第16ー2話 崩倒
(――間に合わない)
刹那、そう判断した光は掴んでいた刺股の柄を離す。
先程まで把持していた刺股の柄が真っ二つに切断される。
それを見た工藤の顔が、グチャリと歪む。
「死ねぇぇぇぇ!!!!」
真っ直ぐに光の心臓目掛けてナイフを突く工藤。
(イヒッ!殺った――)
工藤が勝利を確信した瞬間。
目の前に居たはずの、殺すべき相手が突然視界から消えた。
「ぐっ……」
鈍い打撃音と共に工藤の動きが止まる。
ゆっくりと目線を下げると、そこには身を低く屈めた光と自身の胸突く光の右手が見えた。
「ゲホッ……」
先程までとは違う衝撃が工藤の身体の中を襲う。
工藤のナイフを搔い潜り、放たれた一撃。
(今までの攻防でただの打撃は殆ど意味をなさないと分かっていた……ならば身体の内部から揺さぶる!)
光の右手は拳を握っておらず、掌による打撃。
掌でも特に手根部。所謂、掌底突きを放ったのだ。
心臓と肺を揺さぶる一撃。
工藤の動きが止まった事を確認し、光はこの攻撃が有効であると確信する。
(徒手は得意じゃないんだけど……この際贅沢は言えないな)
「2人とも!内傷技が有効!一気にいくよ!!」
「「はいっ!!」」
光の言わんとすることをすぐさま理解した伊緒と西風舘は、立ち上がって間もない身体を無理矢理に動かす。
「「はっ!!」」
伊緒が後頭部に、西風舘が背部から心臓目掛けて掌底突きを放つ。
「ゲハッ!」
脳が揺れ、肺が萎んで空気が強制的に排出される。肺が傷ついたのか、咳き込んで血が滲む。
ふらつき動きを完全に止めた工藤だが、それでも手にしたナイフを離さない。
「ナイフを!」
西風舘が叫び、光が工藤の右手に向けて手を伸ばす。
だらりと垂れ下がっていた工藤の右手が跳ね上がる。
即の所でナイフを回避した光だが、体制が崩れる。
(まずい!)
工藤が動き出す。光は来るであろう一撃に備えて防御を固めようと身を強張らせる。
「イヒッ!」
身構える光を尻目に、工藤はその脇を抜け廊下を走る。
光の背後には居るのは、未だ上手く動けない真理と付き添う玲だけ。
「逃げろ!」
そう気付いた光が吠える。
「真理ちゃん!」
「玲、私の後ろに居て」
真理は未だに覚束ない足では迫る工藤から逃げ切ることはできないと判断。
玲を背に腰を落として迎え撃つために構える。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
ナイフを振り、霊樹の枝を落としながら一直線に真理と玲の所へと走り抜ける工藤。
「真理ちゃん!!」
叫ぶ光と、その横を駆け抜ける影。
低空で跳躍し、一気に距離を詰めて襲い掛かる工藤。その工藤の動きを瞬き1つしないで見つめ続ける真理。
突き出されるナイフ。突きを放つ前の動作を見て、軌道を予測。
「やっぱ、ちょっと刺されてくれねぇかなぁぁぁ!!」
真理は工藤の一撃より一足先を行くため、一瞬早く踏み込み工藤の懐へ入り込む。
「さっきの分!」
真理の掌底が工藤の顎を目掛けて勢いよく繰り出される。
カウンターの要領で工藤の顎を掌底が捉える。
「お返しっ!」
「ガッ!!」
自身の脳を揺らされたお返しとばかりに工藤の脳を揺らす。
工藤の頭は顎を捉えられ、地面と水平に傾く。頸椎が折れていることは無いだろうが、確実に衝撃は伝わったはずだ。だが、
(私の突きじゃ軽すぎる……)
一歩身体を後退させ、更なる一撃を加えようとした瞬間。
「真理ちゃん!避けて!」
「ガァァァァァ!」
「えっ――」
真理の一撃では工藤は止まらなかった。言葉にならない叫び声を上げながらナイフを振り上げる。
「うおらぁぁぁぁぁぁ!」
ゆっくりと流れる目の前の景色の中に、叫び声と共に廊下を一気に駆け抜けてくる人影が真理の目に映った。
「真理!合わせろ!!」
伊緒は掌底を放つために拳を握らず、掌を正面に向けた状態で右手を上段に構える。
右側頭部の横に構えられた掌底を見て、真理は即座に意味を理解する。
(伊緒……狙いは……頭!)
伊緒の声に工藤が反応する。真理に向いていた視線を軽く後方へと回した。
その瞬間を逃さない。
「「はっ!!」」
助走をつけた伊緒の一撃と、真理の再度の一撃が横を向いた工藤の側頭部を挟んで同時に撃ち込まれる。
「がっ、はっ……」
一度真理によって揺さぶられた脳を、伊緒と真理の掌底が追い討ちをかける。
流石の工藤も苦悶の表情で息を漏らす。
「「もう一発!!」」
伊緒と真理はお互いの姿を見えていない。それでも分かるものがある。
息つく間もなく双子は右手を引き、代わりに左手の掌底が工藤に脳に追い打ちをかける。
呻く工藤。
((これで決める!!))
くるりと身体を回し、バネのように右足を撃ち出す。
足底部全体に力を込め、工藤の心臓を捉える。
「大山崩倒」
前面と背面から心臓を挟むように伊緒と真理の蹴りが炸裂し、衝撃は工藤の身体を手足の指先まで駆け抜ける。
山をも崩す一撃を寸分違わず共鳴し撃ち込む。
伊緒と真理が師匠から教わり、開発した大技の1つである。
「あ゙……ぁ゙……ぁ゙……」
呼吸も儘ならない程の衝撃を受け、工藤はドサリと膝をつく。口を大きく開け、足りない酸素と乱された心拍を戻そうと身体が足掻く。
しかし、脳震盪を起こしながら心肺機能も衝撃から立ち直っていない状況ではまともに動けない。
「「ふっ!」」
工藤のその様子を見てから伊緒と万里は残心を解き、身体の力を抜いて息を吐く。
「光さん!やったよ!」
「おい、まだ油断するなよ……まぁ、多分動けない筈だけど……」
光に向かって手を振る真理と、それを諌めようとしながらも、伊緒は玲の方へ向き直る。
「玲、大丈夫か?」
「私は大丈夫、伊緒くんこそ大丈夫?壁にめり込んでたけど……」
「んん?何だか大丈夫みたい?普通なら大怪我だよな……」
「伊緒くん……」
自分の身体をペタペタと触りかさながら、怪我がないか確認してみる伊緒。
「――伊緒くん!真理ちゃん!後ろ!!」
西風舘に手を貸していた光が叫ぶ。
緩んでいた空気を一掃するような緊張が空気を伝播する。
振り返る双子。
そこにはぐらりと立ち上がっている工藤がいた。
すぐさま臨戦態勢に移行しようと、構えをとる伊緒と真理。
「イ゛ビャ!」
潰れた声だけが漏れた。
「ひっ……伊緒くん……」
「ハッ!ハッ!ハァ……ヴゲゲゲゲゲゲ!」
玲の小さな悲鳴と、潰れた声で嗤う男の声。
首筋にナイフを当てられた玲が恐怖の表情で助けを求めていた。
「なっ!おい!玲から離れろ!!」
「イ゛ギギギギ!ごどわるぜぇ、じゃ゛あ゛ごれがらのごどをじっぐりどばなぞうが」
枯れた声だけがその場を支配する。
次回更新は火曜日午後6時です!
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