第21ー2話 空を同じくして、袂を分かつもの1
光に油断があった訳ではない。
むしろ全力で制圧していた。
だが、工藤の苦しそうな表情を見て、光の思うよりも力を緩めてしまったのだ。
瞬間、工藤の身体が跳ね上がる。
身体の下に入っていた右手を使って、片手で腕立て伏せをする要領よろしく光の身体ごと持ち上げる。
そして手錠を持った星斗ごと身体を捻って拘束から脱出を図る。
「――手錠は離すな!」
「――くっそ!」
星斗の手から手錠がするりと抜けていく。
工藤の右手を取ろうと手を入れ替えた直後だった。
星斗と光の拘束を抜け出した工藤は、左手首の手錠を付けたまま飛び上がり、屋上を脱出しようとしていた真理達の上を通り越す。
屋上出入口の屋根の上に着地した工藤は、眼下から見上げる者達を見下ろし、嗤う。
「フヒっ!誰も逃がさねぇよ?」
そう宣うと、工藤は手にしたナイフをコンクリートの屋根へと突き立てる。
ズルリと、入るはずのない刃がコンクリートの屋根にめり込む。
ナイフの突き刺さったコンクリートは、ビシビシと音を立てて崩れ出した。
赤黒いシミがジワリと広がる。
「フヒヒっ!こんなもんじゃねぇだろ!もっとだ!もっとコワレロ!!」
工藤の叫びに呼応するようにナイフが鳴動し、赤黒いシミが急拡大する。
「ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
嗤い続ける工藤の声だけが響く。
真理や西風舘は突然の工藤の凶行に、出入口の屋根から広がっていく赤黒いシミをただ見詰めているだけだった。
「もういっちょ!!」
工藤の叫びと共に振り下ろされたナイフが、コンクリートに突き刺さる。
赤黒いシミに亀裂が広がっていく。
「真理!離れろ!」
引きずり倒された体勢から立ち上がった星斗が叫ぶ。
――嫌な予感しかしない――
そう感じた時には叫んでいた。
光も立ち上がり、星斗と肩を並べながら目の前の光景に呆気に取られている。
「……さっきは、こんなことにはなってなかったぞ」
「どういうことだ?何があったんだ!?」
狼狽える光に状況を教えろと問い質す星斗。
「さっきは欅の木が刺されて、ボロボロと崩れたんだ……こんな……コンクリまでなんて……僕達は知らない……」
「身体が崩れ落ちるってそう言うことか……あの被害者の傷口もこれか!」
「安部先生の傷口も……?」
「ああ、傷口が赤黒く変色して、触れば崩れそうになってた……力が、強くなってるんだな……」
星斗には覚えがあった。
森の中でのルフとの闘いで”想いを込める”ことで力が増したことを思い出す。
心からの願い、想いを霊子に乗せて弾に込めたこと。
そしてルフに着弾した後、更に強く願ったことでルフを撃退できたことを。
「あいつは、”霊子”を操ってるんだな……」
「霊子を……操る?」
「詳しく話してる暇はないが、俺も教わっただけだ。この翠色の光が”霊子”で、この光は俺達の身体の中に巡っている。世界の霊子を身体に取り込んで”願い”込める。そうすることで、俺は特別な銃弾を作れた。」
「銃弾を、作る……?何を言って……」
「詳しい話は後だ!お前もできるかもしれないからやってみろ。心からの願いを、想いを、霊子に乗せて込める。お前は、何を願う?」
いきなりの星斗の言葉だが、光はハッキリと答える。
「生徒達を、守りたい」
「それを、願え。身体の中のにある霊子を意識して認識するんだ!瞑想の要領で身体の内へ潜り込め!」
「お父さん。それ、私もできるの?」
星斗は会話に割り込んできた声の方へと顔を向ける。
そこには真理と西風舘が雫を担いで立っており、すぐ後ろに亜依と東風谷が立っていた。
「真理……ああ、お父さんはできた。霊子が分かればできるはずだろう。だけどその前に、ここから離れろ。もう屋上からは逃げられないだろうからな……」
「西風舘先輩、離れましょう。なるべくみんなを物陰に」
「そうだな。東風谷さん、そこの女の子……」
「亜依です」
「亜依ちゃんを連れて先に奥へ行ってくれないか?ここは、危険だ」
「はい!行こう、亜依ちゃん!」
亜依の手を引いて走り出す東風谷。その後ろを雫に肩を貸しながら真理と西風舘が続く。
「お父さん……私もやってみるから……」
「……無理はするなよ」
「うん、気を付けて」
「おう、お父さんはあれを止める!」
星斗は振り返ることなく腰に手を伸ばし、拳銃を引き抜くとそのまま出入口の上で嗤い続けている工藤に向けて銃口を向ける。
星斗も工藤を殺してしまうつもりはない、あくまで制圧して止める為の拳銃使用である。
なので、狙うは腕や足になる。
「刃物を捨てろ!捨てないと撃つぞ!」
「フヒヒヒヒヒっ……あぁ?なんか言ったか?お義父さんよぉ?そんな怖いもんこっちに向けんなよ、クヒッ!」
「撃つぞ!」
星斗が警告と共に引き金を引こうと照門から照星を覗く。
だが、そこに在るべき工藤の姿が消えていた。
「星斗!上だ!!」
「イヒっ!遅せぇぜぇ?」
星斗は光の声に釣られて上空を見上げた。
そこには宙を舞いながら下卑た笑みを浮かべる工藤の姿あった。
「くっっそ!」
星斗は慌てながらも銃口を上空へと向けなおすため、体勢を変える。
しかし、すぐには照準が合わない。
ブレる腕と体幹。
急激な動きに身体が付いていかない。
定まらない照準の中で、工藤の身体だけが勢いよく迫ってくる。
「ちっ!」
星斗は空中での迎撃を諦め、工藤が着地する瞬間を狙う方法に切り替える。
銃口を下げ、おおよその着地地点に狙いを定めて拳銃を構える。
「フヒッ!」
着地すると同時に弾けるようにその場を飛び出す工藤。
数メートル先に着地した工藤に向けて、星斗は拳銃の引き金を引こうとするも、またも工藤が銃口の先から消える。
「――はやっ!」
星斗の想定している人間の動きを超越した速度で動き回る工藤。
「来るぞ!」
「!」
光の叫び声。
工藤はジグザグに走り回りながら迫り、星斗の目の前に現れた瞬間、またも視界から消える。
「下!」
「死ねぇ!!」
光の警告と共に身を屈めてその場に沈み込んだ工藤のナイフが、星斗の腕の間を縫って星斗の顎に向かって駆け昇る。
「くっ!」
拳銃を握っていたため、迫るナイフを捌くことができない星斗は身体を仰け反らせながらナイフの軌道から逃れる。
だが、体勢の崩れた星斗に向かって工藤が追撃を仕掛ける。
「フヒッ!お義父さんよぉ!そんなもんかよ!」
煽る工藤。
ナイフを引き、今度は星斗の心臓目掛けて最短の軌道をナイフが走る。
「させない!」
光が工藤を止めようと腕を伸ばす。
「ふんっ!」
星斗は仰け反りながらも体勢を大きく崩すことなく、一歩だけ後退しながら片足の足裏を迫る工藤に叩きつけた。
まともに前蹴りを喰らった工藤が吹き飛び、屋上の出入口の壁に激突する。
「ガッハっ!」
地響きの様な衝突音と共に漏れる、工藤の苦悶の声。
赤黒くいシミとヒビが走っていたコンクリート製の出入口は、工藤の衝突の衝撃に耐えきれずメキメキと崩れ落ちていく。
「フヒッ!あぁあ、これで誰も逃げられないなぁ?あんたのせいだなお巡りさんよぉ?」
工藤は大した負傷もなく立ち上がり、余裕の煽りを口にする。
「くっそ、やっちまったか……」
「よくあんな姿勢から前蹴りなんかできたな……」
「あんな事が起きてから身体がおかしいんだよ。丈夫になったり、力強くなったり……あいつもそんな感じだろ?」
「工藤くんと同じなのか……僕も今日は身体がよく動くとは思ってたけど……」
星斗は自身の身体の変化と工藤の変化が同一ではないかと提議する。
光も同意しながら余裕で立ち上がった工藤を見据えている。
「クヒっ!さぁ皆んなでたのしもうぜぇ?」
退路が絶たれ、逃れられない工藤との戦いが始まる。
次回更新は火曜日午後6時です!
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