第26ー2話 空を同じくして、袂を分かつもの6
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「工藤です、よろしくお願いします」
入学式後のクラスにて、無難な自己紹介をする。
つまらない日常。
ずっとそう思っていた。
それでも、いつか、何かが変わる時が来るかもと思っていた。
だが、何をすればいいのか、まるで分らなかった。
自ら踏み出す勇気が無かった。
周りが、世界が変わればいいと思うようになっていた。
くだらない日常、代り映えのしない風景、その全てに飽き飽きとしていた。
「仁代真理です。趣味は身体を動かすこと、あと部活は光さんのいる剣道部に入ります」
鮮烈だった。
日々灰色に見えていた世界に色が付いたような感覚だ。
「仁代……真理……」
それから暫く、工藤は真理のことばかり見てた。
見れば見るほど、知れば知るほど惹かれていった。
どんよりと曇った世界に差し込む、眩い太陽の光のようだった。
だが、すぐに気が付く。
「あっ!光さん!」
真理の目にはこの耶蘇光しか映っていないと。
剣道部の顧問をやっている耶蘇光、同じ1年の3組の担任教師だ。
自分や、その他大勢のクラスメイト、高校の生徒は全てが等しく耶蘇光以外の人間なのだと気付かされた。
殺風景な世界に刺した陽光は、自分には当たっていなかった。
その事実を突き付けられたときから、世界は以前に増して醜いものになっていった。
「くそっ!何なんだあいつは!」
世界を呪う日々。
隠し撮りした真理の画像を見て、悦に浸っては絶望するを繰り返す日常。
その想いが妄執へと変貌するのに、大して時間はかからなかった。
そんな鬱屈とした日々がある日、一変した。
(世界が、勝手に、ぶっ壊れやがった!)
何十、何百と願ったとおりに、世界が激変したのだ。
(俺の願ったとおりだ!世界が俺を、認めた!)
邪魔するものを排除する力を得た。
湧き上がってくる力、邪魔者を排除するナイフ。
人間が木なったり、欅の木が暴れ出したり、刺激的な事ばかりだ。
(俺が退屈しない世界、俺が神になる世界。これが俺の望んだ日常!)
何でもできる様な万能感。
誰にも負ける気がしなかった。
人を殺しても何とも思わなかった、いや、寧ろ気持ちよかった。
(あぁ……これは癖になる……)
もっと、もっと、もっと、ヤリたかった。
だが、人間はそんなに残っていないようだった。
ならばと、生き残った人間を従えて、自分の国を作ろうと思ったのだ。
(フヒッ!いいなそれ、真理も、俺のものだ)
物語は順調に進んでいる様に思えた。だが、自分に従わない人間が出たところから歯車が狂い始めた。
そして、真理の父親の警察官が現れたことで、それは決定的なものになった。
陽の光を浴びたと思ったのも束の間、あっという間にその光は消えてしまった。
(俺の世界……思いどおりにいかないんなら……もう全部……いらない……全員……死ね)
◆◆◆
工藤の世界を呪う想いが、霊子と融合する。
薄ぼんやりとした思考の中で、ひたすらに力だけを求めた。
「もう……いらね……みんな……殺す……」
光にも真理にも届かない呟き。
力を求めた工藤の想いは、工藤の全身の力を増していく。
今、工藤を拘束しているのは手錠1つだけだ。
工藤は両手に力を込めてみる。
腕が動き、カチャりと手錠が鳴る。
「殺す……ころす……コロス……コろす……」
ギチギチと手錠が工藤の膂力に抗い、悲鳴をあげている。
手錠は工藤の手首に喰い込み、拘束を離すまいと抵抗している。
「真理……まり……マリ……」
求めるものは変わっていない。
――手に入らないのなら、滅茶苦茶にしてやる――
その想いは変わらない。ならばその前に、真理の絶望に歪む顔が見たい。
「耶蘇……光……」
ニチュりと工藤の俯いままの顔が歪み、工藤の思考が帰結する。
「イヒッ!」
もうはや躊躇いはない、溢れる想いを更に込めて手錠を引きちぎる。
左右の手首を繋いでいた鎖が飛び散り、工藤の拘束が解けた。
拘束が解けた工藤の右手が、樹人の暴風によって吹き飛び、転がってきた果物ナイフに当たる。
「フハっ!」
まだ世界は、見放していないようだ。
工藤は、この果物ナイフをこの場に持ち込んでくれた同級生に感謝すらした。
(みんなコロス……あの女は最後にしてやろう、クヒッ!)
右手に果物ナイフを握り、跳ねる様に立ち上がる。
物音に気付いた光と真理が振り返り、工藤の方を見やる。
その顔は正しく有り得ないものを見た顔。
驚愕と焦りを滲ませた光に目掛けて果物ナイフを一直線に突き出す。
体勢が低かったため、狙いは腹部だ。
それでも致命傷に成りえるだう。
「光さ――」
ズブリと果物ナイフが肉に差し込まれる感触が工藤の手に伝わる。
「ヒヒッ!あぁ……最高だ……」
果物ナイフの根元まで一気に差し入れる。
感触を味わいながら細めた視界を元に戻すと、目の前には制服姿の女子生徒がいた。
「真理ちゃん!」
光を庇い、身を挺して凶刃をその身に受けたのは、真理だった。
◇◇◇
「他の仕事がつっかえてるんだよ!」
星斗の正拳突きが樹人の身体に突き刺さり、樹人が断末魔の悲鳴を上げる。
「やった!お父さん!」
父親の無事と樹人を倒せたことに歓喜し、真理が声あげる。
だがそれも束の間、星斗はその場に膝を付き、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「お父さん!」
倒れた父親を助けようと、真理が駆け出そうとする。
だが、背後から聞こえないはずの声が聞こえた。
「耶蘇……光……」
耶蘇光という言葉に真理は反応し、駆け出そうとする身体を止めて振り返る。
「イヒッ!」
工藤の下卑た嗤い声と共に金属が爆ぜる様な音。
直後、工藤の両腕が自由になっていのが目に飛び込む。
その右手が工藤の側に落ちていた果物ナイフを拾い上げ、光へと飛び掛かる。
光も振り返っている。だが、まだ工藤の動きを完全に把握していない。
(このままじゃ、光さんが――)
間に合わないと分かった。
目の前で光が傷つくのが見たくなかった。
ならばどうするか。
考えるまでも無かった。
考える前には飛び出していた。
「光さ――」
真理の身体が燃えるように、熱くなった。
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