第27ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの7
――熱い――)
その場に崩れ落ち、見上げた視界の端に耶蘇光の顔が見えた。
(光さん……無事で、よかった……)
ジクジクと燃えるような熱さが、腹部を襲う。
そんな痛みと熱より、光が無事な事に安堵する仁代真理。
「真理ちゃん!」
ジワリと熱いナニカが流れ出す感覚は不快だが、駆け寄ってくる光を見ているだけでそんな事はどうでもよくなる。
「光さん……そんな顔……しないで……」
呟く真理の声が光へ届く前に、横合いから不快な影が視界に入り込む。
「ウヒヒヒヒッ!あぁ……気持ちい……先生ぇ!お前も死んでくれよ!」
「くっ、どいてくれ!このままじゃ真理ちゃんが!」
工藤は真っ直ぐに光に飛び掛かり、手にした果物ナイフを振るう。
光が真理の下に行けないよう、その進路を妨害しながら遠ざけて行く。
「イヒヒヒヒッ!いいんだよ!もう全部殺すんだよ!全部いれねぇんだよ!!思い通りにいかねぇ世界なんて、全部、ぶっ壊してやる!」
「星斗!起きろ!真理ちゃんが、このままじゃ、真理ちゃん死んじゃうぞ!!」
光は樹人に死力を尽くした一撃を叩き込み、その場に倒れた星斗に向かって叫ぶ。
「西風舘くん!東風谷さん!野口さん!真理ちゃんを!助けてくれ!」
光が生徒達にも叫ぶ。
「先生!今、行き――がっ!」
西風舘が飛び出したところに、樹人の最後の足掻きが降り注ぐ。
星斗の魂を砕かれ、全身にひび割れが入り、いつ崩壊してもおかしくない状況だが、樹人はまだ動いている。
出鱈目に背中の枝を動かし、辺りにあるものを手当たり次第に吹き飛ばしている。
その一撃が西風舘を直撃し、またも吹き飛ばされてしまう。
「西風舘先輩!どうしよう、このままじゃ……」
倒れた西風舘に駆け寄り、身体を支えて起こす東風谷。
東風谷が自分で行こうにも、行けるような状況ではない。
ただ見ているだけしかできない、ただ人が刺されて死んでいくのを見守る事しかできない。
「もう嫌っ!誰か居なくなるなんて嫌なのに!何で、何で!真理お姉ちゃん!いなくなっちゃ嫌っ!!」
亜依の悲痛な叫び声が響く。
すぐ隣で野口雫が茫然とその光景を見ていた。
ただただ目線の先にある、倒れた真理と果物ナイフを片手に暴れ回る工藤。
「もう……いや……」
雫の口からただ一言、言葉が漏れた。
倒れた星斗は光の声を聞いていた。
(光が、何か、言っている……真理が、真理がなんだって……真理が、死ぬ?)
急激に覚醒する星斗の思考。
瞼を無理矢理に開け、状況を確認する。
(どうなった……俺は、樹人の魂を砕いて……倒れたのか)
星斗が顔をあげると、そこには倒れた真理の姿があった。
「真理……」
身体を持ち上げ様とするが上手く力が入らない。
目の前では樹人が魂を砕かれてなお、最後の足掻きを続けている。
顔だけを持ち上げ、何とか状況を確認しようとする。
そこに見えたのは腹部から血を流して倒れている長女の姿だった。
「真理!」
「星斗!真理ちゃんが刺された!このままじゃ、真理ちゃんが!」
光の焦った声が聞こえる。
「ウヒヒヒヒヒ!ダメだぜ先生ぇ。先生の相手は俺だろ?クヒッ!」
「そこをどけぇ!」
工藤は果物ナイフを振り回しながら光の行く手を阻み、光は遂に怒声をあげる。
「光――くっ、身体が動かない……どうする……このままじゃ……」
自身の身体は動かない、光は工藤の対応で身動きが取れない。
他のみんなも樹人のせいで真理を助けに行けない。
「どうする、どうする……あいつを……工藤を止められれば!」
目の前まで行けないのならば、光に行ってもらうしかない。
そのためには工藤が障害だ。
ならば、工藤を止めるしかない。
(俺に、あいつに向けられる弾が作れるか……?人を殺せるか?)
揺れる星斗の心。
だが決断はすぐについた。
(真理は死なせない!俺が、父親の俺がやらないで、誰がやるんだよ!)
地面に落ちた拳銃を釣り紐ごと手繰り寄せ、再び右手に把持する。
そして左手を握り込み、願う。
(想え、願うんだ……あいつを、あの男を……殺すんだ!)
左手に霊子が集中し始める。
だが、その光は今までと違い、途中で集まらなくなってしまう。
「おいっ!なんだよ!何でできなくなってるんだよ!今やらないで、何時やるんだよ!」
いくら本気で願おうが、強い思いを込めようが、霊子と想いが結びつかない。
更に霊子も上手く動かせなくなってくる。
「不味い……このままじゃ……俺は……また家族を……やるんだ、俺がやらなきゃ誰がやるんだよ!」
星斗は身体を無理矢理に動かし、這いつくばりながら真理の方へと向かう。
どうなってでも真理を助ける。
星斗は枝の鞭の暴風の中へと突き進む。
◇◇◇
「そこを退け、工藤!」
「クヒヒヒヒッ!吠えたな先生ぇ!それが見たかったんだよ!さぁ、存分にヤロウぜ!!」
果物ナイフを持った工藤に無謀とも言える突撃をする光。
果物ナイフは光の腕を切り裂き、左腕から出血する。
それでも光の前進は止まらない。
光も星斗と同じだった。
(僕がやらねば)
その身に変えても、やらねばならないと思っていた。
(僕のせいだ)
自分のせいだと思っていた。
(僕を庇ったせいで……)
己の失態だと。
(こいつを……工藤を倒すための……何かが……武器が……欲しい!!)
光は願った、強く強く心の底から願った。
◇◇◇
(光……さん……)
真理は段々と身体の体温が失われていくのを感じていた。
腹部は相変わらず灼熱の様な痛みを伴っているが、頭の中は静寂に包まれていた。
光が助かればそれでよい、そう思ってやったことだ。
真理は間違っていないと思っていた。
だが、心の内の静かな水面に波紋が広がる。
(……こいつを……工藤を……)
(光さんの……声がする……)
(倒すための……何かが……)
(何?光さんは、何がしたいの?)
(武器が……欲しい!!)
(光さん……あいつを……倒したいんだね……光さんの願いを叶えるのが私の願い)
真理は光の心からの願いを聞いた。
聞き入れた。
そして真理は願った。
光の為に、願った。
(分かった……じゃあ私が……光さんの願いを叶えてあげる……)
それは真理の、心の底からの願い。
光の全てを叶えてあげたいという願い。
(光さんの手に……戦うための……力を……)
真理の中に残された霊子が集まりだす。
そしてその霊子と真理の願いが混ざり合う。
(ふふ、今度は上手くいった……自分の為じゃなく……光さんの為の願い……)
周囲の霊子も喰らい、それは姿を現す。
(行って……光さんの手の中へ……届いて……)
「光……さん……」
真理の呟きと共に、霊子の塊は光の下へと迸る。
工藤の背中越しに飛んできた霊子の塊が光の右手に潜り込み、真理の願いが形になる。
「――これはっ……」
光の手には柄が握られていた。
しっくりくる握り心地。
翠色の霊子の刀身。
刀長は打ち刀にしては長い、太刀よりは短いといった長さがある。
それでも長身で手足の長い光が扱うにはちょうど良い長さだ。
姿形は正しく日本刀のそれである。
「クヒッ!死ね!」
光の動きが止まったことで、工藤が両手で果物ナイフを握って飛び掛かってくる。
光の動きは、静かで、小さく、最小の動きだけを見せた。
柄を両手で握り、刀は円を描くように工藤の間の前を通過する。
「ウヒッ!ヤッタぜ先生ぇ!!」
工藤の腕は光に当たことなく、空を切る。工藤は振り下ろした勢いで前屈みになる。
振り下ろされた工藤の両腕から先が、空中に残されていた。
「へっ?」
工藤は何が起こったか分からず、空を見上げる。
そこには刀を振り上げる、光の姿があった。
冷たく、一切の感情の乗らない顔。
堅く引き結ばれた口。
それでいて、一切目を背けることの無い瞳。
光が、一言呟く。
「ごめん……」
翠色の刀身が振り下ろされ、工藤を袈裟斬りにする。
肉を切り、骨を断ち、一気に駆け下りる刀。
ドチャりと宙を舞っていた両腕がコンクリート上にの落ちてくる。
工藤の頸動脈が切れ、血が勢いよく吹き出す。
「ぁ……なんだよ……先生……いい顔……するじゃねぇか……クソが……」
返り血を浴び、鮮血に染まる光の顔。
だがそこに表情はなく、真っ白な肌に鮮血が花を開いているばかりだ。
ゆっくりと崩れ落ちる様に倒れる工藤。
工藤の目は見開かれ、手から果物ナイフが零れ落ちる。
工藤はもはや物言わぬ屍となっていた。
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