十七話「回復花の亜種と二千兆の妹」
「失礼する」
入ってきたのは、身長百九十は優にありそうな高身長イケメン。
スラッとしたモデル体型に、整った顔立ち。
まるで「貴族のファッション雑誌から抜け出してきました」みたいな男だ。
俺たち三人は、思わず口を半開きにして見てしまった。
「また来たの? フェリディアン・ウィスリーフ」
「……なんでわざわざ毎回フルネームで呼ぶんだ?」
「私、あなたとは距離を置いておきたいから」
「やれやれ、嫌われたものだな。まぁ無理もないだろうが」
「自覚あるならやめれば? どうせ今日も“いつもの件”でしょ。お断り。今日はお客さんもいるの」
その言葉でようやく、ウィスリーフは俺たちを認識したらしい。
礼儀正しくお辞儀までしてくれ、バロズの顔を見ても眉ひとつ動かさない。
見た目だけなら“森の紳士”という称号がぴったりだ。
……ただしフェルウィンの反応を見る限り、紳士ポイントは残高ゼロらしい。
「やめるわけにもいかないんだ。国の命令だからね。それに私自身、この件の重大性は理解している。だから――どうか“回復花の亜種”を我々に売ってくれないだろうか」
その言葉で俺たちは一気に目を見開いた。
どうやらこいつら、あの花のことを知っているらしい。しかも“国の命令”というからには、エルセレナ王国自体が買い付けに動いているのだろう。
「嫌だって言ったら嫌なの! 今日はお客さんもいるんだから帰って! 営業妨害!」
フェルウィンは大声で一喝。声の圧がすごくて、俺の耳までキーンとした。
ウィスリーフは肩をすくめ、数歩後ずさりしてからため息。
「分かった、今日は失礼させてもらうよ」
そう言って渋々店を出て行く。その背中を、俺たち三人はなんとなく無言で見送った。
「はぁ……ごめんね」
「いや全然大丈夫だけど……今の何?」
「エルセレナ王国直属研究機関の最高責任者、ウィスリーフ。私からあの花を買い取って栽培しようとしてるの。国の命令でね」
「成功しそうなのか?」
「九割は成功するでしょうね。そうなればエルセレナ王国の立場はますます強固になるわ。今ですら十分なのに、これ以上何を高望みしてるんだか」
フェルウィンは、床にぺたんと座り込み肩を落とす。
俺はカムイに聞こえないよう、こっそりバロズに耳打ち(聞かれたらまた面倒な説教が飛んできそうだ)。
「なんであの花の栽培が成功すると立場が上がるんだ?」
「あの花は普通の回復花の亜種と違って、傷の回復と同時に魔力まで大幅に回復させます。それを大量に保有すれば、戦力を劇的に底上げでき、他国に対しても圧力になります。さらにあの花を求めて他国が群がるでしょう」
なるほど……怪我だけじゃなく魔力まで回復か。
てっきり、手足まで再生するスーパー植物かと思ったが、そういうわけではないらしい。
(まぁ俺はカムイを助けたときの“癒し草”を持ってるけどね!)
「それにしてもウィスリーフって毎日来てるのか?」
「最近になってそうなったわ。焦ってるのね」
「納期的な?」
「違うわ。私が“森の国”に行くっていう情報をどこかで知ったからよ」
「……え?」
思わず息が詰まった。
まさか俺の国にまで来ようとしていたとは。
「実はね、私はあの花をレントさんに増やしてもらいたかったの」
「でもそれなら、あいつに任せても良かったんじゃないのか? 九割の確率で成功するんだろ?」
「確実じゃなきゃダメなの……最後の希望だから」
そう言ってフェルウィンは、レジ奥の扉を開けて手招きした。
促されるまま中に入ると――
「これは……」
そこには、体中にひび割れのような紋様が走り、浅い呼吸を繰り返す少女が横たわっていた。年齢は十歳前後か。目を開けることすらできないほど衰弱している。
「妹の、フィアナ・ルミエール」
「……魔制病か」
カムイが低く呟く。
俺は初めて聞く病名だったが、目の前の少女を見れば重病だと分かる。
「魔力が体内で暴走して起こる病気だ。エルフや魔族のように魔力と密接な種族に多い。人間にはほとんど症例がない。だが……ここまで重いのは初めて見る」
「治療にはお金がかかるの。だからレントさんにあの花を栽培してもらって、そのお金で治したかったの」
「でもウィスリーフは買うって言ってたじゃないか。百二十兆円……」
口に出した瞬間、自分でも金額にめまいがした。
だがフェルウィンは首を振る。
「過去に例がないほど重症だから、治療側も特別な準備が必要で……二千兆」
「……oh」
もう笑うしかない金額だ。国家予算が霞むレベルである。
「だから、この花を増やすことが最後の希望だったの。確実じゃないとダメなの!」
その必死さに、妹を助けたいという本気がにじむ。
確かに俺なら、植物の情報さえ分かれば育てられる。持ち帰ってリーファとグランに解析させれば、救える可能性がある。
だが――十七輪もの花を、どこが、どんな理由で買うのか。それによっては国や世界の均衡を崩しかねない。
簡単に「やる」とは言えない。
俺たちはしばらく無言のまま立ち尽くした。
そのころ――
ウィスリーフは数名の兵士を連れ、研究所へと戻っていた。
「国王様に伝えろ。“森の国代表”がフェルウィンと接触していた、と」
「はっ!」
兵士の一人が駆け出し、王城へ向かう。
ウィスリーフの表情には、珍しく焦りが浮かんでいた。
「なぜ国王様に?」
「森の国代表は、どんな植物でも情報さえあれば育てられるらしい。つまり、あの花も――」
「では、フェルウィンが森の国へ向かおうとしていたというのは……」
「事実だろう。恐らく彼に栽培を依頼するつもりだ」
不穏な空気の中、彼らは路地裏の闇へと消えていった。