第2話:王宮の混乱
一方、王宮は大きく揺れていた。
「第三王子が誘拐された」――この報告が王に届けられたとき、謁見の間には張り詰めた沈黙が広がった。
「……今すぐ、レオンを探し出せ。」
国王の低く重い声が響く。
王宮の重臣たちは動揺を隠せず、何人かは互いに視線を交わした。
しかし、王の表情は読めない。怒りなのか、焦りなのか――それとも、別の何かか。
「アーサー、お前が兵を指揮しろ。」
国王の言葉に、第一王子アーサーはすぐに応じた。
「承知しました、父上。」
迷いのない声だった。しかし、その瞳には静かな焦りが見え隠れしている。
そして、国王はふと目を細め、誰にも気づかれぬようにアーサーへ目配せした。
アーサーの表情は変わらない。だが、その瞬間、彼の拳がほんのわずかに握りしめられたのを、ヴィクトルだけが見逃さなかった。
第一王子アーサーは、精鋭の近衛兵を集め、迅速に指揮を取っていた。
「周辺を徹底的に捜索しろ。町の出入り口も封鎖し、怪しい者がいれば即座に報告するんだ。」
落ち着いた口調だったが、その眼差しは鋭く、わずかな焦燥が滲んでいた。
一方、第二王子ヴィクトルは、いつも通り感情を表に出さない。
「……慌てても仕方がない。状況を整理し、誘拐犯の目的を探るべきだ。」
冷静な提案。しかし、その一言にアーサーは一瞬だけ鋭い視線を向けた。
まるで、「お前はこの状況でそんな悠長なことを言っていられるのか」と言わんばかりに。
だが、ヴィクトルは動じない。
「焦って手当たり次第に動いたところで、無駄な混乱を招くだけだ。」
彼の言葉に、アーサーは短く息を吐く。そして何も言わず、捜索の指示を続けた。
城内の噂では、第一王子と第二王子は不仲だとされている。
しかし、今この状況において、二人の間には確かに“共通の目的”があった。
レオンを、必ず取り戻す。
この誘拐をきっかけに兄弟が協力するのか、それとも更なる亀裂が生まれるのか。
周囲は静かに、その行方を見守るしかなかった。
レオンの護衛を務めていた近衛兵カイは、王宮の一角で強く拳を握りしめていた。
「……俺のせいだ。俺があの場で止められなかったから……!」
彼の瞳には、強い自責の念が宿っていた。
レオンを守ることは、カイの“存在理由”だった。
それなのに、守りきれなかった。
「カイ。」
静かに声をかけたのは、侍女のソフィアだった。
彼女の声は、決して咎めるものではなかった。
「いま必要なのは自分を責めることではありません。レオン様を取り戻すためにできることを考えましょう。」
その言葉に、カイはわずかに肩を震わせる。
「ソフィア……わかってる。でも、どうすれば……」
「まずは王宮の周囲を捜索するしかありません。時間が経つほど、手がかりは失われるわ。」
冷静なソフィアの言葉に、カイはハッとして顔を上げた。
――今、落ち込んでいる場合じゃない。
自分にできることを、やるしかない。
カイは深く息を吸い込み、気を引き締めるように背筋を伸ばした。
「……よし。王宮内の見落としがないか、もう一度確認する。」
「私も手伝うわ。」
ソフィアが微笑み、静かに頷く。
こうして、王宮内でもまた、新たな動きが始まろうとしていた。