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11/11

11、○○しないと出られない部屋!?

~エピローグ~

あの1日から、まだ1週間しか経っていないというのが、コメットは信じられなかった。

シルクの寝間着で、読みかけの本をパタリと閉じた。


コメットは今、王宮の南棟、迎賓用の小さな離れの一室で暮らしていた。

第一王子、ジジ・トリアニスの“婚約者候補”として。


木製の窓からは、今は暗くて見えないが、昼は手入れの行き届いたバラ園が見える。陽光を受けて咲き誇る紅と白の花々は、コメットが慣れ親しんできた屋根裏の埃っぽい窓辺とは、まるで別世界のような景色を見せてくれる。コメットは、古代魔法具のことをもっと知りたいと、王宮図書館の本を部屋で読む生活を続けていた。


そして、まだコメットが“婚約者()()”なのには理由があった。

両陛下が隣国へ外交周遊をしているさなかで、ご挨拶ができていないためだ。ジジのプロポーズがいきなりすぎたのだ。


ジジが急に、王宮へ婚約者を連れてきたことに、臣下たちは大変驚いた。

あの真面目で、魔道具にしか興味がない彼が……?と。

たしかにいつものジジなら、ありえなかった。両陛下に確認も取らずに、婚約者だというご令嬢を住まわせるなど。


「両陛下に許可を得たのちに正式な婚約者として表に出す、それまでは身の安全を王家が預かる」

それがジジの出した建前であり——同時に、コメットをあの家から守るための盾でもあった。



――トントン

と扉を叩く音がする。「コメット、こんばんは」


声の主は、もちろんジジだ。今日は業務がかなり長引いたらしい。

コレットとジジは、毎晩このようにどちらかの自室で、ハーブティーを飲みながら談笑し、1時間ほどしたらお互いの部屋に戻るのが恒例になりつつあった。


コメットが扉を開けると、ジジが珍しく配膳用のカートを引いていた。

「どうしたんですか、そちらは…?」

「ふふふ……ワインと、夜食を用意してもらったんだ。今日、作業していたら夕食を逃してしまってさ。料理長が気を利かせて作ってくれたんだ」


「まあ! それはおなかが空いているでしょう。いま机を片しますね」


二人は私室の中に入ると、コメットはテーブルに、色とりどりの軽食を並べた。ジジはアイスペールから国産赤ワインのボトルを出しグラスと共にお互いの席の前にそっとおいた。

準備が終わり、2人はギッ…と音を立てて椅子に座る。


「コメットは、お酒は飲める?」

「あまり飲んだことはないのですが、ぜひ飲んでみたいです」

「これは軽めの飲み口だから、ちょうどいいかもしれないよ。さあどうぞ……」


コポコポとワインを注ぐ音がコメットの耳をくすぐった。


「今日もお疲れさま」

「お疲れ様です」

ジジの音頭で2人はグラスをチンと鳴らす。


「うん、いい香り……」ジジはまずグラスをまわし、香った。見様見真似でコメットもグラスを回してみる。そのまま一口飲んでみると、渋みを感じつつも、鼻に抜けるフルーティーな香りがあった。


(……これはたしかに、お食事が進みそうね)


「パテがあるのは嬉しいね。俺、これ好きなんだよね」

「あとこれはキッシュでしょうか? おいしそうです!」


キッシュを一口食べたコレットは、あまりの美味しさに手を頬に添えた。

「王子! これ、チーズが入っていますよ! トマトの酸味がいいアクセントですね…」

コレットはマルミーレ領にいた時は、食事面でもいつも冷遇されていた。そのため王宮に来てからというもの、少し肉付きが良くなり健康そうな身体になった。実家から着てきた服も、王宮に来た当初よりもなんだか胸と腰回りがキツくなっていた。


「よーし、やるか」と言ってジジは、配膳カートの下の段から、そこそこ大きなケースを取り出した。


「?  なんでしょうか、そちらは」

「これはね、いま王都でものすごく流行っているボードゲームさ。”キトン”ってゲーム。すごろくで、陣取りするんだ。一緒にやってみないかい?」


机上のお皿は端に寄せ、ケースからボードや小さなコマをじゃらじゃらと出し、ジジがセットした。

「コメットは赤ね。俺は黄色」こうして、2人は軽食とワインをたしなみながら、流行りのゲームに熱中した。


*****


ゲームはジジが2勝、コメットがかろうじて1勝した。ジジは、おもむろに窓の方へ近づき、外の空気を部屋に入れた。結構頭を使うゲームだからか、酸欠気味になるのだ。


「気持ちのいい風ですね」

そう言ってコメットも窓際に立った。マルミーレ領の極寒の冬が遠い昔のように思えた。

(マルミーレも、もう春ね…いつもこの頃に雪が溶けて、木の芽が芽吹き出しているのよね)


実家のことをがつい頭をよぎり、コメットは婚約者だったリズモンドのこと、そしてアリアナのことを思い出す。つい、あのお風呂場の婚約破棄も想起してしまう。コメットは、頬を撫でる風、横にいるジジの体温、夜空の星のちらつき、そういったものを全身で感じるようにして自分の意識を現在に戻した。


「今、何考えてたの?」


一瞬、心を読まれたのかと思いコメットはどきりとした。思わず横を振り返り、ジジの目を見る。コメットは時々、ジジに気持ちを見透かされているような感覚になることがあった。



視線が合う2人、どちらともなく顔が近づいた。



コメットは呼吸が浅くなった。息をするとジジに息がかかってしまいそうな距離だった。

思わずコメットは目を瞑る。


3秒後、コメットが目を開けると、お互いの唇が触れそうになる手前でジジが止まっていた。

理性を総動員させたジジが距離を置くように一歩後ろに下がった。


(あ……いま、つい、期待してしまったわ――)


ジジが恐る恐るコメットの方を見ると、コメットは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにジジから視線を逸らしていた。ドキっとした気持ちをかき消すように、ジジは窓を閉め、今日はお開きにしようとコメットに伝えた。コメットも、そっそうですね……といつもより早口で答えた。

ジジはそのままお皿などをカートに戻し、自室に戻ろうと、退室の支度を済ませた。


ガチッ……

ドアノブを回すも、回らない。鍵がかかっているようだ。


(……鍵なんて閉めたかしら?)


コメットはドアをよく見たが、ドアのかんぬきはかかっていない。つまりこのドアに鍵はかかっていない。


ガチっ……

再度開けようとするが、開かない。


どうした? とジジは近づくが、ジジがやっても同じ結果だった。

「あ……開かない……」


もちろん部屋の窓からの脱出など、出られそうなところ全てを当たったが、ダメだった。

ジジの氷魔法も、不自然にバチンッとはじかれてしまう。


2人は、魔術すら弾く異常な現象に、うすうすと勘づいてきた。



「コメット!! これ!古代魔道具だよな!!」



王子としての威厳も、立場も、今はどこかへ吹き飛んでいた。そこにいるのはただ、未知の古代魔道具に心を奪われたひとりのオタクだった。ジジの声が、もはや叫びに近かった。彼は踊りながら部屋中をきょろきょろ見渡す、——そこには、確かに魔力の揺らぎがある。だが、肝心の魔道具は見えない。


「見て、この空気の歪み……魔力波が断続的に反応してる。完全にアクティブ状態の結界か、もしくは偽装術式が働いてる。こんなの、今の技術じゃ作れない……!」


ジジは空中に手をかざして、空気を探るようにゆっくりと動かす。指先がわずかに引っかかるような反応を見せた瞬間、彼の目がさらに輝いた。


「これ、視認できないだけで絶対に“ある”よ! 反応してるし、圧あるし……! でも、形が……材質が……ああもうっ、正体がわからないのにテンション上がるの悔しい……!」


完全に興奮モードに突入したジジは、姿も見えぬ“それ”をぐるぐると囲むように歩き回りる。


「古代魔道具って、生きてるうちに出会えると思ってなかったのに、これで3つ目だよ……コメット、俺はもうオタク冥利につきすぎて、憤死しそうだ!!」

「憤死…しちゃだめです!! でもそもそも、ここから出ないと、死んじゃうかも……どうしましょううう」


酔いが回っているせいで、いつもよりコメットは感情の上下が激しくなっていた。

あわあわする2人だったが、とりあえずまた椅子に座り、打開策を話し合うことにした。


「えっとじゃあ、状況を整理しよう…ハァハァ」

ジジは、机に肘をつき考える体制に入った。




「まず、入室は問題なかった。それからゲームをして…部屋を出ようとしたら――扉が開かなくなった。なお、鍵はかかっていないものとする。完全に部屋に閉じ込められたね。俺の魔術で壊せないドアなんてないが、古代魔道具、最強じゃあないか……!!! そして、コメットの能力は……”祈りに応じて、古代魔法道具が出現する“、だよね。となると、何を祈ったのかが大事ってことだ」




ジジの言葉に、コメットは何か思い出したようにハッとした。




「……?」ジジはそんな様子のコメットを見て、祈ったことを言ってくれれば、出られるヒントになるのに……と不思議がった。


コメットは、長い沈黙の後に、やっと呟いた。

「……あ、あの。引かないでくださいね?祈りというか、違うんですけど、部屋から出られないことと、出られることを天秤にかけたときに、やっぱり必要なことなので言いますけど…」

コメットらしくないが早口でよくわからない言い訳を延々と述べたあと、一呼吸置いてコメットは俯いたまま続けた。



「さっきあのまま、き…キスしたいなっ……て……思いました」



そう言い終わると、コメットは伏せていた視線をジジに向けた。

ジジに笑われてしまうかもと身構えたコメットだったが、ジジはの反応は意外だった。



「コメッ…〜〜〜ッ!」



ジジの耳の先と首がほんのり赤いが、お酒のせいなのかコメットにはよくわからなかった。


「わかった、こっち来て」


ジジはそう言って、ソファーの方に座り、横に座るようコメットに勧めた。

立派なソファーに隣同士に座った2人。トン、と肩が触れる距離。


コメットの心臓はドキドキとこれから起こることを予想し跳ねていた。ジジの手がコメットの髪を撫でた。ビクッと緊張するコメット。

そんなコメットの様子にふっ……と笑ったジジは――




――そのままコメットの頬に軽く口づけした。




ジジの薄い唇が頬に一瞬だけくっつき、すぐに離れた。



「どうだろ、これで扉開くかな」


ジジはひとりソファーから立ち上がり、扉をガチャっと開けた。見えるのは外の廊下。脱出成功というわけだった。祈った者の願いが叶うまで部屋から出られなくするような魔法道具が存在していたのだろう。

部屋自体が魔法道具となったというべきか。クロウ・モルガンは遊び心あふれる魔道具も制作していたということだ。


扉が開いたということは、つまり、コメットが本当にジジとキスしたかったということを証明してしまった。


どう転んでも恥ずかしい事件だったが、コメットはそのまま「おやすみなさい!!!」と半ば叫びながら、自室へ戻るジジを見送り、ふわふわの羽毛布団にくるまった。




お読みいただきありがとうございました!いったん、こちらで完結です。

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