2、転移先は、王子の私室!?
「この魔道具、噂レベルでしか聞いたことない!! 今の時代にも現存していたなんて……しかるべき機関に寄贈したいくらいだ。王族がオークションで競り下ろしたり、商魂たくましい商人が貴族たちに売り捌いたら、いったい何ギリオンになるか……想像もつかないね。それくらい貴重な……俺の部屋の壁にあるなんて、何が起きたんだ!!!」
早口でまくし立てるジジ。
見知らぬ部屋に飛ばされたコメットは突然のことに動揺していた。煌びやかで温かい部屋の壁には、自室の屋根裏の壁に出現した鏡と同じものが掛かっていた。
そして問題は、この部屋が冷徹王子と称される第一王子の私室である可能性が高いということ。さらに、世間の印象とはかけはなれた、まるで好きな舞台俳優にファンサをもらったオタクのように、感極まった様子でいることがコメットを混乱させた。
ジジの黒髪がわずかに揺れ、深い青の瞳が静かに室内を見渡す。その瞳には、誰もが知る王子の威厳がありながらも、どこか別の、異常とも言えるほどの興奮が宿っていた。
「でも、なんで、俺の部屋に!?」
ジジの声は、冷徹に見える外見とは裏腹に、喜びのあまり震えていた。その震えは、王子である彼の立場を忘れさせるほどの感情が込められていた。
魔道具とは、魔法の力を動力源にした道具を指す。
昔は生活に欠かせない魔道具がたくさんあったというが、魔術の進歩が進み道具がなくとも便利な生活を送れるようになり、今ではさほど必要とされていない存在だ。
(この鏡は魔道具だったのね。初めて見たけれど、おそらく、私のせいで出現したのよね……)
ジジは壁の銀縁の鏡を指さして、コメットのほうを振りむいた。
急に注目され、ドキっとするコメット。
「あそこから来たのか、君は」
「お……おそらく、そうです。私の部屋に同じ鏡が現れて、吸い込まれましたから」
「えっ!!!……ハァハァ、なんだか息が苦しくなってきた。俺、魔道具が、好きなんだよ」
この国の第一王子は、意外に魔道具オタクだった。
ジジは無我夢中で、鏡に手を伸ばし、触れるとその表面をなぞるようにして指を滑らせた。
「こんなにも美しい……精巧で、力強い。」
ジジが真剣な顔で魔道具を見つめ続けている間、コメットはその熱気に圧倒されていた。まるで部屋全体が彼の興奮に引き寄せられているかのようで、彼の目の中には尋常ではない情熱が宿っていた。
鏡が魔道具だとすると、自分のいた屋根裏の鏡と、この部屋の鏡が通路のように繋がっていたのではないか、とコメットは考えた。屋根裏の鏡に触れて飲み込まれたということは、この鏡に再度触れることによって屋根裏に戻れるのではないか。
だが、このような予測を立ててはみたものの、すぐに帰路に着くという考えには至らなかった。
これは準備ゼロの家出だ。
「君は魔道具使いなのかい?」
ジジは息を呑んでつぶやき、コメットをじっと見つめている。その顔に浮かぶのは、純粋な喜びと熱情、そして何よりも「発見」という興奮が混じった表情だった。
「魔道具使い?」
聞きなじみのない言葉に、コメットは首を傾げた。
「ほら、最近は減ってしまったが、昔は魔道具職人が作った商品を売る商店が多かっただろう。その時代には、魔道具を操り、戦い、生活を豊かにしようとうる者たちが大勢いた。君は、『対の鏡』――この魔道具の名前だが――からここに侵入してきた。侵入したことはあとでどうにかするとして、まずはこの『対の鏡』という伝説の代物をどうして君が使ってるのか?先祖代々貯蔵していた?盗品…じゃないといいんだが」
「盗品ではございません…私にわかるのはそれくらいで、申し訳ございません」
「そうだろうな。どこから盗めるのか見当もつかない。 ……一旦落ち着こう、そうだ、自己紹介でもしようか。俺はジジ。ジジ・トリアニス。まあ知っているだろうが、第一王子だよ。君の名前は?」
本当に第一王子だったことに多少動揺しつつ、コメットは答えた。
「コメット・リークリーです。マルミーレ領のリークリー男爵の娘です。……あの、ここはやはり、王子がいらっしゃるということは」
「ああ、王宮だよ。俺の部屋だ。家族と侍女以外の女性が、ここに入ったのは初めてだよ。というか侵入者も初めてだ」
(私、処刑されてもおかしくないんじゃないかしら…)
マルミーレ領は、もちろん王都から遠く離れており、馬車で3日ほどかかる距離だ。大変なところに転移してしまったと、コメットは改めて思った。
「ところでコメット。もう少し時間をもらってもいいかな。この魔道具、俺の行きつけの魔道具屋の主人にも相談したいんだ」
「も、もちろんです!」
王子のお願い、もといご命令は絶対である。コメットは鏡をジジに渡された上質な布に包み、2人はだれにも目撃されないようにこっそりと王宮を抜け出した。