第26ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの6
(これで、終わりにする――覚悟はできている、俺が殺す。俺が背負うべき業だ……)
星斗は「樹人を殺す」と明確に決意し、その想いを右手に流し込んでいく。
霊子と想いが結実し、新たな翠色の銃弾となって、星斗の右手の中に現れた。
収束していく光の中で、何かを感じ取ったのだろうか、樹人は振り回していた腕を止め、また大きく上空へと舞い上がっていく。
「くそ、また上に行きやがった。確実に当てるには何とかして降ろさないと……」
現在生成することができた銃弾は1発のみ。
樹人が冷静を取り戻してしまった今となっては、新たに銃弾を生成するのは危険を伴う。
「星斗!こっちは手錠掛けて確保したぞ!あとはその化け物だけだ!」
「おう!了解した」
光からの工藤確保の報告を聞いて、星斗はある事に気が付く。
(そうすると、この翠の鎖はこっちに使ってもいいのか……)
先程まで工藤と星斗を繋いでいた翠色の鎖と手錠。
今は、黒色の元から持っていた手錠で工藤を拘束している。
ならば、新たに生み出したこの翠色の手錠と鎖は外して再度使っても問題ないことになる。
(鎖は伸ばしたりできたんだ……外してあの樹人に掛けられれば……)
用心のため、後一発装填されている執行弾の次に翠色の銃弾を装填し、上空の樹人を捕まえる算段を整える。
(手錠を――外して――もう一度、手元に)
星斗は樹人を見据えながら、左手の鎖に意識を向ける。
倒れた工藤の手からガチャリと翠色の鎖が外れる。
星斗が鎖を引くと、スルリと鎖が手元までに戻ってきた。
「もういっちょ働いてくれよ!」
星斗は手元に戻って来た鎖を、頭上から見下ろす樹人に向かって投げ飛ばす。
投げ出された鎖は、樹人の胴に巻き付き、星斗の左腕と繋がる。
「引きずり降ろしてやる」
全身の筋肉を使い、樹人を地上まで引きずり降ろそうと力を込める星斗。
樹人も絡みついた鎖を新たに生やした2本の腕で掴み、引きちぎろうと藻掻く。
「無駄な抵抗は止めて降りてこい」
星斗の膂力に抗う樹人。樹人の身体を支えるいくつもの枝がミシミシと音を立てて軋む。
「邪魔をスルナ!私は、人間を殺す!」
地上へ引きずり降ろそうとする星斗を何とか排除したい樹人は、残された枝を振り回して抵抗を始めた。
辺り一帯を根こそぎ削り取るかのような、枝の鞭の猛攻。
「これじゃお父さんの所に行けない」
「星斗――っく」
打ち据える枝の鞭の群れは周囲の瓦礫を弾き飛ばし、弾丸となって光達や亜依達に襲い掛かる。
いくつものコンクリ片や室外機の残骸、はたまた工藤の手から叩き落した紅黒いナイフまでが乱舞する。
工藤の側で状況を見守っていた光達も容易に近付くことができなくなってしまった。
それは暴風の中の星斗も同様だが、身体や顔面に衝突する瓦礫を無視して、全力で樹人を引きずり降ろす事だけに集中していた。
「そろそろ、痛てえから、降りてこい!」
頭部からの出血は量を増し、全身は傷だらけになっているだろう。
それでも星斗は鎖を離さない。
バキリと樹人を支える枝が1本、半ばでへし折れる。
「せいっ!!」
ここぞとばかりに力を込め、一気に樹人を引きずり降ろす星斗。
バランスを失った樹人は鎖に繋がれたまま、星斗に引き寄せられるように落ちてくる。
だが、樹人もただで落ちない。右手に握ったナイフを構え、決死の特攻で星斗に迫る。
「もういっちょ!」
星斗は迫る樹人を鎖で更に引き、落下地点への軌道を変えてしまう。
真っ直ぐに星斗に向かっていた樹人の軌道は、星斗の目の前の地面へと変わり、星斗にナイフが届かぬまま地面に突き刺さる。
「殺す!」
すぐさま立ち上がり、星斗に向かおうとする樹人。
その時星斗は拳銃を構え、樹人の右腕に照準を合わせていた。
「そのナイフ、離してもらう」
樹人が顔を上げると同時に、星斗は引き金を引く。
樹人の右腕は地面に突き立てたナイフを抜こうと伸びている。
その腕の肘窩に執行弾が突き刺さる。
「ぎゃあああああ」
樹人の右腕は半ばで吹き飛び、千切れる。
ナイフを抜こうとした反動で仰け反る樹人。
「これで、お終いだ」
樹人の胸に空いた空洞目掛けて拳銃を構える。
狙うは翠色に輝く魂。
両手でしっかりと拳銃を握り、ゆっくりと引き金を引く。
弾き出された翠色の弾丸は真っ直ぐに樹人の魂へと吸い込まれていく。
魂に吸い込まれていった弾丸は、込められた想いを解放し、樹人を死へと導くため猛威を振るい出す。
「があああああああああ!!!」
魂を撃ち抜かれ、更に死を願う想いが樹人の身体を駆け巡る。
それでも尚、樹人は抗い続けていた。
――人間を殺す――
その想いだけで生き延びていた。
だが、身体にはヒビが入り、ボロボロと崩れ落ち始めている。
「こ、ろす……!」
樹人が最後の力を振り絞って星斗に向かって背中の枝を振るう。
「――――ぐがっ!」
必殺の一撃を決め、星斗の気が一瞬緩んでいたのだろう、真上からの一撃は星斗を真面に捉え、星斗をコンクリートへ叩きつける。
「星斗!」
「お父さん!」
光と真理が助けに入ろうとするが、樹人が最後の力を振り絞って背中の枝を振り回す。
再びの暴風となって、星斗への助けを拒む。
その間にも幾度となく倒れた星斗の背中に巨大な枝の鞭が打ち据えられている。
「どうしよう光さん!このままじゃお父さんが!」
「分かってる!くそっ!どうすれば……」
光の手には折れた警棒の柄しか残されていない。
それすらも邪魔とばかりに地面に落とし、どうにか星斗を救う手段を必死で考える。
真理も、離れて見守る亜依や西風舘達も、どうすることもできずにただ見守るしかできない。
「っざっけんなよ……」
打ち据えられていた星斗の声がする。
「そろそろお終いにしてもらわないと……」
枝に打たれながらも膝を付いて上体を起こす。
「こっちの身が持たねーし……」
拳銃を地面に置いたまま、右拳を握り込む。
そして握り込まれた拳に翠色の霊子が集まりだす。
銃弾を創っている暇はない。
霊子を纏った拳を腰に引き。全身の筋肉を行使して立ち上がる。
打たれ続ける鞭に、身体が悲鳴を上げている。
それでも左手を前に構える。
「他の仕事がつっかえてるんだよ!」
「ギエエエエエエエエエエエエエ!」
基本の正拳突き。
霊子を纏った右拳が樹人の胸に突き刺さる。
霧散しかけている魂を砕き、伽藍洞の胴体を叩く。
ひび割れは全身に広がり、樹人の顔にも大きなヒビが奔る。
「……この後……あいつの始末もあるのか……」
星斗はガクリとその場で膝を付き、大仕事終えた。
次回更新は金曜日午後6時です!
専用アカウント作成しました。
https://twitter.com/aokarasu110
よろしければ覗いて見て下さい。
面白かった!期待してる!と思ってくれた方は☆、いいね、感想、レビューをお願いします。