……記録もある」
「監視植物社会ーーッ!!」
毎回思うけど、便利なのか怖いのか分からん!
犯人は、意外な人物だった。
ギル。元・山賊の手下。数ヶ月前まで荒くれ者の一人だったが、今では畑仕事を真面目にこなし、村人たちとも馴染み始めていた男だ。
植物の証言(主にネギと大根)と、土に残っていた足跡の照合から、犯行はほぼ間違いないとされた。
集会場に呼び出された彼は、すぐに観念したように言った。
「……腹が減ってた。つい、魔が差して……」
その声は、かつての乱暴な響きとは違って、弱々しく、後悔と羞恥に満ちていた。
「だったら言ってくれよ!」
俺は思わず声を荒げた。
「“おかわり”ならいくらでもあるのに!! 芋なんて、お前が望めばいくらでもやったのに!!」
「……すまなかった」
ギルは地面に手をつき、そのまま額を土につけて土下座した。肩が小刻みに震えている。
その横で、ノアが小さくつぶやいた。
「でも……芋は、戻ってこないんだよね」
その言葉が、やけに静かに心に刺さった。
誰も言葉を返せなかった。
俺も、黙ってノアを見つめるしかなかった。
ギルの罪は、芋を盗んだことだけじゃない。
ノアが、子供たちが、大切に育てた時間と想いを、無言で踏みにじったことだった。
その夜。焚き火を囲んで、カムイと肩を並べて座った俺は、ぽつりと問いかけた。
「カムイ……俺たち、“森の国”って名前にしていいかな」
カムイは少し驚いたように眉を上げた。
「……いきなりだな。というかそのままだな」
「でもさ、そろそろ名前、ちゃんと決めたいんだ。“ここにはルールがある”っていう印になるように」
俺はそう言って、少しだけ遠くを見た。
夕焼けの残り火が、空を淡く染めている。
ノアの涙が、ずっと胸に残っている。
ギルの土下座の震えが、頭から離れない。
でも俺たちは、生きている。失敗して、間違って、悔しんで、それでも前を向いて。
それがこの村の、本当の“価値”なんじゃないかと思った。
「ノア」
俺はそっと彼女のそばへ行き、肩に手を置く。
「ごめんな。芋は戻らない。でも、また一緒に育てよう。何度でも、何百回でもさ」
「……レントさん……」
「だって俺たちは、“育てること”ができる。何度だってやり直せる。そうだろ?」
ノアは驚いたように俺を見つめたあと、ふっと笑った。
「……うん!」
その夜遅く。
焚き火のそばに残っていた俺の横に、ノアがトコトコとやってきた。
「ねぇ、レントさん」
「ん?」
「わたし……レントさんに出会って、少しだけ好きになったよ」
「え?」
唐突な告白に、俺の思考が数秒フリーズする。
「す、好きって……今、えっ?」
「少しだけね?」
ノアはにやっと笑う。その表情は、どこか楽しそうで、ちょっとだけ挑発的だった。
「そ、そうなんだ……そっかぁ……」
「ちなみに、“芋好き”と同じくらいの“好き”ね?」
「……え、それって……どのくらい!?」
「ご想像におまかせしまーす!」
軽やかに笑って去っていくノアの背中を見ながら、俺は焚き火に顔を向けて、声にならないため息をひとつ吐いた。
くぅぅぅ……ノア、なんかちょっと成長してるぅ……!!
村は──いや、森の国は、今日も生きている。
誰かが傷つき、誰かが癒し、誰かが笑い、そして誰かが野菜と喋っている。
平和とは言い切れない。でも、確かに“生きている”場所だ。
そんな日常の中で、今日もひとつ、騒動が起きた。
「レントさん~! ネギが反抗期入りましたー!」
「またかーーッ!!」
【森の国・正式命名】
【人口:34名+おしゃべり植物多数】
【税制度:導入済み】
【初恋:たぶん芽生えた】