第17ー1話 ランプ
「はぁ……はぁ……あんなに、全力で、体動かすの、久しぶり過ぎて、無理……」
「はぁ……私も、無理です……」
「……でも、取り合えず、奥に、隠れて、おこうか……」
「はい……誰も、いないん、ですかね……?」
一緒に校舎内へと逃げ込んできた仁代真理、躬羽玲、西風舘と別れ、職員室に避難した野口雫と東風谷の2人。
肩で息をしていた2人も、漸く呼吸を整える事ができた。
「これから、どうなるんですしょうか……」
「分からない……多分誰も答えられないよね、そんなの……兎に角、生き残らないと……」
「先輩は、なんだか強い、ですね……」
霊樹の森と化した職員室を枝葉を掻き分けながら奥へと進んでいく2人。
雫は、未だ怯えた瞳で周囲を見つつ、東風谷の言葉を聞いて羨望の眼差しを向ける。
「そんなことは、ないですよ……後輩の前だから強がってるだけです」
「それでも、十分、凄いと、思います!」
雫のたどたどしくも真っ直ぐな言葉に、東風谷は照れて顔がにやける。
「それにしも、躬羽さんは凄いなぁ……よくあんな風に動けるよ」
「玲さん……躬羽さんは、調理部でも、あんな感じ、なんですか?」
「ん?あぁ、そうだねぇ。大人しそうで、結構シャキシャキしてるんだよね。運動もできるみたいだし」
「羨ましい、ですね……伊緒くんとも、仲いいですし……ぁ、いや……今のは……」
思わず漏れる心の囁き。
「あぁ、仲いいからね2人ってか3人か。よく妹さんの方も調理部に顔出したりするからね。お兄さんの方は来ないけど、躬羽さんからはよく話を聞くしね。って、あぁ……そうか、ごめん、そう言うことか……」
「ぇ……っと……ぃゃ……あ、の……その…………はい……」
顔を真っ赤にしながら俯いてしまう雫。
普段の雫の口からは絶対に漏れないような言葉。
こんな状況になり、目の前で人が刺され、やっと逃げてきたことで気が緩んだのだろうか。
東風谷もまた先輩面した手前、緊張しっぱなしであった後輩が多少なり打ち解けて話をしてくれていることを嬉しく思い、この話を続けることにする。
「そっか、そっか!まぁ、あの兄妹は結構目立つしね。既にファンが結構いるって聞くよ?野口さんは元々知り合いなの?」
「いえ……入学してからです……伊緒くんと玲さんは同じクラスで、真理ちゃんとは、伊緒くんたちに助けてもらった時に……」
「助けてもらって、気になっちゃった?」
更に東風谷が追い打ちをかける。
「ひぇ!……ぃぇ、そんな、違い……」
「違うの?」
「ぃぇ……はい……」
「いいじゃん!いいじゃん!そう言うのいいと思うよ?そっかぁ、お兄さんかぁ。ライバル多いからねぇ」
「そう……ですよね……私なんか、じゃ……」
忙しくコロコロと表情を変えていた雫が、一転萎れた花のように項垂れてしまう。
「うん、じゃあお姉さんが特別にいい情報を教えてあげようか?」
「いい、情報、ですか?」
東風谷の言葉に顔を上げる雫。
「私もね、気になって聞いたんだよね。お兄さんと躬羽さん、付き合ってるの?って」
「……ぇっ」
「そしたらね、付き合ってないんだって。家も隣同士で、小さい時からの幼馴染だから仲は良いけど、そう言う関係じゃないんだってさ」
「ほんとう、ですか?」
今日見た中で一番の驚きの表情を見せる雫に、東風谷は追加情報を与える。
「躬羽さん本人から聞いたからね、間違いないよ」
「あ、ありがとうございます!」
そんな大きな声が出せたのかと言う程、力一杯にお礼を言う雫。
(しまったな……あんまり焦った感じで話してなかったからその気が無いのかと思ってたけど……あれはただの余裕だったのかな……これは言わない方がよさそうだね……)
ふと、思い至った考えに東風谷は若干の罪悪感を抱きながらウンウンと頷き、雫のあまりの食いつき様にこれ以上の情報はやぶ蛇と考え口を閉ざす。
「それより!今、外はどうなってるのかな?兄妹が食い止めるって言ってたけど……正直、あんなやつ相手に本当に大丈夫なのかな……」
「そうですよね……窓から覗いて見ますか?」
「だね、ちょっと見てみようか」
東風谷の急な話題転換にも雫は気にすることなく乗ってきてくれた。
ホッとした東風谷と伊緒が気になる雫は霊樹を掻き分けて職員室の窓際まで進む。
そっと窓に近付き、外を覗き込む。
校庭には倒れている人影が1つ、そしてその人影を庇う様に立つ見慣れた人影。
「伊緒くん!」
「あれ……ヤバくない……後ろは、妹さん?」
ジリジリと伊緒に迫る工藤を見ていることしかできない2人。
(ぁぁ……伊緒くん……伊緒くんが……どうしよう……どうすれば……私は、どうすれば……)
目の前で好きな人が殺されてしまうかもしれない。
その想いが雫の身体を硬直させる。
助けに向かうことも、泣き叫ぶことも、目を逸らすこともできない。
ただ目の前の世界で繰り広げられている事を眺めているだけ。
「何か、何かないかな!このままじゃ2人が!何か投げてみる?!」
東風谷も慌てて何かできないかと辺りを見回している。。
――今、自分にできることは無い――
心ではそう分かっているが、やらねばならないと身体が動く。殆ど話したこともない後輩だが、見捨てたらダメだと心が叫ぶ。
「やめろ工藤!そこまでだ!!」
校庭に響いた聞き覚えのある声。
「この声、耶蘇先生!」
東風谷が歓喜の声を上げて校庭を見る。
雫も声は漏らさないものの、目を見開いて状況を見つめていた。
工藤が反応し、歩みを止める。工藤が振り返った先から何やら長い棒の様なものを持った人影が飛び出してきた。
あっという間に状況が変わり、理解が追いつかない2人だが、これだけは言えた。
「助かった、のかな……?」
「耶蘇先生、だけですかね?加茂先生は……」
駆け付けた教師が1人だけと言うことに気が付き、不安に駆られる雫。
「ほんとだ、加茂先生がいないね。見つからなかったのかな……」
「伊緒くん、今の内に逃げて!」
雫の心は伊緒にのみ注がれ、その他が見えなくなっていく。
「あっ!西風舘先輩たちだ!妹さん動けないいんだ……それをお兄さんが守ってたのかな?でもこれで取り合えず安心だね」
「ぁっ……」
雫の目に映っていたのは、玲に肩を借りてやっと歩いている伊緒の姿だけであった。
その目に浮かぶのは、安堵と言うにはドス黒い負の感情。
(そんなこと……考えちゃダメ!)
己の感情に恥じ、理性で本能を否定する。
表面的に取り繕っても、浮かんだ感情を忘れる事はできない。
自身が抱いた感情に、酷い嫌悪感を抱き、雫は己を責める。
(伊緒くんが助かっただから!無事なんだから!それなのに、私は……何で……こんな事……考えてるんだろう……)
喜びに、嫉妬に、怒りにと移り行く感情の変化に翻弄される。
振り回される自分が不甲斐なく、惨めに思えてくる。
沈めたはずの心が浮き上がってくる。
(辛い……泣きたい……悲しい……沈んでいたい……)
巡る想いが次々と反芻され、雫は己の心を深く深く沈めていく。
――辛いね――
「ぇ?」
何処からともなく声が聞こえた気がした。
だが、隣に居る東風谷は何も反応していない。
「先輩、今何か、聞こなかった、ですか?」
「え?何のこと?」
――君だけ辛いなんて、ずるよね?――
囁くような優しい声。
「わ、私は、そんなこと……」
「野口さん?」
――ふふ、じゃあまたね――
「ぇ……」
「野口さん、大丈夫?具合悪いの?顔真っ青だよ……」
「は、はい、えっと、大丈夫、です」
「ちょっと座って休んでて、外は私が見ておくから。あっ!耶蘇先生も校舎の方に走り出した!あぁ!でもあいつも追っかけて来てる!どうしよう!何か助けに行った方がいいのかな?でも私たちが行っても邪魔になるだけだよね?でもこのままじゃ……」
横で東風谷が実況中継しながら慌てているが、雫の耳には半分も入ってこない。
耳に残るのは自分にしか聞こえていなかった声。
優し気な男の声。
(頭の中に直接語り掛けられたような、不思議な声だった……声を聞いた時、心が軽くなった……声が聞こえなくなったら、酷く悲しくなった……)
喪失感にも似た感覚。
そこまで思考が巡って、はたと気が付く。
(今、何を考えて……私は、ただ、伊緒くんが……)
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