第20ー2話 対峙
「ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
嗤い続ける工藤。
光は今にも工藤に攻め込まんとしている真理の隣まで素早く移動し、現状を簡潔に伝える。
「真理ちゃん、お父さんがここに向かってる」
「お父さんが!?そぉ……生きてたんだ……」
張り詰めた糸が、少しだけ緩むように、安堵の表情を浮かべる真理。
伊緒と玲の行方も、星斗の事も気になるだろうが、真理は未だ冷静に工藤を見つめていた。
(こいつを、どうにかしないと……伊緒達は……大丈夫!)
現状、工藤と対峙する事ができのは、真理、光、西風舘の3人だけである。更に雫、東風谷を守らなければならない。
真理は伝わってくる伊緒の感情を何となく感じながら、今も生きていると確信する。
「光さん、伊緒達は……大丈夫。伊緒が生きているなら、玲も大丈夫なはず。だから!今はこいつをぶっ飛ばす!」
「双子の勘てやつかい?真理ちゃんと伊緒くんは、本当にそう言うところあるからな……分かった、信じるよ」
「流石、光さん。分かってる」
「まぁね……」
真理が伊緒は生きていると言う。
その言葉だけで、光は信じるに値すると判断。
伊緒と玲の事を一旦頭の隅に置いておくことにした。
「クヒヒヒヒヒヒ!あぁ……面白ぇもの見れたなぁ……じゃあ次は……先生ぇあんたが面白ぇもの見せてくれよ?」
「ご期待には、添えそうにないかな」
「フヒッ!そんなことないぜぇ?死んでくれるだけだ面白ぇからな!」
工藤が再びナイフを片手に、光へと襲いかかる。
今、光は無手である。その為、工藤のナイフの攻撃を、一撃でも喰らうわけにはいかない。
回避に徹し、星斗の到着を待つ。
これが光の基本戦法になる。
隙を見て反撃するしかない。
「ヒヒッ!何だよ先生ぇ、逃げてるだけじゃ俺を倒せないぜぇ?」
「あんたは少し、黙ってなさい!」
真理の回し蹴りも工藤は片手で受け止めてしまう。
「おっと。真理、ちょっと待ってろよぉ?今は先生の番だからな、フヒッ!」
まるで児戯とばかりに軽くいなし、真理に諭す様に囁く。
「じゃあこいつはどうだ!」
いつもの間にか背後に回り込んでいた西風舘が、背面から工藤の脳天目掛けて踵落としを決める。
工藤の身体が前のめりにひしゃげる。
「クヒッ!せんぱぁい……今のは効いたぜぇ?」
だが、工藤はにやりと嗤いながら頭をさするだけで、特に今の一撃が効いたようなそぶりを見せない。
「じゃあ効くまでくれてやる!」
西風舘の方へと振り向いていた工藤に向けて、一瞬の隙を逃すまいと拳が殺到する。
「「はっ!」」
真理と光の連撃が工藤を捉える。
ナイフを振り上げる間もないほどの連撃。
更に西風舘も加わって3人が3方から突き、蹴り、時には掌底や肘打ち等が工藤に殺到する。
「ちっ、面倒くせぇな……」
それでも、殆ど攻撃が効いていない工藤。
だが、3人の連携が鬱陶しいことは間違いないようだ。
そんな工藤の口がまた、歪む。
「フヒッ!いい事思いついた」
猛攻の中、工藤はチラリと視線を3人から外して別のものを見ていた。
目線の先に居たのは、へたり込んでいる雫とそれを庇うように立っている東風谷だ。
「ひっ!」
工藤の視線を受けて、東風谷が短い悲鳴を漏らす。
その様子に光が気が付いて声を上げる。
「行かせない!」
光は工藤と東風谷の一直線上に立ちふさがり、 進路を妨害する。
「先生ぇ?邪魔だぜぇ?」
「さっきの様にはさせないよ?」
「そうよ!とっととぶっ倒れなさい!」
真理も光の横に立ち、東風谷と雫を守る様に立ち塞がる。
「西風舘くん!2人を守ってください!」
「――っ!はい!!」
西風舘は工藤から離れ、東風谷と雫の前に回り込んで2人を守ように立つ。
「何だよ、邪魔すんじゃねぇよ、先輩」
2人を守るように立つ西風舘を見て工藤は忌々しげに吐き捨てる。
「お前のいいようにはさせないからな」
「あんたの相手は私達でしょ!」
「工藤くん、もうそんなこと止めて大人しく投降してください」
西風舘は2人を守ように立ちながら工藤を睨みつける。
真理と光も絶対に行かせまいと構えをとる。
「フヒッ!もう全員ヤっちまうかぁ?」
工藤もナイフを片手に臨戦体制となる。
◇◇◇
「このまま上に登って行けば、屋上に着くはずだ。亜依、行くぞ!」
「うん!」
校舎内に入り、屋上を目指す星斗と亜依。
階段を登り、ふと外の景色が目に入る。
翠色の染まった街並み、伊緒達が飛び去った青空。
翠色に輝く欅の木。
「あの木……あんなに光ってたか……?」
「お父さんどうしたの?」
急に立ち止まった父親に、何事かと声をかける亜依。
「あぁ……すまん。亜依、あの木あんなに光ってたか?」
「ん?うーん、さっきより光ってるかも」
「だよな、何にもなけりゃいいけど……」
明滅する光はまるで脈動するような光景だ。
「脈打ってうるみたいだな……」
「あっ!さっきね、気付いたんだけど。あの木ね、生きてるみたいなの!」
「生きてる?何か分かったのか?」
聞き流してしまうには気になる言葉。
星斗も足を止める。
「うん、凄く綺麗だなってあの木見てたの。そしてら何か涙が出て来て……目が馳せなくて……それで気付いたの」
「色々気になるけど、それで?何に気付いたんだ?」
「今みたいに光が強くなったり弱くなったりしていて、何か胸の心臓と同じだなって、思って」
亜依が手を胸に当て、己の鼓動を感じる様に説明する。
「それでね、じっと見てたらね、翠色の光が木の中に入ってったの!息を吸うみたいに!」
「息を……吸う?」
亜依の言葉に星斗は欅の木をよく見てみる。
明滅する欅の木の周りに漂っている翠色の光、霊子。
明滅に合わせて周囲の霊子が動いているのが分かる。
「呼吸してる?」
植物の光合成は二酸化炭素を取り込んで葉緑体において、光と水と合わせてエネルギーを創り出す過程であるが。
夜間、太陽の光が無い間は酸素を取り込んで二酸化炭素を吐き出すという、人間の「呼吸」と同じことを行っている。
つまり、霊子は霊樹から生み出されているものと考えていたが、目の前の欅の木は霊子を吸収しているのだ。
「俺が、霊子を身体に取り込んだみたいに……?」
そう思い至った時、得も言われぬ悪寒が奔る。
星斗は自身の心の奥底からの願いと身体の中の霊子、そして周囲の霊子を取り込んであの銃弾を創り出した。
「あの欅の木は、何かしようとしてる?」
不思議とそう思えた。
星斗と同じように「何かを成すために」願い、霊子を使おうとしていると。
「急ごう、何か良くない事が起こりそうだ」
「良くない事?」
「ああ、ただの勘だけど……碌でもない予感がする」
星斗はそう言って、再び屋上を目指して階段を登る。
「とりあえず、今は屋上を目指そう。光がいるはずだ」
「光おじちゃん!真理お姉ちゃんもいるかな?」
「伊緒は生きたからな、大丈夫だろ。真理に会ったら"お姉ちゃん"って言ってやってくれ。あと”光おじちゃん”な」
「うん!」
星斗は亜依と大切な約束をしながら階段を登って行く。
流石の星斗も最上階近くまで来ると無語になり、亜依庇う様にゆっくりと階段を上がる。
「亜依、屋上はどうなってるか分からないから、まずはお父さんの後ろに居ること。それが駄目なら真理か光、それでも駄目ならなるべく遠くに離れて隠れているように」
「分かった、危なくなったら隠れてるね」
「よし、頼んだぞ」
屋上へと続く4階の廊下で亜依と最終確認をする星斗。
心情としてはやはり、亜依には避難していてもらいたい。
だが目を離していいのかも分からない。
せめて、目の届く範囲で安全な場所に隠れていて欲しい。
星斗が下す、ギリギリの妥協案。
最後の階段を登りながら、外の様子を伺うように耳を澄ませる。
(叫び声か?何言ってるか分からんけど……光があそこまで焦ってたからな……まずは状況確認、安全確保。またアイツみたいな敵がいたら躊躇うな……)
森の中で対峙した男を思い出し、腰の拳銃へと手を伸ばす。
通常の執行弾は装填済みと言うことを確認し、念の為覆い蓋と留め皮と外しておく。
だが、拳銃を抜くような事態なのか、星斗は迷う。
そこで、警棒を抜き出して伸ばしておくことにする。
カチリと開閉式の鍔を開いて右手でグリップを握り込む。
「亜依、行くぞ」
「……うん」
亜依が小さく頷き、2人は屋上の扉の前に立つ。
外からは何やら喧騒が聞こえてくる。
(開けてみるしかないか……)
星斗がゆっくりと扉を開く。
屋上には複数の人影、まず目に入るのは娘の真理。
そして、その傍に立って構えている親友。
「真理!光!」
「――星斗か!説明してる暇がない!手伝ってくれ!」
「お父さん!アイツを倒すよ!」
生存を喜び合う暇など微塵もないとばかりに、光と真理がこちらを振り返らずに叫ぶ。
星斗は2人の肩越しに対峙する1人の少年を見た。
伊緒や真理と同じくらいの制服姿の少年。
星斗達の登場にも驚くこなく、ニヤニヤ笑いながら星斗達を見ている。
少年を観察しながら、ふと星斗の目が一点で止まる。
少年の手には紅黒い翠色の斑模様のナイフ。
まるで、あの銃弾の様なナイフ。
「何だ……そのナイフは……」
「フヒッ!何だ何だぁお巡りさんの登場かぁ?でもお父さんてか?イヒッ!そうか、お義父さんか!クヒッ!!」
真理と光が言わんとする事を理解する。
亜依を手で制し、この場に居るようにと留めたまま、警棒を構えて真理達の横に並ぶ。
遂に、怪物と対峙する。
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