第一話「おめでとうございます!あなたのスキルは……農業です!!」
目が覚めた瞬間、俺は思った。
「ああ、やっちまったな」と。
目の前に広がるのは、見渡す限りの森。
空気はやたら澄んでるし、鳥の声がやけにエコーするし、あと……
パンツがない。
「いやいやいや、ちょっと待て。これはさすがに犯罪……」
何者かに寝込みを襲われたとか、変な趣味の集団に拉致られたとか、可能性をぐるぐる考える。
だが、俺の記憶は確かに“あの時”で止まっていた。
大学の帰り道。信号を渡って、スマホを見て──
「……トラック、だよな」
あの嫌な音。
そして暗転する視界。
──異世界転生かよ!
どんなラノベテンプレだよ!とツッコミながらも、現実を受け入れるしかない。
幸い、腰に巻かれていた木の葉で最低限の羞恥は守られていた。
だがこの葉っぱ……妙にチクチクする。
「……ちょ、これ毒草じゃね?」
10分後、俺は全身をかきむしりながら、森の中をさまよっていた。
外せよだって? いや、外したら俺は今度こそ全裸だ。
それだけは避けなければならない、俺の羞恥を守るためにも!
しばらく歩いて、ようやく見つけた人影に駆け寄る。
「すいませーん!助け──って剣!?やめ──!ぶ、武器捨てて!?俺は怪しい者じゃ──ぐぇっ!」
気づけば地面に転がされていた。
老人のくせにキレがありすぎる。
「なんじゃ裸の若造か。転生者か?」
「え、なんでわかるんですか……」
「その葉っぱ、うちの畑のだ」
ごめんほんとにすみません。
というわけで、俺は老人(後に“村長”と判明)に保護された。
布切れみたいな服とお粥をもらい、ようやく落ち着いた頃、村長は言った。
「さて、スキル鑑定でもしようかの。転生者は何かしらの“ユニークスキル”を持っておるはずじゃ」
「え、それって……チート能力みたいな?」
「人によっては世界を滅ぼすレベルのもおる。前の転生者は“時の支配者”じゃったな。なかなか大変な奴じゃった」
え、そんなヤバいの来てたの?
期待と不安でドキドキしながら、俺は水晶玉みたいなのに手を乗せた。
シュウゥゥ……
水晶玉が緑色に輝く。
そして浮かび上がる文字列。
【ユニークスキル:グリーンフィンガー】
※どんな植物でも育てられます。
「…………え?」
「…………え?」
俺と村長、同時にフリーズ。
「ど、どういうこと……?」
「農業、じゃな……」
「農業……」
「農業」
言い合ってるうちに虚しくなってきた。
村長曰く、ユニークスキルでこれほどのハズレは見たことがないらしい。
というか、その辺の一般能力の方が強力まであるらしい。
流石に鑑定ミスではないかと疑った村長に、俺は王都へ行ってより正確な鑑定を受けるように勧められた。
というか強制的に馬車へ積まれ、王都へと送られた。
王都に連れて行かれた俺は、魔法使いや騎士の前で何度も能力テストをさせられた。
・火球を飛ばす → 無理
・風を起こす → 無理
・飛ぶ → 無理
・回復魔法 → 無理
・野菜を育てる → 大成功
つやっつやのトマトを一瞬で実らせた俺に、国王は微笑んでこう言った。
「なるほど。“食糧班”行きだな。いや、むしろ“畑”だな。埋めておけ」
「なんでやねん!!!」
反論したが通らず、俺は王都から追い出される形で、辺境の地へと流された。
「あ、そこはお前の自由に使っていいぞ。なにせ我々にとって邪魔でしかないからな」
──そして今、俺は谷にいる。
見渡す限り、草。
虫。風。空。
人は、いない。
「よし、畑を作ろう」
泣きたくなるけど、俺には“育てる”しかない。
幸い、土壌はふかふかだし、水も湧いてる。
毒草もあるし……
「……うん、なんかいけそう」
種……がないので、とりあえず生えてる草を植えてみる。
すると──草が青く光り始めた。
どうやら、植えたら勝手に発動するらしい。
「お、おぉ……」
だがそれ以上は目立った変化がなく、猛スピードで成長するわけでもなかったので、しばらく待ってみることにした。
「ガー、ガー」
気づいたら俺はいびきをかいて爆睡していた。
散々な目に遭ったばかりで疲れたし、なにより日差しが気持ち良すぎた。
だがそんな俺の睡眠は、何かが地面に擦れるような音によって終了を告げられた。
「ぐふぅ、我を……植えたのは貴様か……」
「!?!?!?」
草がしゃべった。しかも渋い声。
目の前には、俺よりはるかに巨大で、太い木が地面からたくましい体を伸ばしていた。
ツタをムチのようにしならせながら、葉っぱをこちらに向けてくる。
「名を名乗れ。己が主となる者よ」
「れ、レントです……」
「ふむ……我、名を持たぬ。今より“リーファ”と呼ばれよう」
「え、自己命名なの!?」
「我の世話をする者よ、誠心誠意、仕えよ。さもなくば葉でしばくぞ」
「ドSかよ!!」
こうして俺は、しゃべる木と暮らすことになった。
リーファは文句ばかりだった。
「水やりが雑。朝露を集めるくらいの繊細さが欲しい」
「肥料がクサい。ミミズコンポストに切り替えろ」
「気温の変化に鈍感すぎる。根にとっては死活問題だ」
「俺、育ててる側なんだけどな……」
ツタで叩かれながらの農業生活。
なんかもう、マゾになりそう。
その日、森の奥で木の芽を見つけた。
「これも育ててみるか……」
その辺の川からとってきた(おそらく綺麗な)水を注ぎ、俺のスキルが発動する。
だが、今回の芽はリーファと違って数時間で育つことはなかった。
まぁそれはあいつが異常なだけだ。
それでも、元々俺がいた世界の植物とは比べ物にならない速さで成長した。
三日後。芽は1メートルに。
もはや芽と呼んでいいのか分からない。
七日後。5メートルに。
この頃から木らしい見た目になってきた。
十日後。……しゃべった。
「我はグラン・ウッド……知恵の木なり。腹が減った」
「木って腹減るの!?」
巨大な樹木が、根をうねらせて喋る姿は圧巻だった。
いや、怖かった。正直泣いた。
だがグラン・ウッドは言った。
「貴様……育てた者か。ならば契約せよ。我が力、汝に貸さん」
「いいけど……何できるの?」
「葉っぱ飛ばせる」
「地味!!!!」
でも、その葉っぱ。
実際に飛ばしたら、小動物が真っ二つになった。
「威力バグってる!!!」
「飛ばすか?」
「今はやめてぇぇぇぇぇ!!!」
俺の農業は、どうやらただの農業じゃないらしい。
植物はしゃべるし、育てたら武器になるし。
何より──
空腹のグラン・ウッドが作った“葉っぱカレー”が、普通に美味かった。
「俺、ここで生きていけるかも」
そんな希望が芽吹いた、異世界生活が始まった。