第二話「村ができた。人も来た。全部植物のおかげ」
森の空気は冷たくて澄んでいて、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
だが俺の朝は、やっぱりこうだ。
「レント。水やりが2分遅い。根っこがむず痒い。しばく」
「や、やめろリーファ!ツタで叩くのやめろぉぉおお!!」
「水分は命。時間は魂。農業に妥協は許されんのだ」
しゃべる植物、今日も元気。というか怖い。
あれから一週間、リーファとグランとの共同生活が始まった。
毎日畑を耕し、野草を植え、育ったものがまた喋り出し、俺は若干ノイローゼ気味だ。
「最近、会話の九割が植物との会話なんだよな……」
残りの一割は独り言だ。
人が恋しい。
いや、そもそも人間が出てこない生活ってどうなの? 俺、人間だったよね?(たぶん)
そんなある日。
谷に一人の男が転がってきた。
文字通り“転がって”きた。
「ぐっ……くそ、ここまでか……!」
満身創痍の男。
片足がない。
腕の傷口は、包帯でグルグル巻きだ。
目も片方は潰れ、鎧はボロボロ。
「うわ、RPGの死にかけ勇者だ……!」
「だれが死にかけだ貴様!!まだ死んどらん!」
その状態で生きてるぅぅ!?
彼の名前はカムイ。元冒険者。
とある“クエストの失敗”で仲間を失い、王都に見捨てられ、辺境に追いやられたとのこと。
俺もだが、王都はいくらなんでも簡単に人を捨てすぎだと思う。
「俺のような半端者に、生きる場所はない……。それでも足だけは、どこかへ向かってしまったんだ……」
「よくその片足でここまで……いや、むしろよくこんな辺境に来られたな……GPSでもついてた?」
「なんだそれは」
異文化ギャップを感じる会話をしながら、とりあえず俺は彼を保護した。
問題は回復手段だ。
俺、治癒魔法使えない。
薬草? 持ってない。
薬? 作れない。
──が。俺には“育てるスキル”がある。
「リーファ、なんかない? 治せそうなやつ」
「ふむ……《癒し草》という植物があったな。古の森に自生する貴重種だが、記録が断片的すぎて再現不可能だ」
「じゃあ、育てればよくない?」
「お前、すごいのかバカなのかわからんな」
リーファの知識と俺のスキルを組み合わせ、“想像”と“魔力”で植物を再現する。
それが“グリーンフィンガー”の真の力だと最近わかってきた。
要は想像さえできれば様々なものを育てられるのだ。
この能力をハズレとか言ってたやつらはきっと、それができなかった。
だが俺にはリーファやグランがいる。
三日後、俺たちは《癒し草》っぽい何かを育て上げた。
まるで光ってるような透明な葉。
根から漂うミントの香り。
カムイが限界を迎える前に育って本当に良かった。
早速それを彼の傷口に使うと──
「ぬおぉっ!? 熱い!? いや冷たい!? 何これ!? 何!?」
「副作用でちょっとビックリするらしい」
三時間後、カムイの傷口は驚くほど滑らかに閉じていた。
失っていたはずの足は生えてるし、目も治っていた。
「すげぇ……」
「すげぇな、俺!」
「いや植物だろ!」
「もっと褒めてぇぇぇぇ!!!」
カムイはその後も居座った。
「この森、妙に落ち着く」とのこと。
一緒に暮らして分かったが、彼は洞察力と判断力が異常に高い。
元冒険者だけあって地形の読みも鋭く、先にここに来た俺よりも畑に適した場所を次々と見つけてきた。
「お前……有能すぎない?」
「いや、君が“異常”なだけだよ。植物と会話して農業してたら、誰だってまともに見えるよ」
ひどい偏見である。
カムイとともに開拓を進めるうちに、リーファが唐突に言い出した。
「村を作ろう」
「ん?」
「人間が増えれば、畑の効率も上がる。文明も発展し、肥料も多様化する。ついでに話し相手も増える。つまり、我にとっても利益がある」
「めっちゃ打算的だな、お前」
とはいえ、俺もカムイも異存はなかった。
家を作る木材はグラン・ウッドが提供してくれた。
「葉をちぎるなら根性見せろ」とか言ってきたが、最終的にはご満悦だった。
水は泉があり、食料も畑が広がりつつあるので大丈夫だろう。
ちなみに、俺がずっと川から汲んでグランやリーファにあげていた水は魔法水と言って、魔力を含んだ極めて貴重な水らしい。
どうやらこの山の上流に水源があるとのこと。
なぜ王国がこんな場所を”邪魔”呼ばわりしていたのか理解不能だ。
とまぁ、生活面はかなり充実してきたので、あとは人間だけ──
その“人間”が、意外な形でやってきた。
「ひ、ひぃ……ここは化け物の森かと思いました……!」
泣きながら倒れ込んできたのは、10歳前後の女の子。
服はボロボロ、髪は泥と血で固まり、右足には縄の痕。
「……奴隷か」
カムイの言葉に、少女は震えた。
「わ、わたし……逃げてきただけで……わたし、悪いことしてないのに……」
「……大丈夫だ」
気づけば俺は、彼女の前にひざをついていた。
「ここは森の国。どんな種でも、根を張れば咲けるんだ」
なんかカッコつけた。
あとでリーファに怒られた。
「種は選別が必要だ。根を張っても枯れる奴もいる。甘いことを言うな」
「現実すぎて泣きたくなるわ!」
少女はノアと名乗った。
実は王都の元・貴族の家の出身。
政争で家が潰れ、奴隷落ち寸前に脱走してきたという。
「この子……魔力がある」
リーファが真剣な顔で言った。
ノアが植物に触れると、芽がわずかに反応する。
俺と同じように、育てる力が“少し”あるらしい。
「つまり、弟子!?」
「いや、後継者では」
「ちょっと待って。俺の立場!!」
こうして、谷に新たな仲間が増えた。
俺とカムイとノアと植物たち。
まだ“国家”なんて大げさなもんじゃない。
でも──
「村ってこうして始まるんだな……」
火を囲みながら、みんなで食べた“焼きネギ”が異様に美味かった。
いや、マジで。ネギなのに涙出た。