第1話:夜の闇へ消えた王子
塔の上階にある窓から、第三王子レオンが連れ去られたのは、選抜式が終わり静寂が訪れた夜だった。
強い風に煽られながらも、フードの少女は一切の迷いもなくロープを使って降下し、レオンを抱えたまま地面へと降り立った。
「……どうして、こんなことを?」
レオンが恐る恐る問いかけるが、少女は答えない。ただ短剣を手に、迷いのない足取りで王宮の裏手にある細い路地へ進む。
夜の冷たい空気が肌を刺す中、レオンはただ引きずられるようにして彼女について行くしかなかった。
「逃げるなよ。少しでも動けば命はない。」
低く響く声が彼の耳元で囁く。その言葉に、レオンの体は硬直する。命を狙われるという状況に慣れていない彼には、少女の言葉が脅しではなく本気に聞こえたのだ。
王宮の華やかな灯りは次第に遠ざかり、代わりに路地の薄暗い影が視界を支配する。どこへ連れて行かれるのか――レオンには見当もつかない。ただ、手の中で小刻みに震える自分の指先だけが現実を告げていた。
「……なぜ僕なんだ?」
ようやく搾り出した声に、少女は一瞬だけ振り返る。深く被られたフードの奥で瞳が光るのが見えた気がしたが、それが怒りか、憎しみか、それとも別の感情なのかはわからない。
「お前が必要だから。理由なんて知る必要はない。」
冷たい声が突き放すように言い放たれ、再び静寂が支配する。
(必要……?僕が?)
レオンの頭の中で疑問が渦を巻く。自分は何の役にも立たない王族だとずっと思っていた。それなのに、なぜわざわざ自分を――。




