十六話「植物店と国家予算級の花」
「じゃあ、私はお前らの買い物に付き合う気はないからここで」
入国してすぐ、フェンリースはそそくさとどこかへ行ってしまった。
あまりの流れの速さに、お礼を言うタイミングすらなかった。
「風のように去っていったな……いや、突風レベルか?」と俺が呟く前に、もう見えなくなっていた。
「あの、レント様……」
目的地を決めようとカムイとあたりを見渡していると、バロズが小声で囁いてきた。
しかもその顔は妙に真剣。
これはい大体の場合、ろくでもない話の前触れだ。
「先ほどのフェンリースの反応を見ていれば分かると思うのですが、私は過去のことでここの民からよく思われていません。当然のことですが……なので買い出しはカムイ様とお二人でのほうがよろしいかと」
確かに、よく見ると周囲のエルフたちが通りすがりにバロズへ冷たい視線を送っている。
「冷たい」なんて優しい言葉じゃ足りない。
あれは氷魔法レベルだ。
どうやら彼が森の国所属になったことは知っているようで、警備隊を呼ばれたりはしない。
だが表情は「笑顔0%、殺意マシマシ」。
内心穏やかじゃないのは確かだ。
でもここであえてバロズを外すより、堂々と森の国の一員として行動させたい。
良くは思われないだろうが、「こいつはもう魔王軍じゃない」と示すのも大事だと思う。
「バロズがつらくなければ一緒にいてほしい」
「分かりました。レント様と共に買い出し、させていただきます!」
とは言ったものの、やはり買い物は困難を極めた。
対応を拒否するだけならまだいい。店によっては、商品に手を伸ばす前に棚ごと奥へ引っ込められる始末。
中には「お前が触ると枯れる!」と、理由不明の農業理論までぶつけてくる者までいた。
(枯らしたこと、一度もないんだけどな……。むしろ俺、スキルのせいで枯らせないし)
途中でバロズが「やはり離れた方が……」と言ってきたが、俺は即座に拒否。
――が、結果としてただの「街をウロウロする観光客」になっていた。これじゃ目的が果たせない。
考え込んでいたその時だった――
「やぁお兄さんたち、植物を買いに来たのかい?」
道の端にポツンと佇む小さな店から、笑顔の少女(とはいっても俺と同い年くらい)が顔を出した。
一瞬、違う誰かを呼んでるのかと思ったが、その視線はまっすぐこちらに注がれている。
「ああ、なにか面白い植物はないかなって」
「なら、ちょっと見ていきなよ! きっと気に入るものがあるよ」
手招きしながら店の奥へ引っ込む少女。
状況が理解できず、俺たちはきょとんと立ち尽くしたが、再び顔を出した少女が「なにしてるの?」と小首を傾げる。
――このまま外にいたら、今度は「立ちんぼの怪しい奴ら」扱いされそうなので、渋々足を踏み入れた。
中へ入った瞬間、植物たちのカーニバルが広がっていた。
【発光する植物】、【周囲の音を延々リピートする植物】、【こちらの顔をずっと追いかける花】……正直、どれも落ち着かない。
ただ一つ安心したのは、どれも意思を持って喋ってはいないことだ。
(グランやナス基準で考えるのはやめよう……普通の世界線はこれがデフォだ)
「私はフェルウィン。リィナ・フェルウィン、よろしく」
「俺はレント。こっちがカムイとバロズ」
自己紹介をしながら、俺たちは店内を軽く見て回った。
「目立たない場所にあるからどんなものかと思ったが、品揃えは今まで見た店並みだな」
「まぁお兄さん失礼なこと言うね。確かに道の端にあるけど、その辺の店”以上”の品揃えだよ?」
カムイの失礼発言にフェルウィンがプクっと頬を膨らませながら奥のカーテンを開く。
その瞬間、カムイとバロズは息をのんだ。
「これは……全部一般には出回っていない希少植物じゃないか!?」
「それってすごいのか?」
「当たり前だ!」
俺の素朴な疑問に、カムイは食い気味で即答。
「ここにあるやつ、エルセレナ王国の植物交換リストにすら載らなかったやつばかりなんだぞ! つまり、大国でも入手困難なレア物だ!」
「へ、へぇ……」と頷くしかない俺。
「例えばこれ!」とカムイが手に取ったのは、俺の国にもある”回復花”そっくりの花。
とうか、俺には完全に同じに見える。
しかしバロズがすぐ反応した。
「ほぉ、回復花の”亜種”ですね」
「そうだ」
「????」
説明を聞いても、脳内はクエスチョンマークだらけ。
まぁ「回復花」という認識が当たっていたから、それで良しとしよう。
「これは回復花が変異したものと言われているんだけど、その発生条件も不明、発見例も極めて稀なんだ」
「言われているってことは、本当に変異したものかも分かってないのか」
「そうだ、だから……高いぃぃぃ!!」
値札を見て俺は固まった。一、十、百、千、万、億……兆?
この世界の通貨単位は詳しく知らんが、俺の世界換算だと百二十兆円。
国の予算かな?
「こんなのを個人店が所有してて大丈夫なのか?」
まずそこが心配だった。強盗どころか、戦争の火種になりかねないレベルだ。
「大丈夫じゃないよ? だから隠してるの」
「たった今、俺たち三名にバラしましたけど?」
すると彼女はにっこり微笑み――危険な「信用してるから!」を口にした。
初対面で信用って、ギャンブルにも程がある。
「だから、レントさんたちにはある取引をしてもらいたいの」
「危ないものの運び屋はしませんよ?」
「そんなことじゃないって! これを――」
しかし彼女は急に言葉を飲み込み、慌ててカーテンを閉じて奥を隠す。
同時に店の扉がノックされた。
その音に、彼女の表情がはっきりと不安に変わる。
俺たちは訳も分からないまま、静かに開かれる扉を見つめていた――。