表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の世界、願いの果て【毎週火曜、金曜18:00に更新です】  作者: 蒼烏
第2章 日常讃歌・相思憎愛
75/90

第19ー2話 翼

 工藤が興奮しながらナイフを振り回す。

 伊緒は果物ナイフを大きく振り上げ、今まさに己の心臓目掛けて突き立てようとしていた。

 真理が、光が、止めようと手を伸ばし、駆け出そうとする。


 しかし、一歩遅い。

 

 迷いが、身体を縛る。

 伸ばした手は、届かない。

 

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 伊緒の腕がピタリと止まる。

 見上げた空から視線を落とすと、そこには大粒の涙を零しながら叫ぶ、最愛の人の姿が在った。


「玲……」


 工藤の一瞬の隙に玲は脱出するよりも、伊緒を止める事を選んだ。


(伊緒くんの居ない世界なんて……)

 

 伊緒の分まで生きる世界など、考えたくもなかった。

 玲は力の限り、命の限り叫ぶ。

 

「うるせぇ女だな!黙ってろ!!」


 叫ぶ玲に対して工藤が恫喝するが、玲の魂の叫びは止まらない。


((今、助ける!))

 

 工藤の絶好の隙を、光と真理が逃さなかった。

 一足飛びに飛び出していた光。同じく光と合わせるように飛び出す真理。

 伊緒は止まった。工藤は隙を見せた。


「「はぁぁぁぁぁっ!!!」」


 2人が同時に攻撃を仕掛ける。

 対空しながら工藤の顔面に蹴りを放とうとする光。

 身体を沈み込ませ、玲の身体の横から工藤の鳩尾目掛けて正拳突きを放つ真理。


「ああ、面倒くせぇな。お前、もういらねぇや」


 工藤がそう呟き、玲の片手首を掴んだまま軽く後方へ飛び退く。

 

 その勢いのまま。


 玲を放り投げる。

 

 「――ぇっ?」

 

 弧を描き空中を舞う玲。

 文字通り、ゴミでも棄てる様に。

 玲は屋上のフェンスを越える高さで、撃ち出された。


(皆が……離れてく……)


 何が起きたか理解できないと言い表情で、玲が()()()()()()()()()()

 玲は眼下の光景を走馬灯の様にゆっくり見ていた。

 一撃を躱され、着地する光。放った正拳が、空を切る真理。

 悦の表情で玲を見上げる工藤。


「伊緒くん……」

 

 一寸前まで、果物ナイフを持って己の心臓を一突きにしようとしていた少年の名を呟く。

 遠ざかっていく屋上。

 眼下には翠色の光を放つ霊樹の枝葉が、教室の窓から思い思いに伸びているのが見える。


(私こそ……ごめんね……)


 上昇し、飛ばされる感覚が鈍くなる。

 未だ放物線の頂点には達していないが、幾許(いくばく)の時間もかからずに重力に従って自由落下が始まるだろう。

 

 (落ちっ――――)


 玲が落下の恐怖を覚えた、その時。

 屋上の手摺を蹴り、一気に蹴り出して空中に躍り出る人影。


「玲っ!!」

「伊緒くん!?何で!」


 手を伸ばし、飛び出した勢いのまま玲へと肉薄する伊緒。


「掴め!」


 思い切り腕を伸ばした伊緒の手を、玲が(しかと)と掴み離さない。


「何で!」


 再度の問い。


「玲の居ない世界なんて、意味ないだろ」

「――!、でも!このままじゃ!!」


 至って真面目な表情で、(のたま)う伊緒。

 遂に上昇の頂点となり、フッと身体に浮遊感が生まれる。

 伊緒は玲を抱き寄せ、玲も伊緒にしっかりとしがみ付く。


 「馬鹿だよ……こんなの……」

 「ごめん……」


 玲が呆れた声で呟き、思い当たる節があり過ぎる伊緒は謝罪を口にする。

 いよいよ2人は落下を始めてしまう。

 重力定数に従い、加速しながら落下していく2人。

 校舎は4階建て、地上から屋上まで約13メートル。

 更に上空へ投げられた事から、大凡20mとしても、地面に叩きつけられるまでの時間は、


 約2秒

 

 校舎からかなり飛ばされているので、叩きつけられる地上はグラウンドの土だ。

 運が良ければ骨折と全身打撲で済むかもしれないが、最悪2人とも助からないだろう。


(このまま落ちたら痛いかな……死ぬかな……)

 

 伊緒とて、痛い思いがしたいわけではない。

 だが、今ここで何ができるかと言われても、何もできないだろう。

 ただ玲を守り、傷付けないようにしたい。

 そう願っていた。

 

(あぁ……本当に、空が飛べたら……)


 心の底からの願い。

 伊緒の中にいつの頃からだろう、住み着いていた想い。

 ふと気がつけば、空を見上げ、妄想に(ふけ)っていた。


 ――あの空を自由に飛べたら、どれだけ気持ちがいいのだろう――


 伊緒が何時も何時も、空を見上げながらしていた妄想。

 己の身がふわりと浮き上がり、青空の元で自由に飛び回る空想。

 何度も、何度も、何度も……

 繰り返してきた想いは、願いとなり、心の底に積み重なっていた。


(空を――飛べれば――玲を――守れるのに!)


 1秒にも満たない凝縮された思考。

 身体の奥底から()()()()()()()が吹き上がる。


 願いは伊緒の身体を瞬時に巡り、()()()()()()()()()()()霊子と結びつく。

 落ちる視界の中、グラウンドの人影が目に入った。


(父さんと……女の子?)

 

 目に入ったのは、父親である仁代星斗(じんだいせいと)と小さな女の子。

 星斗は見慣れた警察官の制服姿だ。女の子に見覚えは無かったが、どこか懐かしい雰囲気を感じる。


(誰だろう……でも……何処かで……)


 逡巡するも父親の顔が目に入る。


(父さん……そんな顔しないでよ。父さんみたいにはできないけど――玲は、俺が守るから)


 星斗に心配かけたくないと、微笑んで見せる伊緒。


 (――飛べ!!)

 

 伊緒が強く、強く、願う。

 瞬間、2人の身体が跳ね上がる。


「うっ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 伊緒の予想に反し、ゆったりとした快適な空の旅とは正反対の、激しい軌道で空に打ち上げられる。


 伊緒の悲鳴だけが、残響となって青空に木霊する。

次回更新は火曜日午後6時です!


専用アカウント作成しました。

https://twitter.com/aokarasu110

よろしければ覗いて見て下さい。

面白かった!期待してる!と思ってくれた方は☆、いいね、感想、レビューをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ