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暁の世界、願いの果て【毎週火曜、金曜18:00に更新です】  作者: 蒼烏
第2章 日常讃歌・相思憎愛
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第27ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの7

――熱い――)


 その場に崩れ落ち、見上げた視界の端に耶蘇光(やそひかる)の顔が見えた。


(光さん……無事で、よかった……)


 ジクジクと燃えるような熱さが、腹部を襲う。

 そんな痛みと熱より、光が無事な事に安堵する仁代真理(じんだいまり)


「真理ちゃん!」

 

 ジワリと熱いナニカが流れ出す感覚は不快だが、駆け寄ってくる光を見ているだけでそんな事はどうでもよくなる。


「光さん……そんな顔……しないで……」


 呟く真理の声が光へ届く前に、横合いから不快な影が視界に入り込む。


 「ウヒヒヒヒッ!あぁ……気持ちい……先生ぇ!お前も死んでくれよ!」

 「くっ、どいてくれ!このままじゃ真理ちゃんが!」


 工藤は真っ直ぐに光に飛び掛かり、手にした果物ナイフを振るう。

 光が真理の下に行けないよう、その進路を妨害しながら遠ざけて行く。


「イヒヒヒヒッ!いいんだよ!もう全部殺すんだよ!全部いれねぇんだよ!!思い通りにいかねぇ世界なんて、全部、ぶっ壊してやる!」

「星斗!起きろ!真理ちゃんが、このままじゃ、真理ちゃん死んじゃうぞ!!」


 光は樹人に死力を尽くした一撃を叩き込み、その場に倒れた星斗に向かって叫ぶ。


西風舘(ならいだて)くん!東風谷(こちや)さん!野口さん!真理ちゃんを!助けてくれ!」


 光が生徒達にも叫ぶ。


「先生!今、行き――がっ!」


 西風舘が飛び出したところに、樹人の最後の足掻きが降り注ぐ。

 星斗の魂を砕かれ、全身にひび割れが入り、いつ崩壊してもおかしくない状況だが、樹人はまだ動いている。

 出鱈目に背中の枝を動かし、辺りにあるものを手当たり次第に吹き飛ばしている。

 その一撃が西風舘を直撃し、またも吹き飛ばされてしまう。


「西風舘先輩!どうしよう、このままじゃ……」


 倒れた西風舘に駆け寄り、身体を支えて起こす東風谷。

 東風谷が自分で行こうにも、行けるような状況ではない。

 ただ見ているだけしかできない、ただ人が刺されて死んでいくのを見守る事しかできない。


「もう嫌っ!誰か居なくなるなんて嫌なのに!何で、何で!真理お姉ちゃん!いなくなっちゃ嫌っ!!」


 亜依の悲痛な叫び声が響く。

 すぐ隣で野口雫が茫然とその光景を見ていた。

 ただただ目線の先にある、倒れた真理と果物ナイフを片手に暴れ回る工藤。


「もう……いや……」

 

 雫の口からただ一言、言葉が漏れた。

 倒れた星斗は光の声を聞いていた。


(光が、何か、言っている……真理が、真理がなんだって……真理が、死ぬ?)

 

 急激に覚醒する星斗の思考。

 瞼を無理矢理に開け、状況を確認する。

 

(どうなった……俺は、樹人の魂を砕いて……倒れたのか)


 星斗が顔をあげると、そこには倒れた真理の姿があった。

 

「真理……」

 

 身体を持ち上げ様とするが上手く力が入らない。

 目の前では樹人が魂を砕かれてなお、最後の足掻きを続けている。

 顔だけを持ち上げ、何とか状況を確認しようとする。 

 そこに見えたのは腹部から血を流して倒れている長女の姿だった。


「真理!」

「星斗!真理ちゃんが刺された!このままじゃ、真理ちゃんが!」

 

 光の焦った声が聞こえる。


「ウヒヒヒヒヒ!ダメだぜ先生ぇ。先生の相手は俺だろ?クヒッ!」

「そこをどけぇ!」

 

 工藤は果物ナイフを振り回しながら光の行く手を阻み、光は遂に怒声をあげる。


「光――くっ、身体が動かない……どうする……このままじゃ……」


 自身の身体は動かない、光は工藤の対応で身動きが取れない。

 他のみんなも樹人のせいで真理を助けに行けない。


「どうする、どうする……あいつを……工藤を止められれば!」


 目の前まで行けないのならば、光に行ってもらうしかない。

 そのためには工藤が障害だ。

 ならば、工藤を止めるしかない。


(俺に、あいつに向けられる弾が作れるか……?人を殺せるか?)


 揺れる星斗の心。

 だが決断はすぐについた。


(真理は死なせない!俺が、父親の俺がやらないで、誰がやるんだよ!)


 地面に落ちた拳銃を釣り紐ごと手繰り寄せ、再び右手に把持する。

 そして左手を握り込み、願う。


(想え、願うんだ……あいつを、あの男を……殺すんだ!)


 左手に霊子が集中し始める。

 だが、その光は今までと違い、途中で集まらなくなってしまう。


「おいっ!なんだよ!何でできなくなってるんだよ!今やらないで、何時やるんだよ!」


 いくら本気で願おうが、強い思いを込めようが、霊子と想いが結びつかない。

 更に霊子も上手く動かせなくなってくる。


「不味い……このままじゃ……俺は……また家族を……やるんだ、俺がやらなきゃ誰がやるんだよ!」


 星斗は身体を無理矢理に動かし、這いつくばりながら真理の方へと向かう。

 どうなってでも真理を助ける。

 星斗は枝の鞭の暴風の中へと突き進む。


 ◇◇◇


「そこを退け、工藤!」

「クヒヒヒヒッ!吠えたな先生ぇ!それが見たかったんだよ!さぁ、存分にヤロウぜ!!」


 果物ナイフを持った工藤に無謀とも言える突撃をする光。

 果物ナイフは光の腕を切り裂き、左腕から出血する。

 それでも光の前進は止まらない。

 光も星斗と同じだった。

 

(僕がやらねば)


 その身に変えても、やらねばならないと思っていた。


(僕のせいだ)


 自分のせいだと思っていた。

 

(僕を庇ったせいで……)


 己の失態だと。


(こいつを……工藤を倒すための……何かが……武器が……欲しい!!)


 光は願った、強く強く心の底から願った。


 ◇◇◇


(光……さん……)


 真理は段々と身体の体温が失われていくのを感じていた。

 腹部は相変わらず灼熱の様な痛みを伴っているが、頭の中は静寂に包まれていた。

 光が助かればそれでよい、そう思ってやったことだ。

 真理は間違っていないと思っていた。

 だが、心の内の静かな水面に波紋が広がる。


(……こいつを……工藤を……)


(光さんの……声がする……)


(倒すための……何かが……)


(何?光さんは、何がしたいの?)


(武器が……欲しい!!)


(光さん……あいつを……倒したいんだね……()()()()()()()()()()()()()()()()()


 真理は光の心からの願いを聞いた。

 聞き入れた。

 そして真理は願った。

 光の為に、願った。

 

(分かった……じゃあ私が……光さんの願いを叶えてあげる……)


 それは真理の、心の底からの願い。

 光の全てを叶えてあげたいという願い。


(光さんの手に……戦うための……力を……)


 真理の中に残された霊子が集まりだす。

 そしてその霊子と真理の願いが混ざり合う。


(ふふ、今度は上手くいった……自分の為じゃなく……光さんの為の願い……)


 周囲の霊子も喰らい、それは姿を現す。


(行って……光さんの手の中へ……届いて……)


「光……さん……」


 真理の呟きと共に、霊子の塊は光の下へと迸る。

 工藤の背中越しに飛んできた霊子の塊が光の右手に潜り込み、真理の願いが形になる。


「――これはっ……」


 光の手には柄が握られていた。

 しっくりくる握り心地。

 翠色の霊子の刀身。

 刀長は打ち刀にしては長い、太刀よりは短いといった長さがある。

 それでも長身で手足の長い光が扱うにはちょうど良い長さだ。

 姿形は正しく日本刀のそれである。


「クヒッ!死ね!」


 光の動きが止まったことで、工藤が両手で果物ナイフを握って飛び掛かってくる。

 

 光の動きは、静かで、小さく、最小の動きだけを見せた。

 柄を両手で握り、刀は円を描くように工藤の間の前を通過する。

 

「ウヒッ!ヤッタぜ先生ぇ!!」


 工藤の腕は光に当たことなく、空を切る。工藤は振り下ろした勢いで前屈みになる。

 

 振り下ろされた工藤の両腕から先が、空中に残されていた。


「へっ?」


 工藤は何が起こったか分からず、空を見上げる。

 そこには刀を振り上げる、光の姿があった。

 冷たく、一切の感情の乗らない顔。

 堅く引き結ばれた口。

 それでいて、一切目を背けることの無い瞳。


 光が、一言呟く。


「ごめん……」


 翠色の刀身が振り下ろされ、工藤を袈裟斬りにする。

 肉を切り、骨を断ち、一気に駆け下りる刀。


 ドチャりと宙を舞っていた両腕がコンクリート上にの落ちてくる。

 工藤の頸動脈が切れ、血が勢いよく吹き出す。


「ぁ……なんだよ……先生……いい顔……するじゃねぇか……クソが……」


 返り血を浴び、鮮血に染まる光の顔。

 だがそこに表情はなく、真っ白な肌に鮮血が花を開いているばかりだ。

 ゆっくりと崩れ落ちる様に倒れる工藤。

 工藤の目は見開かれ、手から果物ナイフが零れ落ちる。

 工藤はもはや物言わぬ屍となっていた。

次回更新は金曜日午後6時です!


専用アカウント作成しました。

https://twitter.com/aokarasu110

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