第22ー1話 空を同じくして、袂を分かつもの2
「くそっ!出口が……」
「何で人が吹っ飛んでコンクリートが割れるんだよ……」
「俺のせいじゃない……光、霊子で何かできそうか?」
「……いや、何となく霊子ってのは分かるんだが……何だか上手くいかないんだよな……」
出入口が崩壊した原因は自分じゃないと否認する仁代星斗が話を逸らして光に問う。
耶蘇光もこの件については特に追求せず、霊子が分かると事も無げに答える。
光は霊子の存在は知覚しているが、何処か上手くいかないようだ。
「霊子が分かってりゃすぐだ。あいつをどうにかするために頼むぞ」
「お前はもうできるんだろ?そっちを使った方が早くないか?」
「俺のは相手を殺すための銃弾を作るもんだ……人間相手に、使うもんじゃない……」
星斗の言葉に光が押し黙る。
星斗が何かを相手にして、相手を殺すことを望んだと言うのだ。
生半可な覚悟でできる事ではない。
光は己の覚悟と”生徒達を救いたい”という想いを比べる。
(まだ……覚悟が足りないな……)
気持ちは変わらない。だが、心の底から覚悟を決めて願えているかと己に問う。
教師としての職責からくる、義務感なのではないかと自問自答してしまう。
そんなことをしている時点で、己を疑っているのが丸わかりである。
光は自身の中の朧気に在る願いを、まだ掴めずにいた。
(皆に被害が出る前に、どうにかしなきゃ……)
工藤を見据えながら、意識は己の身体の中。光は深い深い場所に散らばる霊子へと手を伸ばす。
霊子は動かすことができる、だが、肝心の願いが乗らない。
思案顔の光を余所に、工藤が嬉しそうに嗤っていた。
「イヒヒヒヒヒヒッ!あぁ、お義父さんも楽しいなぁ……あ゛ぁ゛……みんな壊してぇなぁ」
工藤の顔がぐちゃりと歪み、星斗と光のどちらから相手にしようかと交互に見ながら悩んでいるようだ。
「光、あの速度に拳銃を当てるのは至難の業だ……どうにか動きを止められないか?」
「さっきみたいにか……また上手くいくとは思えないけどな……」
「何とか動きを止められれば、拳銃も使えるんだがな。まぁ、効くか分からないけど……」
拳銃すら通用するか分からないという星斗の言葉に、光はまさかと言った表情をみせる。
星斗にしてみれば今日一日で散々弾かれてきた通常弾が、人間にも効果があるのか懐疑的になっていたのだ。光は信じていないようだが。
「信じてないだろ……とりあえず、動き止めるぞ!」
「拳銃が効かないってどう言う事だよ……ナイフの傷は絶対に受けるなよ」
「わかってる」
2人で話しながらも工藤から目は離さない。
星斗は再び拳銃を取り出して構える。
(まぁ、牽制くらいにはなるだろ……)
当たっても効果があるか分からないが、無手よりは意味があるとして軽く狙いながら決定的な瞬間を待つ。
「フヒヒヒヒッ!次は先生から行くかなぁ!」
◇◇◇
一方その頃、屋上に設置された大型室外機の裏に身を隠した仁代真理、仁代亜依、西風舘、東風谷、野口雫の5人。
「とりあえず、皆はここに隠れていてください」
真理は皆にそう声をかけながら、西風舘と共に連れてきた雫をゆっくりと座らせる。
「私はあいつをぶっ飛ばしに行ってきます」
「ちょっと!危ないって!」
工藤との戦いの中に戻ろうとする真理に対し、東風谷が引き留める。
「光さんとお父さんだけ戦わせる訳にはいきません。それに私なら……」
「気持ちは分かるが、ここに3人を置いて行くわけにはいかなだろ?」
「でも……」
諦めきれない真理。
視線の先には工藤と対峙する光と星斗。
西風舘も工藤から目を離さずに、守るべき人がいるだろうと問いかける。
真理が西風舘の言葉で振り返ると、亜依と目が合う。
「真理お姉ちゃん……行っちゃうの?」
亜依が心配そうに真理を見つめる。
亜依の言葉に真理が動揺する。
今し方、自身の妹だと言われた少女を見つめ、真理の決意が揺らぐ。
あの時、会えなかった妹。
母親の仁代美夏のお腹を撫でながら、話しかけていた大切な妹。
その妹が、今目の前に居るという。
父親の星斗がそう言ったが、未だにどうなっているか理解することはできない。
それでも「お姉ちゃん」と言われ、不思議と納得してしまった自分がいる。
真理の魂が、目の前の少女を妹の亜依だと叫んでいる。
あの時取れなかった亜依の手を取らなくていいのかと。
「私は……」
真理が亜依の問いに答えようとした、その時。
地響きのような衝突音と共にガラガラと何かが崩れる音が響く。
「ひぃっ!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込む東風谷と亜依。
真理が轟音のした方へと視線を移すと、そこには崩れ落ちた出入口と瓦礫に倒れる工藤がいた。
「出口が吹っ飛んだ……何が起きたの?」
「真理さんのお父さんの蹴りで工藤が吹っ飛んで、コンクリの出入口が粉々になったみたいだ……」
「ぇ……?人が当たっただけで、コンクリって粉々になるんですか……?」
「有り得ない……人間のできる事じゃない……」
工藤の動きを見ていた西風舘が半信半疑で答え、東風谷は訳が分からないと言った風に疑問と呈する。
そして西風舘は今の出来事を人外の所業だと言う。
「あれも、霊子の力?」
だが真理は今起こったことに対して、父親の星斗の言葉を思い出す。
「霊子を操る……」
「真理さん?」
突如、呟き出す真理に西風舘が声を掛けるが真理はそのまま呟き続ける。
「身体の中のにある霊子を意識して認識する……」
ゆっくりと目を閉じて、意識を己の身体の中へと向ける。
そこには今までに見たことも、感じたことも無い光景が広がっていた。
「心からの願いを、霊子に込める……」
美しい光景だが、今は感動している暇もない。
どうにかして光と星斗の下に戻って、あいつをぶっ飛ばしたい。
その想いが真理を深い己の内側へと誘う。
(あいつをぶっ飛ばしたい!あいつと戦える力が欲しい!)
真理は強く、強く願う。
願いは粒となり、霊子の光の中へと入っていく。
だが、真理の願いは霊子と混じり合うことは無かった。
「何で……?やり方間違えた?」
再度目を瞑り、同じ手順で願いを霊子に乗せようとする。が、水と油の様に混ざることなくお互いが揺蕩うだけだ。
「どうして!何でダメなの!!」
星斗の言葉の通りに霊子を知覚することはできた、願いを霊子に乗せようとした。
しかし、それらは混じり合うことなく、何も変化は起きなかった。
「真理お姉ちゃん……大丈夫?」
亜依の言葉にハッとした表情で我に返る真理。
突如様子がおかしくなった真理を見て、亜依が心配そうに声を掛ける。
真理もできないものを一旦横に置いて、亜依に向かい合う。
「ごめんね……ありがとう、お姉ちゃんは大丈夫だよ」
「よかった……」
亜依は安心したのか、はにかんだ表情を見せる。
真理も釣られて笑顔を向ける。
「真理さん……さっき君のお父さんが言っていたことを、今やろうとしたのか……?」
「……はい、上手くいきませんでしたけど……霊子ってものが身体の中にあることは分かりました」
「あいつも、その力を使ってるってるのか……」
「恐らくは……」
西風舘も先程の星斗の言葉を聞いていたのか、真理がやろうとしたことが分かったようだ。
何となく、あんなことが起きてから身体がよく動くような気がした。
何となく、相手の動きがよく見えるような気がした。
何となく、身体が丈夫になった気がした。
真理も、西風舘も、感覚的にそんな気がしていた。
普段とは違う動き、視力、身体。
だが確信は無かった。
確かに工藤が人間離れしていくのを目の当たりにしたが、それは工藤だけのものだと思っていた。
しかし、目の前で星斗ができると言った。
星斗が人を吹き飛ばして見せた。
だから真理はやってみようと思ったのだ。
工藤を、ぶっ飛ばすために。
だが、その目論見は失敗に終わった。
何かが上手くいかなかったようだ。
西風舘もできる事なら己もと考えたようだが、真理の失敗を目の前にして、どうしたものかと立ち止まる。
「真理さん……何が原因か分からないけど、できるまではあの場に戻らない方がいいんじゃなか?でないと、あの場に戻っても……」
「……分かりました、もう少しやってみます。足手纏いには……なりなくないので」
「その方がいい、あれは異常だ……」
◇◇◇
星斗達の話を態々待ってから工藤が飛び出す。
大きく跳び上がり、上空から襲い掛かる工藤。
(単調な動き……これなら……)
星斗は着地の瞬間を狙って光の前方に銃口を向けようと意識を一瞬、工藤から外す。
その時、工藤のナイフを持たない手が振られた。
「!」
星斗は離れかけた意識を無理矢理に戻し、振られた腕を見る。
工藤から何かが放たれていた。
小石大の塊が幾つも投げ放たれていた。
「コンクリだ!」
光の声で飛来する物体の正体を知る。
先程砕かれたコンクリートの欠片をばら撒いたのだ。
片手に握ることのできる程度の数だが、星斗に向かって弾幕のように放たれたコンクリート片は無視することのできない速度で飛来する。
「ぐっ」
星斗は両腕で顔面を被い、コンクリート片を防ぎながらも工藤の軌跡を追う。
(光には投げつけてない……俺への牽制か……流石に拳銃は嫌かね!)
星斗の腕や身体にゴツゴツとコンクリート片がぶつかる衝撃が伝わる。
(動きに支障が出るようなものではないな……)
星斗は拳銃を工藤に向けるため光の方へと身体を向け、腕を顔面から離す。
「ガッ……」
星斗の側頭部を強烈な衝撃が突如襲う。
視界が明滅し、揺れる。
(何が……起きた……)
星斗は途切れそうな意識の中で、握った拳銃だけは取りこぼさないように握り続ける。
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