第24ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの4
「光……動けるか?」
「もう少し待てば、動ける……星斗は?」
「似たようなもんだ……ってぇ……」
強烈な枝の一撃を浴び、剰え室外機に全身を強打しているのである。
少ししただけで動ける方がどうかしているのだ。
「あの木の化け物、あいつを攻撃してるぞ……」
「元は欅の木でいいのかな?すっぽり無くなってるし……あのナイフも持ってるし……」
「――光さん!お父さん来るよ!」
仁代真理の警告に反応し、欅の木の化け物が振るった一撃を横に跳んで躱す3人。
もう1人の西風舘は打ち所が悪いのか、中々起き上がれずにいた。
「西風舘君!他のみんなの所へ!」
「っく……はいっ!」
西風舘は流石に足を引っ張ってしまうと思ったのか、素直に耶蘇光の言葉に従い東風谷達の方へとゆっくりと移動を始める。
欅の木の化け物が仁代星斗達を狙って、まるでハエ叩きのように枝を地面に叩きつけてくる。
星斗達は降り注ぐ枝の猛攻を掻い潜りながら、攻撃の機会を窺っていた。
「光!少し時間がかかるが、多分こいつに効く弾を作れるはずだ!時間を稼げるか?」
「本当か!?分かった、何とかしてみよう」
「光さん、私も手伝います」
「よし、じゃあ二手に分かれていくよ」
光と真理が欅の木の化け物に向かって走り出す。
星斗はその姿を後ろから見ながら、意識を集中させる。
(あいつを……あの木の化け物を……ぶっ――)
星斗の想いが紡がれる直前、星斗の集中が消し飛ぶ。
「フヒッ!あんたの相手は俺だろ?」
そこには立ち上がり、翠色の鎖を手にした工藤の姿があった。
工藤は鎖を大きく引き寄せ、星斗の体勢を崩す。
「おい!邪魔するな!あれが見えないのか!」
「クヒッ!あいつも俺の獲物だ。全部俺が殺す!」
工藤はそう宣言しながら星斗に襲い掛かる。
「あんた、お父さんの邪魔しないでよ。お父さんにはあの化け物を倒してもらわないといけないんだから」
「星斗こっちは僕たちが何とかする。お前は集中してあいつをどうにかしてくれ」
真理と光が星斗と工藤の間に割って入り、工藤と対峙しながら無茶を言う。
だが現状工藤と鎖で繋がっているのは星斗である。
お互いに干渉できる状態とも言える。
目の前の欅の木の化け物に集中しようにも、中々集中できるものではない。
ましてお互いが動き回れば自ずと干渉し合うだから。
「長さとか変えられればいいんだけどな……」
捕まえたいという想いから作られた翠色の鎖は、現状5メートル程の長さを保ったまま存在している。
これを星斗の意思で自在に操ることができたのならば、この戦いを有利に進める事ができる。
そう考え、星斗は自身の左手に握られた鎖へと意識を集中させる。
(せめて伸び縮みができるように……想え、願え!意識を……霊子に乗せる……!)
星斗が想いを霊子に乗せ、鎖へと流し込んだと同時に、欅の木もまた星斗へと襲い掛かる。
星斗は前へと走り出し、欅の木の化け物へと接近する。
その想いに答える様に、翠色の鎖がジャラジャラと音を立てながら伸びる。
「あのまま枝を振られちゃ2人の邪魔になるからな。こっちに来てもらうぞ」
星斗は鎖が上手いこと伸びたことを確認しながら、光と真理が欅の木の射程に入らないように、誘導しながら距離を取っていく。
枝の攻撃範囲の内側に入り込み、欅の木の化け物と目が合う。
目と言っていいのか分からないが、翠色に光2つの宝石の様なものがギアりと光る。
その光には殺気を孕んでいた。
星斗は向けられた殺気に顔をしかめながらも、試しに前蹴りを欅の木にお見舞いする。
「――!堅いな、やっぱりあいつ等と同じ感じなのか……?」
星斗の頭の中には巨大猪と巨大熊の姿が浮かんでいた。
そして目の前の欅の木を蹴った感触は、正しく大木のそれであった。
元の大きさよりもかなり圧縮されて大人の人間大の大きさになっているが、ちょっとした蹴りや突きではビクともしない様な感触だ。
それでも星斗は構わずに突きと蹴りを繰り返す。
「さぁ!こっちに来い!オラオラどうした!」
余り似合わない煽り文句を口にしながら欅の木の相手は自分だと認識させていく。
動物とは違う植物相手にそれが叶うのかどうか分からなかったが、現状欅の木の化け物は星斗を敵と認識して他の者達に攻撃を仕掛ける様子はなくなった。
その代わりに、長い枝では目の前の星斗に文字通り手も足も出ない状態で、一方的に攻撃を受けるだけになってしまってい事に苛立っている様であった。
(この位離れれば――)
――キエエエエエェェェェェェェェェ!――
欅の木の化け物が悲鳴のような声を上げる。
そして、左右一本ずつの枝がみるみる縮み、人間の腕の様な形を創っていく。
色は樹皮そもの、形も若干歪だが、そこにあったのは確かに人間の手であった。
指があり、その指の中には赤黒いナイフが一本握られていた。
「おい……余計な事すんなよ……」
星斗の顔焦りが生まれる。
余裕があった訳ではないが、上手く隙を作って翠色の弾丸を創れるだろうという何となくの感覚はあった。
だが、あのナイフがあるとなると話は別だ。
集中しなければならない条件が増えてしまう、一撃も貰う訳にはいかないのだ。
そんなことを考えている隙に、欅の木の化け物はナイフを握った腕を振り回して星斗に襲い掛かる。
「おっと……大振りで、単純な動きだな……今は助かるが……」
欅の木の化け物はただただ腕を振り回すだけで、ナイフをしっかりと刃物として扱えてる様には見えなかった。
まるで子供が初めて玩具の剣を持ったような動き。
誰かの見様見真似をして動いている様なものだと感じる。
(人間の動きを真似している様な……人間になったばかりだからまだ動きがぎこちないのか?)
先程までの枝を振り回した大暴れよりも、余程捌きやすい動き。
人間大の大きさに両手足があり、リーチも人間のそれとほぼ変わらないときた。
(少し、試して見るか)
攻撃を受けずに躱していた星斗は、ここで初めて欅の木の化け物の一撃を左手で受ける。
「ぐっ……重い……けどっ!」
人間の一撃とは比べ物にならない重量を伴う一撃を受け、捌く。
やってできない重さではない。
「師匠の一撃に比べたら軽いもんだ!」
ナイフを持った右手を捌き、右手に握った拳銃を欅の木の化け物に向かって構える。
乾いた発砲音と共に込められた執行弾が、欅の木の胴体に向かって撃ち出された。
弾丸は樹皮に喰い込み、幹の中へと到達する。
木部を抉りつつ、運動エネルギーを解放する弾丸。
木部の堅さに弾道がそれ、弾丸は貫通する事なく跳弾して明後日の方へと跳んでいく。
「おっ、こいつには拳銃が効きそうだな」
抉れた欅の木の胴体を見ながら、星斗は朗報に緊張を綻ばせる。
――キエエエエエェェェェェェェェェ!――
星斗の歓びとは裏腹に、欅の木の化け物は怒りの声を上げる。
抉れた傷口は周りの樹皮が盛り上がり、瘡蓋のように蓋をして直そうとしている。
そして、ナイフをギチリと強く握り、星斗を睨みつける様に翠色に輝く双眸を向けてくる。
「大分お怒りの様で……感情もあるのか?まるで人間みたいだな……そうだな”樹人”と言ったところか……」
「樹人」と名付けた欅の木の化け物は、感情或いは本能かいずれにしても動物的思考を有しているのだろう。
元来、植物にも感情や本能があるといった研究が報告されている。
音楽を聞かせたり、優しく話しかけたりすると良い反応を示すことや、危害を加えたりストレスを与えると悪い反応を示すという。
脳を有さない植物にとって、一体どこで思考しているのか。
1つ1つの細胞に宿るのだろうか。
それとも「魂」と言うべきものに宿るのだろうか。
「光!真理!この化け物……樹人って呼ぶが、何か非常に怒ってるようなんだが何か心当たりはあるか?」
星斗の問いに工藤と対峙する光と真理が答える。
「あの声がしてからいきなり暴れ出して……あいつが欅の木の洞の中に光る何かにナイフ突き立てたこととか」
「そもそも、今日は欅の木の伐採をする予定だったんだ。だから作業員が木の周りを囲んで伐採の準備をしてたから、その事も関係してるかもしれないぞ」
「成程……怒る理由は十分だな」
ギチギチと足になっている部分が太さを増し、コンクリートの地面を抉りながら星斗に飛び掛かる。
完全に接近戦に切り替えたのか、樹人はナイフを片手に星斗へ迫る。
相変わらず振り回すだけの攻撃に、星斗は冷静にナイフを避けながらこの後の行動を思案する。
(打撃は通じないだろうから、拳銃しかないよな……残弾は3発……予備の弾はあるけど一番はあの翠色の弾を創ることだよな……どうにか時間を作らないと)
樹人の上段からの大振りの一撃を身を翻して躱す。
そこから樹人の顎目掛けて足を大きく蹴り上げる。
樹人の顎と呼ぶべき場所に星斗の蹴りがまともに入る、その勢いで後方へと仰け反る樹人。
星斗は拳銃を構え、樹人の胴体に狙いをつける。
先程抉った箇所を狙う。
(この距離なら、外さない)
左手で素早く撃鉄を起こし、シングルアクションで樹人へ向かって弾丸を撃ち出す。
――キエエエエエェェェェェェェェェ!――
三度鳴く樹人。
先程は木部を露出させ、軽く抉っただけに過ぎなかった傷が、今度は大きく抉れる。
倒れはしないものの、更に仰け反った樹人は傷口を手で押さえ何かを庇っているかの様な仕草をする。
胸に大きな穴が開き、中が空洞になっているのが覗ける。
「おい、その中のものはなんだ?」
空洞の中には翠色に輝く大きな光の玉が在った。
亜依と出会った時の様な、ルフに亜衣とその母親が殺された時の様な、魂と呼ぶものがそこには在った。
「お前にも、魂があるのか……」
星斗の拳銃を握る手が、一段と強くなる。
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