十二話「育てる国の外交力」
軍事演習から数日後のことだった。
森の国の入口に、「すっごく怒ってます」オーラを全開にした使者の一団が押し寄せてきた。
いや、正確には“わざわざ地面に杖を叩きつけて怒りを演出する演技派”の使者が、
門番の野菜たちに詰め寄る様子があまりにシュールで、グランが茶を吹き出していた。
「ファムリア王国の者だそうだ」
「やっぱり来たか……あのカレンの関係者だな」
そう、あの“植物に吊るされたスパイ”カレンを送り込んできた国の使者だった。
「えー……このたび我が王国の非常に有能な諜報部員が……その、貴殿の領地にて“畑に埋まり”帰還不能となりました件について……」
「ちょっと待ってください。それ、完全に農業事故じゃないですか。違いますよ? あいつ“吊るされた”んです、木に! むしろ空中被害です!」
やれやれ、情報がねじれすぎててもはや逆に芸術的だ。
そうこうしているうちに、カムイがツタにぐるぐる巻かれたカレンを引きずって登場。
「助けてくださいぃぃ……ナスと一週間会話してたんですぅ……!」
※補足:森の国の牢屋はナスとの対話付き。精神的にきく。
「では森の国代表殿、彼を早急に返してもらえるかな?」
図々しさを極めすぎて、どこか清々しさすら漂う。
こっちにスパイ送り込んでおいて、その回収を“当然の義務”みたいに言う神経はもはや見上げたものだ。
「我々としても引き渡しには応じるつもりだ。貴国との関係を拗らせたくはない」
「うむ、それでこそ賢明な――」
「だが!」
カムイの低音が場の空気を一瞬で締め上げた。
ナスの声真似の練習をしていたグランが、びくっとして花粉をまき散らした。
「そちらの勝手な思い込みでスパイを送り、それを悪びれもせず“返せ”とは――国の代表としての自覚が足りない」
「小規模国家が! ファムリアを敵に回す気か!」
その瞬間――
「……え? え? 私、芋買いに来ただけなんですけど?」
唐突に焼き芋の香りを漂わせながら、リシュテリアが現れた。
いや、正確には野菜たちに引っ張られてきた。
「うおっ!? いつから森の国に!?」
「午前中からです。焼き芋並んでたんです」
「外交の人が!?」
「焼き芋はプライベーです」
その場が一気に静まりかえった。ファムリアの使者たちの顔がみるみる灰色になる。
あまりの緊張に、近くのニンジンがパリッと割れる音が聞こえた。※無害
リシュテリアが所属するエルセレナ王国は、いわば世界の“とりあえず喧嘩売ってはいけない国”である。
技術、軍事、魔法、政治、そして「魔法兵器に匹敵する植物」すら保持しているという。
もはや文面だけ見れば俺たちの国以上の植物国家だ。
「で、では……相応の賠償金を支払います。それでどうでしょうか……?」
さっきまで威勢の良かった使者の声は、最後だけ完全に裏返っていた。
その言葉に、カムイは首を横に振った。
「必要ない。我々は“育てる国”だ。すでに豊かさは、貴国の評価以上のものになっている」
「では……我々は……一体どうすれば……!」
使者たちの顔は冷や汗でぐしゃぐしゃだ。
これを見れただけでも、この話し合いの場に居てよかったというものだ。
最終的に、カレンは無条件で引き渡すことに決まった。
ツタが解けた瞬間、彼は「ナスと目を合わせたくない!」と叫びながら全力で走っていった。
「……そういえばあのナス、最近にらめっこに目覚めたってグランが……」
「なぜ牢屋に置いたァ!!」
喋るだけでなく、植物に見つめられ続ければ精神はかなり疲弊するだろう。
こうして交渉は終わり、ファムリアの使者は震える足取りで森の国を後にした。
「我々が“育てる国”であること、ゆめゆめ忘れることなきように」
グランが風に乗せて言ったその言葉は、やたらと重々しく、そして微妙に野菜臭かった。
夜。
焚き火を囲みながら、俺は今日の出来事(主に黙ってた時間)をノアに語っていた。
「なんで最終的に無条件で渡したのに、最初に一回断ったの?」
「ん? そりゃあ舐められたままだとマズイだろ。だから教えてやったんだ。俺たちは、お前らの想像より“でっかく育ってる”ってな」
「レントさん、頭いい!」
「だろ? グランの作戦だけど」
「撤回でーす♪」
「はっや!!」
こうして、森の国はまた一歩、“育てる国”としての根を、他国へと深く張っていくのだった。
【外交:主にグランとカムイと焼き芋】
【ナス:にらめっこに目覚めつつある】
【黄金イモンゴ:芋ブーム到来】