第28ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの8
◆◆◆
あの日会えなかった、父と兄と姉。
離れるのが嫌で、思わず飛び込んだ母親の中。
「あなたには格好いい伊緒お兄ちゃんと可愛い真理お姉ちゃんがいるの」
(おにいちゃん……おねえちゃん?)
「そう、貴女が生まれてくるのをずっと心待ちにしていた。優しいお兄ちゃんとお姉ちゃん」
(あって……みたいな……)
「――いつか、きっと……会いにいきましょう」
母親のお腹の中で聞いた兄と姉の話。
仁代美夏は、飽きることなく父や、兄妹のことを話してくれた。
(いつか……あいにいきたいな……)
◆◆◆
その願いは期せずして、叶った。
だが、今目の前で、父は傷つき、兄は行方不明。
そして、姉は死の間際にいる。
冷たくなっていく手を握り、亜依は必死に祈った。
(お姉ちゃん!死なないで!折角会えたのに……もうみんなと別れるのは嫌……もう悲しいのは嫌……だから、死なないで!お姉ちゃん!)
亜依の願いが、心の底からの想いが亜依の身体を駆け巡り、亜依の中の霊子と結び付く。
姉を死なせたくないという想いが結実する。
爆発するように亜依の身体から霊子が溢れ出す。
周囲の霊子も巻き込み、巨大な霊子の渦を作る。
「真理、お姉ちゃん!死んじゃダメ!!」
渦巻いた霊子が真理に降り注ぎ、身体の中へと吸い込まれていく。
「亜依……?」
その光景を目の当たりにして、星斗だけが漸く呟くことができた。
星斗は何が起こっているかまるで分からないが、亜依が姉の真理を助けようとしているのだけは感じ取れた。
「真理を……真理を助けてくれ!亜依!!」
藁にも縋る想いで、星斗は亜依に向かって叫ぶ。
「真理お姉ちゃんは――私が――絶対に――助ける!」
亜依の掌から注がれる霊子の流れ。
霊子は真理の中へと入っていき、亜依の想いは傷口を癒し、崩れかけていた真理の魂をも癒していく。
「お願い!帰って来て!」
亜依は願う、真理との再会を。
まだ、出会ったばかりなのだ。
聞きたいこと、話したいことが沢山ある。
一緒にやってみたいこと、やってほしいことも山の様にある。
「ずっとずっと、お姉ちゃんと会える事を楽しみにしてたんだよ!こんな所で、お別れしたくないよ!」
「亜、依……」
亜依の叫びは奇跡となって答えた。
「真理お姉ちゃん!」
薄らと目を開け、亜依の名前を呼ぶ真理。
真理は自分の腹部をさすって傷口を確かめる。
真っ赤に染まったシャツが痛々しいが、傷は無くなっているらしい。
「亜依が……助けてくれたの……?」
「そうだよ!亜依が、お姉ちゃんにもう一度逢いたかったから、頑張ったんだよ……」
「ありがとう……亜依」
「うん……真理お姉ちゃん……」
嬉しそうに笑顔を浮かべながら暖かい涙が頬を伝う。
真理も真っ赤に染まった口元を綻ばせ、優しい表情で亜依を見つめる。
「真理!無事か!?」
「真理ちゃん!怪我は!?」
星斗と光が真理の下に集まり、心配そうに声を掛ける。
「亜依が、治してくれたみたい……まだ、立てないけど……大丈夫」
「そうか……そうか……よかった…………」
その場でへばり、コンクリートに伸びてしまう星斗。
この場に来るだけでも、相当に厳し状態だったのだろう。
気が抜けて、動けなくなってしまった。
「真理ちゃん……僕は……僕のせいで……僕は……」
「光さん……これは、私の願いです。私が光さんを守りたかったから……私が、勝手にやったことです。だから……自分を責めないでください」
俯き、真理を真正面から見る事ができない光。
だが、そんな光に真理は、優しく言葉をかける。
「守ってくれて、ありがとうございます。怒ってくれたこと、凄く嬉しかったです」
「真理ちゃん……でも、僕は工藤君を……」
「光、それこそ自分を責めるな……あれは、俺が撃てなかったからだ……俺がもっと早く、あいつを撃ってれば……」
倒れながら、星斗は原因は自分にあると言い出す。
「いや……最後は、自分の意思で切った……それは間違いない」
「光、それでもだ。俺からもお礼を言わせてくれ……ありがとう。真理を、娘を守ってくれて、ありがとう」
「星斗……」
「っ……痛てぇ……」
星斗は無理矢理上半身を起こし、立ち上がる。
そして大きく頭を下げる。
「すまなかった……お前に背負わせるべきでないものを背負わせてしまった。」
「星斗……僕は……」
「俺も、それを背負う」
星斗は真っ直ぐに光を見据え、はっきりと口にする。
「……すまない」
「構わんさ、と言っても何をすればいいか分からないがな」
2人はやっと緊張が解けたのか、笑顔を見せる。
「光さん、お父さん。そろそろちゃんと治療しないと不味いんじゃない?私は治してもらったからいいけど……」
真理は集まってきた皆を見て負傷者の多さに言い淀む。
「そうだな、一番の重傷者は……君かな?」
星斗は腕をだらりと垂らしながびっこを引いて歩いてきた西風舘を見てそう判断する。
「いえ、俺よりも皆さんの方が……出血が凄いですよ?」
「俺のは派手に切れただけだ。骨は逝っちゃいないから後でいい。取り合えず骨折は固定しないと。光、一旦みんなを休めるところに移動しよう」
「分かった、保健室とその隣の空き教室を使おう」
この場では治療のための道具も無い事から、一旦全員を集めて避難することにする。
皆が移動するために準備を始めようとしていた時、亜依がおずおずと手を挙げる。
「あの……お父さん。亜依ね、みんなの傷も治せるかも……」
「ん、亜依。どういうことだ?」
「さっき、真理お姉ちゃんがどうしても死んでほしくなくて、もう一度話したくて、怪我を治したいって強く想ったの。そしたらね、こう体の中のえっと霊子がね。何か変化して……多分、他の人も同じことができる気がするの」
亜依は真理に施したような治療が、真理以外にもできるかもしれないと言う。
若干自身がなさそうな表情で俯いているが、亜依ができるというのなら、信じない手は無い。
「亜依がそう言うならやってみて貰っていいか?まずお父さんで試してみよう」
星斗はまず自分が実験台になるという。
重傷者は他にもいるが、試すならまず自分だろうと亜依の前に座って頭を差し出す。
「じゃあ……やってみるね」
「ああ、頼む」
亜依は星斗の頭から流れる鮮血を見てたじろぎながらも、痛々しい傷を治してあげたいと願う。
亜依は星斗の頭の上に手をかざし、目を瞑って意識を集中させる。
(お父さんの、傷を治したい……)
亜依が願うと、身体の中の霊子を結び付き、周囲の霊子を巻き込んで星斗の中へと降り注ぐ。
掌から降り注ぐ霊子の光はやがて星斗の身体の中を巡り、傷と言う傷を癒していく。
やがて霊子が星斗の身体に入らなくなり、亜依が目を開けて手を元に戻すと星斗が自分の頭を触っていた。
「凄いな……本当に治ってる。亜依、ありがとう」
「よかったぁ……」
亜依は上手くいったことで泣きそうな顔から、一気に笑顔に表情が変化する。
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