第3話:夜の囁き
夜の静寂が続く中、レオンと少女は王宮を離れ、さらに奥深い路地へと進んでいた。
背後では、まだ王宮の鐘の音が微かに響いている。
だが、今はもう戻れない。
足元の石畳は冷たく湿っていて、歩くたびに小さく音を立てる。
レオンは恐怖を押し殺しながらも、歩き続ける少女に何とか話しかけた。
「僕を連れて行って、どうするつもりなんだ?お前の目的は何なんだ?」
少女はわずかに振り返る。
フードの影に隠れた瞳が、夜の闇よりも冷たく光った。
「お前に言う必要はない。」
吐き捨てるようなその声には、迷いがなかった。
それが妙に引っかかる。
「でも、お前が王宮にいるよりは、ずっといいはずだ。」
「いいはずだって……どういうことだよ?」
問い詰めるようなレオンの言葉に、少女は短剣を握り直した。
金属の冷たい音が、闇の中で不気味に響く。
そして――
「王宮がどれだけ汚れているか、お前にはわからないだろうな。」
少女の言葉は、冷たい刃のようにレオンの胸に突き刺さった。
王宮が汚れている?
そんなこと、聞いたこともない。
王宮とは、王族が住み、貴族が集い、この国を動かしている場所だ。
確かに政治や権力闘争はあるだろうが、それが「汚れている」と言うほどのものなのか?
だが――
(……いや、違う。僕は知っているはずだ。)
レオンは無意識に拳を握りしめた。
王宮にいる誰もが、口にはしなくとも思っている。
**「第三王子は出来損ないだ」**と。
レオンは、兄たちと比べて魔法を持たず、王族としても目立つ存在ではない。
いつも周囲から期待されることなく、どこか腫れ物のように扱われてきた。
王宮で過ごした日々は、常にどこか息苦しかった。
けれど、それを「汚れている」と表現するのは、まるで何か大きな闇があるような――
「……お前は、何を知ってるんだ?」
思わずそう問いかけた。
少女は返事をしなかった。
代わりに、一歩だけ近づいてきて、低く囁く。
「お前は、なぜ魔法を使えるものが多く生まれるはずの王族の中で魔法が使えないのか、魔法を使えないものが生まれるのか疑問に思ったことはないのか?」
その言葉に、レオンの体が固まった。
「……どういう意味だ?」
少女は答えない。ただ、彼をじっと見つめている。
レオンはその視線の中に、確かな“意図”を感じた。
それはただの誘拐ではない。
もっと深く、彼自身に関わる何か――
(いったい、王宮に何があるんだ……?)
胸の奥に疑問が膨らんでいく。しかし、今の自分には何もできない。
それが、もどかしかった。