第1話:空の上の王宮
雲海の向こうから朝日が射しこみ、王国は薄青い光に包まれていた。
地上からは「神の領域」と呼ばれるこの場所――雲海の王国。
第三王子レオンは、その王宮の高い塔にある自室の窓辺に腰掛け、いつものように雲海を眺めていた。
視界いっぱいに広がる雲と空。誰もが憧れる美しさだというのに、レオン自身はどこか息苦しく感じる。
「レオン様、そろそろ支度をなさってください。」
背後から静かな声がした。振り向くと、幼馴染でもあり近衛兵でもあるカイが礼儀正しく立っている。その姿を見たレオンは、小さく息をついた。
「わかってるよ、カイ。でも……」
言葉を濁すと、カイはやや呆れた表情を浮かべる。
「今日がどんな日かわかっているでしょう。選抜式ですよ。王国最大の祝祭なんですから、欠席したら民もがっかりします。」
「うん……わかってる。」
レオンは窓辺から降り、部屋のテーブルに置かれている礼服に目をやった。
青と白を基調としたその服は、「雲海の王国」の象徴とも言えるデザインだ。
着るだけで“王子”であることを突きつけられるような気がして、どうも気が乗らない。
そこへ、侍女のソフィアが入ってきて柔らかく微笑む。
「レオン様、せっかくの祝祭の日です。笑顔を忘れずに……というのは難しいかもしれませんが、民の方々もレオン様をお待ちしていますよ。」
「そう……だね。ありがとう、ソフィア。」
レオンはしぶしぶ礼服に袖を通す。
この王国には、第一王子のアーサーと、第二王子のヴィクトルがいる。
華やかな存在感で皆を魅了するアーサーと、寡黙でクールな印象のヴィクトル。
王宮内では「対照的な兄弟」として知られているが、レオン自身は二人の関係をはっきりと理解できていなかった。
彼らの間に流れる空気は、単なる不仲とも違うように感じる。
(どんな関係であれ、俺にはあまり関係ないか……。)
そう思いながらも、ふとした時に感じる二人の視線に、何か意図があるのではと考えてしまうことがあった。
だが、今は考えても仕方がない。
「……式典が無事に終わればいいんだけど。」
レオンはそう呟きながら、カイとソフィアに背中を押されるように部屋を出た。
外の廊下は早くもあわただしく、王族や重臣たちが選抜式の準備を指示している。
明るい声と足音が行き交うが、レオンはどこか浮かない気分のまま、式典会場へと向かうのだった。