第22ー2話 空を同じくして、袂を分かつもの2
◇◇◇
工藤が跳び出そうと身を屈めた瞬間、左手で何かを握り込むのが見えた。
光は迫る工藤を見ながら、何かに警戒する。
いつもどおりに飛び込んでくる工藤を見ながら、警棒を構え制圧の機会を窺う。
だが、空中を舞う工藤の左手が不自然に振るわれた。
何かが放たれたのだ。
(!何を投げた!?……石……コンクリートか!!)
星斗に向かって放たれた塊を状況からコンクリートと判断。
光はすぐさま星斗に向かって警告を発する。
拳銃を構えていた星斗が身を守るために構えを解いて防御に徹している。
(星斗を牽制して拳銃を使わせないためだな。だけど、あいつの動きを封じるのにそんな物だけじゃ足りない!)
横目で星斗が防御を解いて再度拳銃を構えようとしているのが目に入る。
予定通り、工藤の動きを止めるため、光は迎撃姿勢を取る。
その時、再度工藤の左手が大きく振るわれた。
「ガッ……」
真横から洩れてくる苦悶の声。
星斗の身体が揺れ、被っていた制帽が宙を舞う。
「星斗!」
思わず叫ぶ光。目線は落下するコンクリート片に注がれる。
(もう1回投げたのか――!?)
意識と視線が逸れていた。
絶えず工藤の動きを追っていた光の意識と視線を外された。
気付き、視線を工藤へと振り戻すが、一瞬の遅れが生じる。
「ウヒッ!死ね!!」
「くっ……」
工藤の一撃を躱して制圧へと持っていこうとした予定通りの動きは取れず、振り下ろされたナイフを警棒で受け止める事しかできない。
(まともに受けては駄目だ!)
1階の廊下でアルミ製の刺股を切り刻まれたことから、すぐにナイフを滑らせて受流す。
ナイフの刃が立つ前に、勢いをいなし、滑らせ、受流す。
連続で切り付けてくる工藤のナイフを捌きながら、光は反撃の機会を窺う。
「星斗!動けるか!?」
「――すまん……何とか……」
側頭部をコンクリートで打ち据えられた星斗は、頭を手で押さえながらやっとで立っていた。
それでも”立て直す”と言う。
(星斗が戻るまで耐えるのみ!)
ならば時間稼ぎのために防御の徹するため、工藤を惹き付けつつ、連撃を捌いていく。
「フヒヒヒヒヒ!何時まで保つかなぁ!先生!」
狂気の刃は勢いを増す。
◇◇◇
側頭部に走る鈍痛と共に、ゴトリと地面に落ちる音が聞こえた。
星斗は明滅する視界の中で光の声を聞いた。
漸く返事をするのが精一杯だ。
(何が……起きた……)
はっきりしてきた視界の中に、足元に転がるコンクリート片が写る。
(これを……くっそ、やられた……)
側頭部に手を当てながら、自身の失態を悟る。
左手にヌルリとした感覚。
手は真っ赤に染まり、地面に紅い雫が滴る。
(くそ……派手に出血したか……)
己の油断を悔いる余裕はない、目の前では光が工藤の猛攻を凌いでいるのだ。
衝撃から感覚が戻り始め、側頭部がズキズキと痛みだす。
だがそれも正常な感覚の証左。
(――行ける)
星斗は身体が動くと判断して、光と工藤の間に割って入る為に走り出す。
走りながら拳銃を構えようとするが、止まることなく動き続ける工藤を狙うことができない。
(やっぱりキツイな……なら、これならどうだ!)
ジリジリと後退しながら工藤の猛攻を凌ぐ光の目を見ながら工藤の後方へと回り込む。
光が星斗の動きに気付き、2人の目が合う。
お互い、相手が気付いたことに気が付く。
星斗はそのまま間髪入れず、両手で拳銃を上空へと真っ直ぐに掲げて見せる。
「撃つぞ!!」
一声。
星斗は引き金を引き、上空に向かって1発の弾丸を発射する。
所謂、威嚇射撃である。
大きな破裂音が鳴り響き、工藤が思わず光から目線を外して後方へと視線を送る。
一瞬の隙。その隙を光は見逃さない。
「はぁっ!」
「ぐっ……」
警棒を工藤の左肩に叩き込む。
ミシリと肩にめり込み、工藤の身体が左に傾く。
「星斗!手錠!」
「おう!」
空に掲げた両手を下して一気に工藤へと駆け出す星斗。
狙うは工藤の左手に掛けた手錠。
左肩を打ち据えられ、だらりと垂らしている工藤の左腕を目掛けて星斗の腕が伸びる。
「大人しくしろ!」
星斗の手がガチリと手錠を鷲掴む。
そのまま一気に工藤の腕を引き伸ばそうと手錠を引こうとするが、あまりの抵抗のなさに一瞬違和感を覚える。
「フヒッ!」
工藤の声と共に左腕が星斗の方へと向かってきた。
星斗が掴んだと思った手錠が、ガチガチ音を鳴らしながら星斗の手から引き剥がされていく。
「なんっ、だ――」
星斗が手錠を握り直そうした時、視界の端に別の影が写る。
工藤がその身を翻し、身体を回転させていた。
そして右手に把持しているナイフが横薙ぎに振るわれていた。
「避けろ!」
光の声に反応して星斗は身体を仰け反らせる。
ナイフの切先が星斗の鼻先を掠めていく。
「ぐっ……」
体勢を崩した星斗の手から手錠が離れてしまう。
「行くぜ!お義父さん!」
工藤はクルリとナイフを逆手に持ち替え、星斗の脳天に目掛けてナイフを振り下ろす。
星斗は拳銃を持ったままの右手を滑り込ませ、ナイフの降下を防ぐ、そしてそのまま左手を伸ばしてナイフを持った工藤の右手を掴む。
「光!」
星斗が叫んだ時には既に、光は視界から消えていた。
「せいっ!」
先程の星斗と同じように工藤の足元を掬う足払いを仕掛けていた。
今回は既に工藤のナイフを握る右手を押さえている、このまま一気に制圧するいくつもりのようだ。
工藤の足が宙に浮いていた。
「くっ……」
だが、光の口から漏れるたのは苦虫を噛み潰した様な声。
光の蹴りは工藤の足を捉えることなく空振っていた。
「クヒっ!」
工藤は光の動きを予想していたのかのように、自ら跳び上がって足払いを回避する。
「ヒッヒッ!」
工藤は跳び上がった勢いのまま、星斗の肩を踏み台にして一気に飛び上がる。
「ぐっ」
工藤の上昇の勢いに、右手を掴んでいた星斗の左手が耐えきれずに拘束を解いてしまう。
工藤は空中で身を翻しながら、再度星斗の脳天目掛けてナイフを突き立てんと落下を始める。
「もう一丁!」
工藤の落下を合わせて星斗がまた右手を受け止めようと身構える。
工藤はその様子に楽しそうに嗤い、真っ向からナイフを振り下ろす。
工藤のナイフを持った右手と星斗が激突する寸前。
(ここだ!)
星斗の身がスルリと半身だけ横にずれる。
工藤の期待とは裏腹に、星斗と激突することなく、なんの手応えもなかった。
代わりに左腕を掴まれる感触。
「光!」
身を躱して工藤の左手と手錠を鷲掴んだ星斗が吠える。
間髪入れず光は警棒を振るう。
警棒はナイフを握った工藤の右手を直撃し、その手から弾叩き落とす。
コンクリートの上を跳ねるナイフ。
光は落ちたナイフを蹴り飛ばし、ナイフはカラカラとコンクリートの上を滑っていく。
「制圧!」
星斗は掛け声と共に工藤の左腕を捻り上げ、後ろ手に回そうと動く。
光もナイフを叩き落とした右手を掴み、同じく後ろ手に回そうと捻り上げる。
「ぐぁぁぁ!」
全力で関節を決められ、工藤が苦悶の声を上げる。
星斗は片手で工藤の左腕を掴み、もう片手で頭を押さえつける。
そのまま地面に組み付そうと体重をかけるが、くの字に折れた工藤の体がそれ以上動かない。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
星斗は全力で工藤を押さえつける。
バイクを軽々と持ちげる星斗の膂力に抗う工藤。
気を抜くとすぐにでも拘束が解けてしまいそうになるため、星斗も全力をもって制圧にあたる。
(なんて力だっ!)
「光!手錠!!動けねぇ!!!」
「おう!」
光が工藤の右手を握ったまま手錠に手を掛ける。
その瞬間、工藤の全身の力が抜けて一気に沈み込んだ。
「はっ……?」
工藤は今さっきまで抗っていた力を抜き、自らしゃがみ込んで星斗の力から逃れたのだ。
星斗は半分工藤に乗り掛かる形になっていたため、支えを失って体勢が崩れてしまう。
「フヒッ!」
工藤が嗤う。
しゃがみ込んだ反動を利用して一気に跳ね上がる。
体勢を崩した星斗に体当たりし、押さえつけられた拘束を解く。
「光ぅ!逃すなぁ!」
「分かってるって!!」
弾け飛ばされながらも星斗は掴んだ腕を意地でも離さない。
光が工藤の左手に掛かった手錠を掴もうと手を伸ばす。
あと一歩で指が手錠に触れる、そう思った瞬間に光の視界から手錠が消える。
「ヒヒッ!」
工藤は無理やり身体を大きく捻り、2人に掴まれた両腕を振り払おうとする。
星斗と光はそれでも腕をガッシリと握り、振り払おうとする遠心力に耐える。
「うおっ!」
フッと星斗の足が浮く。
「「ぐっ……」」
星斗の身体が光に衝突し反動で2人の手が離れてしまう。
「しまっ……!」
光が思わず声を上げる。
グルリと回転して見えた工藤の顔がニヤリと嗤う。
工藤は何か企む顔をし、後退しようとしていない。
それは星斗達にとって、まだ捕縛の機会が残されていると言うことに他ならない。
(まだ――いける!)
ナイフと持たない今が絶好の機会と捉え、星斗は感覚を研ぎ澄ます。
工藤が回転する勢いのまま、右拳で抉る様に殴りかかる。
(軌道が――狙いは――光か!)
声も出せないまま工藤の右拳が光の顔面目掛けて打ち込まれる。
光が辛うじて左腕で受け止めるが、勢いと体重の乗った一撃に光の身体が浮いて吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
コンクリートの上を転がる光。
工藤は勢いそのままに、左拳を星斗に向けて打ち出す。
(受けては――ダメだ――)
咄嗟に工藤の拳を受ける事から捌く方へと切り替え、抉る様に迫る拳を外側から内側へと逸らし工藤の勢いをいなす。
目の前で左手に掛けられた手錠が揺れていた。
星斗の左手が手錠を聢、握りしめる。
(絶対に――逃がさない!)
手錠を掴まれ少し驚いた表情をする工藤、だが直ぐに下卑た笑みと共に嬉しそうに嗤う。
「おらぁ!無駄だぜお義父さんよぉ!!」
再度星斗の手を振り払おうと力の限り星斗を振り回そうとする工藤。
(まずい――このままじゃ――離してたまるか――ナイフが手から離れた――今がチャンスなんだ!)
またも星斗の身体が浮く。遠心力で投げ飛ばそうとする工藤と必死に手錠を握る星斗。
(逃さない――ここで――こいつを――捕まえるんだ!)
星斗の想いとは裏腹に、ズルズルと手から離れて行く手錠。
「いいねぇ!お義父さんよぉ!これならどうだ!!」
星斗を左手一本で振り回す工藤は、星斗を自身の頭上に振り上げ、一気にコンクリートの地面に叩きつけた。
「っがっはっ……」
手錠に掛かった最後の指が外れる。
(離す――かっ!絶対に――離さない!)
指が離れた瞬間、星斗の中の想いが霊子と融合する。
想いと混ざり合った霊子は、翠色の光を伴って星斗の手から溢れ出し、手錠に絡みつく。
地面に打ち据えられ、這いつくばる星斗の左手から翠色の線が一直線に工藤まで伸びていた。
ジャラリという、まるで鎖の様な音と共に伸びた線は星斗の左手に握られ、工藤の左手に掛かった手錠と結ばれていた。
「へっ……何だか分からんけど……漸く捕まえたぜ」
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