第23ー2話 空を同じくして、袂を分かつもの3
◇◇◇
轟音と共にコンクリートに叩きつけられる工藤を目の当たりにする仁代真理たち。
目の前で行われている光景はまさに人外の光景。
校庭で見た工藤と欅の木の戦いも人外の動きだったが、知っている者同士の人間の戦いを目の当たりにすると、その異常さが際立つ。
「とんでもないな……」
西風舘の呆れたような呟きが零れ落ち、周囲に避難している東風谷や仁代亜依も同意して頷いている。
反応を示していないのはその場にへたり込んでいる野口雫と真っ直ぐにその光景を見据えている真理だけである。
「行かなくちゃ……」
「真理お姉ちゃん?」
戦いに参加できないと、この場に留まっていた真理が星斗達の下へと動き出す。
「真理ちゃん!ダメだって!」
「大丈夫です、あとは捕まえるのを手伝うだけですから、行ってきます」
東風谷も改めて真理の行動を制止するが、強く止める事ができない。
未だ押さえつけられて暴れている工藤だが、光と星斗の2人がかりの制圧には抗えないようであった。
ナイフもその手には無く、今すぐにでも駆け寄りたい真理を止め理由が見つからない。
「光さん!お父さん!手伝うよ!」
駆け寄りながら2人に声をかける真理。
ふと、走りながら見た視界の端。
校庭に輝く大きな欅の木が目に写る。
「ぇ……?何……?」
漏れ出る声。
真理が知っているのは校庭に生えている欅の木は工藤相手に大暴れし、工藤に幹を刺されて静かになったものだ。
それが今、翠色に明滅していた。
真理が目にしてからみるみるうちに光量が増
していく。
真理が声を出すまでもなく、残された面々も校庭からの猛烈な光に照らされて異変に気が付く。
「何?何が光ってるの!?」
「欅の木が物凄い勢いで光ってるんだ!」
東風谷が叫び、西風舘が欅の木が光っていると答える。
直視することも叶わないほどの光量に目を眩ませながらも、見ずにはいられない光景。
美しく強烈な光の放流がオーロラの様に揺らめいて辺り一帯を照らす。
薄目で覗く圧倒的な光景に誰もが口を閉ざし、言葉も忘れていた。
その中で、亜依だけがあることに気が付く。
「木が怒ってる?」
溢れ出る光の脈動に乗った、怒りの感情を亜依は感じ取っていた。
他の面々は何も感じていないようだが、亜依だけは確信をもっているようだった。
亜依自身も何故だと聞かれても答えることはできないだろう。
打ち寄せる波のように、亜依の身体に押し寄せる”強い怒り”の感情。
それはどんどんと強さを増し、押し寄せる間隔も短くなっていく。
(怖い……)
恐怖で足が竦む。
亜依は駆け出して行った真理とその先で工藤を押さえてい星斗達を見る。
「お父さん……お姉ちゃん……」
絞り出すような声は誰にも届くことなく消えていく。
◇◇◇
その頃、真理も止まりかけた足を再び動かし、星斗達の下に辿り着く。
校庭の欅の木の光が激しさを増し、その脈動が早くなっているのを傍目に見て、尋常ではないことが起きているのを察する。
「光さん!お父さん!早く!何か――欅が――ヤバイよっ!」
「真理っ!何で――あぁ!亜依も何かおかしいって言ってた!来たからには手伝え!光と一緒にこいつを押さえろ!」
「真理ちゃん!足押さえて!まだ暴れる!」
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!どけぇぇぇ!俺の――邪魔を――するなぁ!!!」
何かが起きている。
だからこそ、今やらなければならないのは工藤の制圧である。
不確定要素が増える前に、危険を排除してしまいたいのだ。
「っ!暴れるな!大人しくしなさい!」
工藤の足の上に乗り、何とか暴れる工藤を押さえ付けようとする真理。
「ぐっ……腕が……力が強い……」
「何とか耐えろっ!くっ、前手錠じゃその後が危ないぞ!うつ伏せにする!」
物凄い膂力で光と星斗に抵抗する工藤。
また、足もばたつかせて必死に押さえつけている真理を身体ごと持ち上げてしまう。
「西風舘くん!手伝えるか?!」
「は、はいっ!」
光の声で校庭の欅の木に見入っていた西風舘が慌てて駆け寄る。
「真理ちゃんを手伝って!」
「はい!」
暴れる工藤の両脚を押さえ付け、漸く2人がかりで工藤の足を制圧する。
「よしっ、いいぞ。一気に回すぞ!せーの――」
工藤を一気にうつ伏せに回転させようとした時。
ドンっという爆発音にも似た音が校庭から鳴り響く。
「お父さん!みんな!逃げてっ!!」
亜依の必死の叫びに星斗が亜依を見た。
亜依は星斗達を見ていなかった。
亜依の視線は何かを追って弧を描く。
星斗も釣られてその方向へと視線を追うと再びの轟音。
何かが屋上に落ちてきたようだ。
それもかなりの質量をもった塊だろうか、コンクリートが悲鳴をあげてひび割れ、舞い上がった破片がパラパラと降り注いでいる。
「何なんだよ……今度は木の化け物かよ……」
立ち込める砂埃の中に姿を現したのは、正しく木の化け物。
人間の様な2足歩行の物体。
手足の様なものはある。
顔の様なものある。
但し、明らかに人間ではない。
樹皮のようなゴツゴツとした表面。
2本の足の様なもので立ち、両腕の代わりに幾本もの木の枝が蠢いている。
本来頭があるべき場所には幾重にも絡みついた細い枝か蔦のような塊が乗っており、そこには翠色に輝く2つの宝石の様なものがまるでこちらを睨むかのように輝いていた。
口や鼻はなく、耳も無い。
凡そ人間と呼ぶには烏滸がましい、人型のナニか。
そして特筆すべきは、その腕代わりの枝が巻き付いて持っている物である。
そこには、先程漸く工藤の手から取り上げた翠色のナイフを持っていた。
「何で……そんなもん持ってるんだよ……」
「星斗!どうなってるんだ!欅の木が無くなってるぞ!」
「お父さん!あれっ!こいつが最初に作ったナイフだよ!欅の木に取られたやつ!」
翠色に紅黒い班模様の浮かんだナイフ。それは工藤が欅の木と戦い、洞の中に取り込まれたもの。
「じゃあ……これは……校庭にあった欅の木……なのか?」
「分かんない……でも、やばそうだよ……」
「星斗!手錠を急げ!」
「っ!分かっ――」
着地したまま黙って星斗達を見ていた欅の木が枝を振り上げる。
1メートル程の枝が猛烈な速度で伸びあがる。
枝葉を付けながら天に伸びた木の枝。
そいつは、その枝を星斗達に向かって、薙いだ。
「がっ――」
木の枝が鞭の様にしなり、工藤の上に乗って制圧していた4人を襲う。
4人を捉えてなお長いその枝は、屋上の手摺を薙ぎ払いながら猛威を振るう。
金属のひしゃげる悲鳴と共にコンクリートの上を滑り、4人は室外機に激突する。
「ってぇ……おい!みんな無事か!?」
「――何とか……真理ちゃんは受け止めたよ……」
「痛ったーい!腕が折れるかと思った……あっ!西風舘先輩は?!」
「なん、とか、生きてるよ……」
真理の問いに、西風舘が答えるが、室外機がひしゃげて西風舘の身体がめり込んでいる。
打ち所が悪かったのか、西風舘はかなり苦しそうに息をしている。このままでは立ち上がるのも儘ならないだろう。
星斗達を吹き飛ばした欅の木の化け物は、無機質な翠色の目をこちらに向けてじっと見据えてくる。
追撃が来ないうちに体勢を整えたい4人だが、不意の一撃は4人の足を一時的に止めるには十分過ぎる威力を持っていた。
じっと星斗達を見据えていた欅の木は、もう片方の枝葉を振り上げ、立ち上がろうとしていた工藤を打ち据える。
「ぐはっ!」
完全な不意の一撃に工藤が血反吐を吐く。
「あつの味方……って訳でもなさそうだな……」
「そうだね、今のうちに工藤くんを制圧しよう。あの化け物が来たら制圧どころじゃなくなってしまうよ」
「光さん!私も行く!」
真理が光と共に工藤の制圧に向かうと言うが、光は渋い顔をしている。
「気持ちは嬉しいけど……何があってもおかしくない状況だよ?ここで待っていてくれると嬉しいんだけな」
「行きます!私は、光さんと一緒に戦いたいんです!」
「真理、無茶は厳禁。下がる時は下がるんだぞ。それができなきゃここに置いていく。いいな?」
「星斗!あぁ!分かったよ!真理ちゃん、僕から離れないでね」
「はい!」
真理のゴリ押しに遂に折れた光。
星斗は自分の娘ながら、現状に対応できると見ているようだ。
立ち上がり身構える3人を見て、突如欅の木が反応を示す。
――キエエエエエェェェェェェェェェ!!!!――
それは叫び声なのだろうか。
突如欅の木から、人間が発するような声より甲高い音が響く。
絶望と恐怖を撒き散らす、怒気を孕んだ叫び声を撒き散らしながら、人型となった欅の木が枝葉を振り回し、暴れ出す。
次回更新は火曜日午後6時です!
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