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暁の世界、願いの果て【毎週火曜、金曜18:00に更新です】  作者: 蒼烏
第2章 日常讃歌・相思憎愛
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第18ー1話 宣言

 しゃがれた男の笑い声が廊下に響く。

 工藤は躬羽玲(みはねれい)の首筋にナイフを当て、その身を抱いて縛っている。


「なっ!おい!玲から離れろ!!」

「イ゛ギギギギ!ごどわるぜぇ、じゃあ゛ごれがらのごどをじっぐりどばなぞうが」


 工藤の枯れた声がその場を支配し、皆の動きを廊下に縫い付ける。


「何がこれからの事だ!玲を離せ!」

「そうよ!とっとと玲から離れなさい!」


 叫ぶ仁代伊緒(じんだいいお)真理(まり)の双子。

 だが、迂闊(うかつ)に動くことはできない。

 玲の首に突き付けられた赤黒い翠のナイフの切先が、グッと押し込められて首に突き刺さる寸前で止まる。


「ぅっ……」

 

 玲の口から短い悲鳴が漏れる。

 玲もまた身動きを封じられ、身じろぎ1つで致命傷を負いかねない恐怖と戦っていた。

 

「伊緒くん……真理ちゃん……」

「「玲!!」」


 危うい状況の中、2人は必死に現状を打破する策を考える。


(どうする!真理と合わせて飛び込むか!ダメだ!!そんな事したらあいつは……)

(玲!どうしよう、私が囮になる?ダメ、あいつはそんな事気にしない……伊緒も焦ってる……)

 

 目の前の事象が頭を掻き乱し、思考が纏まらない。

 お互いに焦っているのが分かる、それ以上に玲を傷付けたくないという気持ちが大きのも分かる。

 

「工藤くん!躬羽さんを放しなさい!これ以上、人を傷付けては駄目だ!」


 耶蘇光(やそひかる)の声に、工藤は楽しそうに口角を上げ、枯れた声で笑う。

 

「イ゛ヒッ!ぜんぜい!お゛前が言うな゛よ゛!生徒の゛事散々殴っでお゛い゛で、ぞり゛ゃね゛ぇだろ゛!」

「それは、君が……」

「あ゛ぁ゛、別にい゛い゛よ゛。ぞれ゛がル゛ール゛だも゛んな゛ぁ、ごの学校の!ごの国のな゛!!だがら決めだんだよ、俺のル゛ール゛だ、ぞの為の話じだ!ま゛ぁ゛お前らは聴い゛でる゛だげでい゛い゛げどな゛!俺が宣言ずる゛だげだがら゛な゙っ!」


 朗々と語る様を見て、工藤が本気なのだと思い知らされる。

 そして工藤の目は狂気を宿しながら、嬉々として訴えかけてくる。


 ――お前達も俺のルールに従うだろ?――


 と、何をするのか、どんなルールを言い出すのか知れないが、碌な事ではないと分かる。


「ぞうだな……屋上でや゙ろ゙う!宣言ずる゛んだ!俺の!王国゛の!俺が神゛の国゛の!宣゛言゛!ゲヒヒヒヒヒッ!ごごにい゛な゛い゛奴等も゛集めよ゛う!聴衆は多ぐな゛い゛どな゛!まだ生き残りがい゛る゛がも゛じれねぇがら゛な。呼び出ずぞ!」


 続く工藤の独演を聞きながらも、いつでも飛び出せる様にジリジリと体勢を変える伊緒。そんな伊緒の手を掴み、真理が引き留める。

 

(真理何すんだよ!止めるな!)

(あんた、今飛び出したらどうなると思ってるの!玲が刺されるじゃない!)

(――んなこと分かってるよ!じゃあどうしろって言うんだよ!)

(チャンスを待つしかないでしょ。あのナイフに刺されたら助からないでしょ……)

(……くっそ!)


 小声で囁き合い、一時の激情を辛うじて薄皮一枚で身の内に仕舞い込む伊緒。

 真理も今すぐに飛び出したい気持ちはあったが、それ以上に暴走しかかっていた伊緒を見て冷静になった。

 

(多分後ろの光さんもそうすると思う……玲の無事が優先。そうでしょ?)

(……分かった……でも、後で、あいつは、ブッ飛ばす!)

(駄目、私が先だから)

(じゃあ同時)

(決まりね)

 

 伊緒と真理が決意を潜ませている頃、2人の後方で光と西風舘(ならいだて)の2人もまた、声を潜めて話し合っていた。


(先生!あの2人、今にも飛び出しそうですよ!?)

(大丈夫、真理ちゃんが上手いこと抑えたみたいだから。暫く我慢してくれるでしょう……多分)

(多分なんですか?!今動いたら相当ヤバいですよ……)

(そうだね、何とか隙を伺うすかないね。(あの2人の技でも止められないとなると……あとは……))


 この2人の結論もまた、双子と同じく隙を待つというものであった。

 しかし、光はその後の事を考え、如何にして工藤を止めるかを思案していた。


(伊緒くんと真理ちゃんのあの技を受けて、まだあれだけの動きをしている……生半可な技や攻撃では止められないだろう……けど……工藤くんは……まだ少年で……生徒で……)

 

 光もまた教師として「生徒の保護」を最優先に考えなければならず、いくら安倍を殺害した被疑者とは言え、生徒には代わり無い。

 その思考が光の行動を呪縛する。

 如何にして工藤を生かしたまま、無力化して捕縛するかを考えてしまう。


(今までのことを考えても……難しいだろうな……でも、それでも……僕は、教師だから……)

 

 これまでの事を考えると、それが如何に困難であるかは容易に想像が付く。だが、それを疎かにしては、教師としての道を、いや、人としての道を踏み外してしまう。

 抜け出せない思考の迷宮の中を彷徨っていると、工藤が好き勝手に動きだす。


「ざで、ま゛ずは放送室に行ごうが。最低あど3人、足り゛ね゛ぇがら゛な゛ぁ。お゛い゛、お゛前等先に゛放送室にへ向がって歩げ。余計な゙ごとじだら殺ずがらな」

「――放――して――」


 工藤の言葉に皆が無言で頷い合い、(きびす)を返す。

 だが玲だけがその状況に逆らおうと、小さく声を上げる。


「お゛っど、お゛前も暫ぐ黙っでろ。ゲヒッ!今は殺じゃじねぇよ」

「くっ……」


 工藤の手が玲の首にかかる。喉輪で前傾部を抑えられ、呼吸が荒くなる。

 玲の声に振り返り、工藤を睨みつける伊緒と真理。


「おい!その手を離せ!」

「玲に何かしてみなさい、ぶっ飛ばしてやるから」

「お゛ぉ怖い。後でじっぐり遊んでやるがら今は大人じぐじでろよ?まぁ1人ずつ、じっぐりどだげどな!グヒヒヒヒヒ!!」


 そう(うそぶ)きながら喉輪を緩める工藤だが、咳き込む玲を腕で押さえつけ、拘束を緩めることはない。

 

「くそっ!」

「あんた、後で絶対ぶっ飛ばすから」


 拳を強く握り締め、必死に激情を抑え込む伊緒。

 静かに、それでいて殺意にすら届きそうな怒気を(たぎ)らせる真理。

 いつ爆発してもおかしくない火山の様に、想いをその身に貯め込んでいく。

 工藤はその様子が愉快で仕方ないのか、嗤いながら最後尾を着いて歩く。

 狂気に満ちた行列が、一路放送室を目指す。


 ◇◇◇


「工藤くん、着きましたよ。これからどうするんですか?」

「イ゛ヒッ!俺が放送ずるがら部屋を開げで離れろ。何がじだら、殺ずぞ」

「分かった、何もしないから躬羽さんを傷付けないでください」


 そう言いながら放送室の扉を開ける。

 工藤は4人にその場から離れるように追払い、放送室の中へと入っていく。


「ゲヒッ!ぞう心配ずるなよ、放送ずるだげだがらよぉ」


 扉も閉めず、鍵もかけず、大胆不敵に放送台の前へと進む。

 廊下に残された4人も隙を伺うが、狭い放送室の中へ全員で飛び込むわけにもいかず、かと言って一撃で工藤を沈めて玲を無傷で救い出せるのか。


「「「「……」」」」

 

 4人はお互いに目配せしながら状況を伺う。


「お゛い゛、放送のズイッヂ入れろ」


 そうしている間に、工藤は玲に向かって放送できるようにしろと命令する。

 玲が無言で頷き、放送台を見渡して主電源を探す。

 電源を入れ、機械が立ち上がると校内放送のスイッチを入れて小さく呟く。

 

「これで、いいはず……」


 工藤は玲を抱えたままマイクの前に顔を近付けて喋り始める。

 

「あ゛、あ゛、ごれでいいんが?ま゛あ゛いいや。お゛い゛、隠れでる奴ら、出でごい。3人はいるだろ?屋上までごい。でないど、1人ずづ、殺ず」


 言いたいことを言い終えた工藤は、玲に向かってスイッチを切るように指示する。

 そしてやることが終われば、こんな所に用は無いとばかりに放送室を出て、廊下にいる4人へ向かって命令する。


「ざて、ぞんじゃあ屋上に行ごうぜぇ。みんなを待だないどな、イ゛ヒッ!じゃあ先生、まだ先導頼むぜぇ」

「分かった……」


 ゆっくりと屋上を目指し歩き出す一行。

 誰もが押し黙る中、真理が口を開く。


「あんた……私が目的なんでしょ。玲と交代させなさいよ」

「ゲヒッ!い゛い゛ねぇ、流石は俺の見込んだ女だ。だげど、ぞれはでぎねぇな。真理、あんだは強ぇがらな、今じゃねぇ。後でだっぷり交代じでやるよ、ゲヒッ!」

「ふんっ!後でこれでもかってくらい後悔させてやる」

「グヒヒヒヒ!やっば堪んねぇな、お゛い゛!イ゛ヒヒヒヒ!」


 真理の悪態を、さも嬉しそうに嗤う工藤。

 

(あんなこと言って、大丈夫なのかよ?)

(あいつは私の事を狙ってる。どこかのタイミングで私を呼ぶだろうから、その瞬間がチャンス。あいつを、ブッ飛ばす!)

(……分かった、合わせる)


 自らの身を差し出し、隙を作る。

 真理はそう提案している。

 伊緒もそれを分かって了承した。

 確実に工藤を()()()()ために。

 それほどまでに2人の工藤に対する怒りは強い。玲に対する行いに激怒しているのだ。

 大切な人を助けるために、兄妹は静かにその瞬間を待つ。

次回更新は金曜日午後6時です!


専用アカウント作成しました。

https://twitter.com/aokarasu110

よろしければ覗いて見て下さい。

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