表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の世界、願いの果て【毎週火曜、金曜18:00に更新です】  作者: 蒼烏
第2章 日常讃歌・相思憎愛
76/90

第20ー1話 対峙

 仁代亜依(じんだいあい)が父親の星斗(せいと)の後ろを見上げる。

 星斗も釣られて空を見上げた。

 喧噪と同時に、放物線を描きながら宙を舞う女子生徒。

 そしてそれを追うように飛び出す、もう1人の人影。

 

伊緒(いお)?!」

 

 見覚えのある背格好の少年。今朝送り出したばかりの息子の姿を間違えるはずはなかった。

 息子の仁代伊緒(じんだいいお)が幼馴染の躬羽玲(みはねれい)の下へと飛び出したのだ。


「何なんだよ畜生!」


 焦る星斗、だが無情にも2人の放物線は頂点を通過し、落下を始める。

 お互いに抱き締めながら重力に従い自由落下を始める2人。

 地上まではあっという間だろう。

 ゆっくりとコマ送りの様に、落ちていく2人が見えた。

 それと同じくらい星斗の身体も遅く、一向に前に進まない。


(間に合わない……)

 

 思考だけが妙にはっきりとし、今のままでは落下地点まで届かないと脳が告げている。

 

(何とかしないと……)


 強い願いが心を埋める、だがその「何か」は答えてくれない。

 己の無力さに、怒りさえ込み上げる。その怒りさえ瞬時に霧散する。

 焦りが星斗を覆う。


(また……失うのか……そんなのは!もう御免だ!)


 脚の裏に込める力が増す、その1歩は校庭を(えぐ)り、視界が後方へ激流となって流れていく。


(届けっっ!!)


 目一杯に腕を伸ばし、落ちてくる2人を受け止めようとする星斗。だが既に2人は目の前に居る。

 あと数メートル。

 コマ送りの世界の中で星斗は、伊緒と目が合った。

 その眼は紅く光り、身体は翠色の光が覆っていた。

 伊緒は一瞬、驚いたよう表情を見せ、微笑む。


 ――大丈夫――


 そう言われた気がした。

 その瞬間、伊緒は玲を抱えたまま、重力に逆らうように空へと飛び跳ねる。

 星斗は落下地点を通過し、慌てて急制動をかける。両脚で地面を滑りながら、空を見上げる。


 「うっ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 伊緒の悲鳴が響き渡る。そのままジグザグに校庭の上を駆け、一気に南方へと飛び去っていく。

 その背中には薄っすらと、翠色の翼が見えた。

 星斗は不安定に進路を変更しながら飛び去っていく2人を、ただ見送ることしかできなかった。


「伊緒ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 星斗は雄叫びを上げていた。

 目の前で息子が死にかけ、訳も分からず飛び去ってしまったのだ。


「お父さん!今のが伊緒お兄ちゃん!?」


 星斗の混乱に()てられ、亜依も大声を上げる。


「――っそ、そうだ、今のが伊緒だ……何なんだ!どうなってるんだ!?」

「伊緒お兄ちゃん、飛んでっちゃった……」

「そう、だよな……飛んでたよな……落ちてはいないよな……無事なのか……?」


 多少平静を取り戻した星斗が、現実を受け止める。

 伊緒が玲を抱えて、()()()()()()

 これは、紛れもない事実。

 霊子の光を脈動させる欅の木の上を飛び去った伊緒達は、今はもう見る事ができない。

 それ程までの速度で空を駆けていた。


「星斗!!」


 若干惚けていた星斗は、自身を呼ぶ声を聴いて我に返る。


「星斗!屋上!!」


 声の先を見上げると、屋上のから顔を覗かさた耶蘇光(やそひかる)が見えた。


「光!?」

 

 端的に一言だけ叫ぶと、光はすぐに顔を引っ込めてしまう。


「何だ、あいつが、あそこまで余裕がないってのは……?」

 

 そんな事を言っている間に、屋上から複数の人間の叫び声が聞こえてくる。


「何だか分かんないけど、屋上行かないとやばそうだな……」

「お父さん……あたしも……」


 星斗の裾を引っ張り、不安そうに星斗を見上げる亜衣。


「亜依は――」


 ”ここに残って”そう言いかけて、亜依の後ろに倒れている教員の死体と、怪しく脈動し始めている欅の木が目に入る。


「お父さんと一緒に行こう。屋上もどうなってるか分からないけど……ここに居ても危ない気がする」

「うん!」


 ホッとした表情からも、この場に残されるかもしれないという不安が大きかったのだろう。

 

 (連れていくのも、残すのもどちらも危険……ならせめて俺の手の届く所に……)


 であれば、せめても自身の目の届く範囲に連れて行った方が良い。

 いざという時に守ることができる、そう考えていた。


「よし、取り合えず屋上を目指す。亜依はお父さんの後ろに居て、前には出ないように。それから後ろも注意して見ていてくれ。頼めるか?」

「うん、分かった!」

「おし、いい返事だ。任せたからな」


 星斗を先頭に、2人は校舎の中へと駆けて行く。


 ◇◇◇

 

 伊緒達が飛び去る少し前。

 

「……ぃゃ……」


 小さな、小さな呟き。

 最早、声を張る勇気もない。

 へたり込み、伊緒と玲を見上げる野口雫(のぐちしずく)

 今まさに、恋をした人が自ら命を絶とうとしているのに、何もする事ができない。

 

(私、は、何も、しちゃ、だめ……)


 今の状況を()()()()()()()()()()、と思い込む雫。

 もう、これ以上は何もしてはならない、その想いが身体を重くし、最愛の人(いお)を見上げる事しかできない。


「だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 玲の叫び。

 自分と同じく、何もできないと思っていた玲が叫ぶ。

 伊緒が果物ナイフを持った手を止めた。


「あ……」

 

 逡巡することも無く行動に移る、真理と光。

 目の前で繰り広げられる、一瞬の攻防。

 考えるも間もなく、玲が宙を舞った。


「玲、さん……」


 高く、高く舞い上がり、屋上の柵を越えてなお、飛んでいく。


「あは……――!?」


 玲は自分の口から漏れ出た言葉に、衝撃を受けて慌てて口を押える。


(私は、何を……)


 今にも歪みそうな口角を必死で抑え付け、誰にも悟られないように俯く。


(最低だ……)


 漏れ出た感情に嫌悪しながら、もう一度顔を上げる。目の前に居たはずの伊緒が居なかった。


 「玲っ!!」


 離れた場所から伊緒の声が聞こえた。慌てて顔を向けると、そこには宙を舞う2つの影。


「伊緒、君――!」


 抱き合い、雫の視界から消えていく2人。それを、ただ見送る事しかできない。

 口角が悲しみに歪む。

 

「伊緒くん!私は!――私が!――」


 まとまらない思考と溢れ出る悲鳴。


「玲さんが――私は――何て――醜い――」


 溢れる翠色の光。そして南の空へと尾を引いて飛び去って行く伊緒と玲。

 雫はそれの光景を茫然と見ていた。

 己の溢れ出た欲望に、願いに、絶望していた。


(私は……こんなにも……酷い人間なんだ……もう……いっそ……暗い海の底に……沈みたい……)


 雫の思考が絶望の海に沈んで動けないな中、光は手摺に駆け寄っていた。

 

(2人は!?飛んで行った!?無事なのか……)

 

 校庭を覗き込みながら、2人が落下していないことに安堵し、すぐに不安に駆られる。


(――ん、あれは……星斗!?)

 

 視界の端に映ったのは、警察官の親友の姿だった。

 

「クヒっ!何だぁ?面白れぇ事になったなぁ。空飛びやがったぞ!ウヒヒヒヒヒヒ!」


 人質を失った工藤が、(さも)も楽しそうに嗤う。

 そんな工藤の様子を視界の端に捉え、光は焦りを覚える。

 

(時間がない――星斗に来てもらわないと――)


 グラウンドで女の子と一緒にこちらを見上げている星斗に向かって光が叫ぶ。


「星斗!屋上!!」


 これだけ叫ぶのが、今は精一杯である。


(あいつなら!きっと分かってくれる、はず!)

 

 状況を説明してやりたいが、一言では無理である。

 今は、1人でも加勢が欲しい。星斗ならば、分かってくれるだろうという、期待を込めて叫んだ。

 親友が、預かっている兄妹の父親が、生きていた事を喜んでいる暇はない。

次回更新は金曜日午後6時です!


専用アカウント作成しました。

https://twitter.com/aokarasu110

よろしければ覗いて見て下さい。

面白かった!期待してる!と思ってくれた方は☆、いいね、感想、レビューをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ