第十一話「“軍事演習”だって!?それ、畑でできますか?」
ある日の朝。
陽が登るよりも早く目を覚まし、トマトに「おはよう」と言っていた俺――レントのもとに、急ぎ足の使者がやってきた。
「レント様、王都より伝令です!」
畑でジャガイモと“人生”について語っていた最中だった俺は、スコップを握ったまま振り返る。
「……スコップは武器じゃないからな?」
「え?」
「いや、なんでもない。で、伝令って?」
使者は神妙な面持ちで羊皮紙を差し出す。その印章は、王都第一軍直属のものだった。
「“合同軍事演習”への参加要請です。貴国の戦力確認を目的とするもので、王都軍の他、エルセレナ魔法師団も参加するとのこと」
「……合同軍事演習? うちが?」
「外交上の懸念もございます。最近、魔王軍の動向が不穏でして……。貴国が中立であることは承知していますが、他国との連携を確認したいというのが王都の意図かと」
俺は頭を抱えた。
農民国家の代表という肩書きが、まさかこんな方向で効いてくるとは……。
あいにく俺には代表を務められるほどの能力はない。
今まではリーファやカムイのサポートがあったから乗り切れたに過ぎない。
「……畑で演習ってことでいい?」
「いえ、普通に演習場で行われます」
「だよねー!!」
だが、参加しなければ“国際社会”から孤立する可能性もある。
少し前まで木と話していただけの俺にとって、“国際”なんて言葉は夢物語だったのに……いつの間にか、こんな大事に巻き込まれている。
でも、村のみんなが築いた“森の国”を守るには、時には畑の外に出る覚悟も必要なんだ。
数日後、王都近郊の広大な演習場。ここは平時でも軍の訓練に使われる場所で、まるで城壁に囲まれた草原のようだった。
並ぶは、王都軍の精鋭部隊。
そして空を舞うは、魔法師団の空中偵察機部隊。
どちらも“本気の軍隊”そのものだ。
そしてその中にあって、明らかに浮いている我が“森の国――
もとい農民国家の部隊。
「レントさーん! 大根、忘れましたー!」
「落ち着け。予備の大根、三列目の荷車にあるから」
「了解です!」
俺の後ろには、クワや鍬を装備した村人たちがズラリと並ぶ。
平均年齢30歳。
元山賊からおしゃべり野菜まで、職種は“全員・農民”。
……これで戦えるんだろうか。
いや、待て。俺たちの武器は、戦争のために鍛えたものではない。
自然と共に生きるため、日々汗を流しながら耕してきた“魂の道具”なのだ。
「なぜ野菜を持ってきた」
開会式の最中、王都軍の若き将校が不審そうに尋ねてきた。
「これは主力兵器です(キリッ)」
「なぜ全員クワを構えている」
「それが我が国の“戦闘スタイル”です(キリッ)」
真顔で答える俺に、将校は遠い目をした。
横でカムイが静かに頷いている。
リーファは、カブの葉で敬礼していた。
そして最前線。
森の王グラン・ウッドが、巨体を揺らして立ち上がる。
「耕すぞ……世界をな」
「いや、耕すのは地面でお願いします!」
さすがにツッコミが追いつかない。
午前九時、演習開始。
王都軍が陣形を整え、魔法師団が後方支援に構える中、我ら“農民部隊”は一糸乱れぬ隊列で、堂々と前進した。
「キャベツ隊、前へ!」
「ジャガイモ部隊、東の丘へ!」
「トマトの雨を降らせえええ!!」
合図とともに、大量のトマトが飛ぶ。中には一発数キロ飛ぶ“超熟成トマト”もある。戦場は混乱に包まれた。
王都軍の魔法兵が悲鳴を上げる。
「視界が……トマトで……赤い!」
「違う意味で血の海だ!!」
それでも、誰一人として“攻撃”はしていない。
我々が行っているのはあくまで“農業的防衛戦術”だ。
キャベツは陣地のバリケードになり、ジャガイモ隊は地下を掘って移動。ツタは敵の足元に絡みつき、畑を守るために働く。
――その整然とした動きと、畑に対する情熱が、やがて王都の将校たちに異様な緊張をもたらす。
「なに……? これはただの“農作業”じゃない……!」
「いや、これは戦だ……“畑という名の戦場”で戦っている……!」
王都軍の総司令官が、演習場の端で静かに呟いた。
演習終了後、王都軍の将校たちが、驚きと敬意の入り混じった表情で俺たちに歩み寄ってきた。
「……レント殿。我々は誤解していたようだ。あなた方の“畑”は、すでに戦場そのもの。我々も見習うべき精神が、そこにはあった」
「……え、ただの農作業だったんですけど……?」
「……!」
言葉に詰まる将校たち。だが、彼らの目に浮かぶのは明らかな尊敬の色。
その日以降、王都では奇妙な噂が広がりはじめた。
「森の国には“兵器化された大根”があるらしいぞ」
「空からトマトを落とされたらしい」
「畑が喋るらしい……いや、木が動くらしい……」
いつの間にか、俺たちの国は“農業軍事国家”というレッテルを貼られはじめていた。
望んでない。望んでないんだけどな!!
とはいえ――
俺たちは、畑を守るために今日も鍬を持つ。
それが、俺たち“農民国家”の誇りなのだ。
【森の国・防衛評価:C→A】