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5、デートみたい

コメットはピタパンを手に取り、一口かじると、まずその香ばしさに驚いた。薄くてふんわりとしたパンの中に、ジューシーで柔らかな肉がぎっしりと詰め込まれている。その肉の脂がじんわりと口の中で広がり、ほんのり甘い香ばしい香りが立ち昇った。


「これ、すごくおいしいです…!」コメットは思わず声を漏らす。肉はしっかりと焼き目がついていて、外はカリッと香ばしく、中は柔らかくてジューシー。まろやかな旨味が広がる中、少しピリッとしたスパイスがアクセントになって、食欲をそそる。


「ピタの生地も、軽くてふわふわしてるんだ」ジジは感心した様子で言った。ピタパンの外側はしっかりと焼かれているが、中身は驚くほど軽くて、肉のボリュームを引き立てている。


ひと口食べるごとに、コメットの目が楽しげに輝いた。

「この肉のタレがまた絶妙でな……」ジジは、肉の表面に絡んだ甘辛いソースの味を褒める。たしかに、ほんのり酸味のあるトマトの風味と、ピリッとした香辛料が肉に深みを与えて、全体のバランスが完璧だ。


「コメット、ソースが……」

ジジがコメットの口元を指でぬぐい、そのまま無自覚にパクっと食べた。


(ソースをつけて気づかないなんて、恥ずかしいわ。それに、なんだか、デートみたいじゃない!?)



「よくこのピタパンを召し上がるんですか?」とコメットは気をそらそうとジジに尋ねた。

「そうだね、モルガのお店に行くときは、結構買ってしまうかな」

「よくお店に行かれてそうですもんね」魔道具を前にしたジジの興奮具合を思い出しながら、コメットは言う。



ジジが少し真面目な顔をして続ける。


「あの店、王都で残っている魔道具店はもうあそこだけだ。いくつかあったけど、今の生活で魔道具を使う人は少ない。昔は生活必需品だったけど、今は物好きの嗜好品だ。モルガの店も、今はかなり厳しい状況にあるから」


「たしかに、時代が進むにつれて、魔術の技術が改良されていますから、魔道具は見なくなりましたね。両親の世代では、風属性の魔術師が空を飛ぶためには箒が魔道具として必要だったと聞きますが、今は魔術のちからだけで、自分の身体ひとつで空を飛べますもの」


「箒、大きいじゃないか、そりゃ移動先で邪魔だよな。魔道具がなくもできるなら、みんなそうするのが自然だよ」ジジは続ける。「魔道具は、ただの道具だと思われがちだか、実はそれ以上のものが詰まっているんだ」


ジジは静かに話し始めた。

「魔道具には、過去と未来が交差するんだよ。あの…変なこと言ってるかもしれないが…どの魔道具にも、無数の職人たちの手仕事と、その背後に歴史があるんだ」


ジジは自身の人差し指につけた魔道具の指輪を、優しく回転させる。

「今は、この指輪がなくても、魔力の出力がぶれることはない。近代魔術は進歩したからね。でも、これを作った職人たちが、何百年も前にどんな思いでこの道具を完成させたのか。どんな困難があったのか、どれだけの時間をかけて改良し、試行錯誤を繰り返したのか。そんなことを考えたら、ただの器具を手に取るだけで、そこに込められた想いが感じられるんだ」


ジジは少し深呼吸してから、さらに続ける。「魔道具はただの便利な道具じゃない。どれも、誰かの夢や努力が詰まっている。それはまるで生きているようなものでさ、手に取るたびに、魔道具が語りかけてくるような気がするんだよ!」


「指輪、見てもいいですか?」


「もちろん」


コメットはジジの手を取り、指輪をまじまじと見つめる。


「綺麗…」


「綺麗だよね。魔道具はロマンだ。俺は、こんなに美しいものが、俺の時代になくなることが耐えられない。だからモルガの店も、自分のお金で積極的に援助している。魔道具オタクとして、できるだけのことはするつもりさ」ジジは話しながらにもかかわらず、早々に食べ終わったようだ。ゴクリと最後の一口を飲み込み、続けた。


「しかもさ、実はモルガの奥さん、妊娠していて、双子らしいんだ。楽しみなんだけども、養育費が想定の3倍かかるってことで……あの人、相当ハードに働いてるんだよ。モルガの夕飯も買ったら喜ぶと思うか?やりすぎて嫌がられるのも申し訳ないが……」


「悩みますね。でも、大変な時期なんだったら、支えてあげたくなりますね」

「そうか。ありがとう。ピタパンをもう1個買おう……」


そう言うと、ジジは急に動きを止めた。「コメット、あれって――」


ふとジジの視線の先に目をやると、先ほど治療を施した白狼が、勢いよく走って近づいてきていた。



「コメット…あれは、あの白狼じゃないか?」



ジジがその姿に気づき、コメットの視線を追った。


「本当だわ…でも、どうしてここに?」コメットもその動きに気づき、首をかしげた。白狼は歩く速さを緩め、少し距離をとりながら2人の方へ近づいてきた。

突然、白狼がふっと立ち止まり、ジジとコメットの前に座り込んだ。その目は、何かを伝えたそうにじっと2人を見つめている。その瞳に宿る知恵に、ジジは少し驚きながらも身構えた。


そして、白狼がゆっくりと口を開いた。



「店主が…危ない」



その言葉に、ジジとコメットは一瞬、息を呑んだ。白狼が話すとは思っていなかったからだ。

予想外の出来事だったが、聖獣であるこの白狼なら、言葉も話せるだろうとすぐ受け止めた。


「モルガが危ない?」ジジはすぐに立ち上がり、白狼を見つめた。「どういうことだ?」


白狼の目が真剣に、そして焦りを含んでジジを見つめる。「金貸し……ゴルゾーと名乗っていた。そいつに……モルガが攻撃されている。」


ジジは驚きのあまり声を上げた。「金貸しのゴルゾー……!  彼がモルガを!?」

コメットはその名を知らなかったが、ジジの緊迫具合から、有名な人なんだろうと予想はついた。


ジジはすぐに状況を把握し、背筋を伸ばして言った。「ゴルゾーは、人の命を金で買い、金で奪う男だ。きっと、白狼が助けを求めに来たってことは、相手は複数人だろ」


白狼はまるで、そうだと言っているかのように頷いた。


「わかった、すぐに行こう」ジジはコメットに向き直り、冷徹な目で言った。「コメット、君はここで待っていてくれ。俺が行ってくる。」


コメットは少し迷ったが、ジジの表情を見て、首を横にふった。

「私が一番早くお店へお連れできます!」


コメットは静かに両手を胸の前で合わせ、目を閉じて深く息を吸った。静寂の中、心の中で言葉なき祈りを捧げた。



(一刻も早く、モルガさんの元へ向かわないと…!お願い、私たちを連れて行って――)



ほおっ……とジジの感嘆が漏れ出る。


ベンチの前の空中に、浮遊した銀縁の鏡が現れた。

青白く美しい光が鏡面から放たれている。


コメットは左手でジジの手をぎゅっと握り、そのまま右手を鏡面へ伸ばし……


*****


鏡の中、粘性の高い水の中でゆっくり落ち続ける感覚。

「うわあ!!」と思わずジジはコメットを強く抱きしめた。

コメットも、ジジと離れ離れにならないよう、抱きしめ返す。


薄暗いまわりの中で、1か所だけ青白く光り輝くゴールがすぐに見えた。

もうひとつの『対の鏡』がある、王都魔道具店に到着だ。

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