第16ー1話 崩倒
ガラガラと金属が擦れ合い激突する轟音が、廊下を進む真理と玲の耳に突き刺さる。
「あいつが来た」
「真理ちゃん……」
「玲、危なくなったら直ぐに逃げてね。私は何とかするから」
「流石にそう言う訳にはいかないかな?でも今はなるべくここから離れようよ。光さんの邪魔になっちゃうから」
「そうね……足手纏いにはなりたくないしね」
未だ走ることは身体が許さない中、真理は歯を食いしばりながら玲と共に廊下を進む。
ドンと言う鈍い音と共にガラスが割れる音。
思わず昇降口の方に振り替える仁代真理と躬羽玲。
廊下の先には両手で刺股を持ち、柄の部分で工藤の前蹴りを受け止めている耶蘇光の姿が飛び込んできた。
「ぐっ……」
「ほら!先生、もっと頑張らないと!潰れちゃうぜぇ?フヒッ!」
光が押し付けられた壁がひび割れる。
「グハッ!」
光の身体がめり込む。
光は受け止めている工藤の足を支点として、右手を引き、左手を工藤の顔面目掛けて振り抜く。
刺股のUの字が工藤の顔面を襲う。
「フヒッ!効かねぇよ!」
顔面で刺股を受けながらも怯む様子もない工藤。
それでも一瞬、工藤の蹴りの力が緩む。
「ふっ!」
光は滑るように工藤の横へと身体を逸らす。
工藤の蹴りから逃れ、行き場を失った工藤の足裏がコンクリートの壁に激突する。
「チッ!」
ひび割れたコンクリートの壁に突き刺さる工藤の足。
光は身体を真理と玲の方へ躱しながら、刺股で工藤の顔面を突く。
ガンッ!と刺股が側頭部を捉え、工藤を吹き飛ばしながら光は後方へと跳び退る。
「ウヒヒ!!面白れぇ!次はどんなことやってくれんだ!!」
すぐさま体勢を立て直し、光へ肉薄する工藤。
刺股を操り、工藤の攻撃を捌いていく。
校舎内に入ったとはいえ、まだ広い空間のある昇降口を入った先の廊下。
工藤が上下左右に飛び跳ね、回り込み、或いは地を這うように光に迫る。
刺股を器用に操り、工藤の攻撃を防ぎ続ける光。
じりじりと後退し、1階の廊下を職員室の方へと追いやられる防戦一方の光。
「イヒャヒャヒャヒャ!!もっとだ!もっともっともっともっと踊れ!!!」
時にナイフをちらつかせ、牽制しながら光に一撃を入れようとする工藤。
「オラッ!」
工藤が大きくしゃがみ込み、地を這う様な足払いを放つ。
光は軽く後方へと飛び退って着地、追撃を狙う工藤のもう片足を避けるため、光は更に一歩、後方へと飛び退き工藤から距離を取る。
「何だよ先生、もう遊んでくれないのか?つまんねぇと直ぐ殺しちゃうぜ?」
「そんなことはさせないよ。工藤くん、君は罪を償わなければならない。大人しく、捕まってくれないか?」
「あ゛あ゛!?何つまんねぇこと言い出すんだよ。折角面白くなってきたのによぉ……台無しじゃねぇか。もういいや……お前、死ねよ」
先程までの恍惚とした表情から一変、光に憎悪の目を向ける。遊ぶために使っていなかったナイフを握り直し、殺すための動きを始める。
光は右手で刺股の石突を軽く握って右膝辺りに軽く当てる。
左手は柄の中ほどを握って迫る工藤の正眼に向けて構える。
「させないと言っている」
迫る相手の勢いを受け止め、刺股がすっぽ抜けないようにする刺股独特の構え。
(ここで止めさせてもらう!)
槍であれば石突もまた攻撃の手段となる。だが光はそうせずに、あくまで工藤を受けて止めるつもりようだ。
だがあの勢いと力である、1人だけで抑えることはできないだろう。
「……」
それでも、光は落ち着いた様子で工藤の動きを黙ってジッと見つめる。
教室からはみ出して伸びた霊樹の枝葉が廊下の上層を覆う。まともに立って歩けば頭が接触してしまう程の茂りようである。
光は腰を低く落とし、刺股をピタリと止めて工藤の気勢を制す。
狭い廊下、更に飛び越えようにもその侵入を阻む霊樹。上下左右の動きを物理的に制限し、強制的に勝負を一本線上にする。
相対するは刃渡り30センチメートル程のナイフと長さ2メートルを超える刺股。
常識的に考えればどちらが有利か明らかだが、工藤の目はそんな事は欠片も思っていない。
(あぁ……刺してぇ……)
今の工藤の願いはそれだけである。
「オラァァァァ!!」
幾度目かの突撃。
校庭で段々と攻め手の種類が増えてきていた工藤だが、やはりこの状況では攻め手に欠ける。
ナイフを腰に引きながら、光目掛けて低空で突進する。
「大人しく、膝を付いてください!」
刺股の鍬形が工藤の肩口から袈裟懸けに掛かる。工藤の突撃が止まり、そのまま押し倒そうと光が力を込める。
「フヒッ!」
工藤の口角が怪しく上がる。工藤の両手が身体に押し当てられた刺股の鍬形部分を聢握る。
「させません!」
光は想定していた事とばかりに、刺股を後方に思い切り引く。それに釣られて前のめりになる工藤。そこから再度思い切り刺股を押し込み、工藤の身体が後ろに振られる。
「ヒヒッ!何だそれはよぉ?」
「今だ!!」
光が教室の扉に向かって叫ぶ。
「せいっ!」
ガラリと扉が開き、人影が飛び出してく来た。
そして突如、工藤の身体がくの字に折れ曲がる。
「は?」
工藤が間の抜けた声を漏らす。
工藤の背後から現れた西風舘放ったT字の自在ホウキの一撃が、工藤の後膝部を襲う。
致命の一撃ではない。
しかし、光の刺股によって後ろに反らされた上半身、そこに膝カックンの要領で膝を折られた工藤は体勢を崩す。
それでも手にしたナイフは離さず、ナイフを握ったままの廊下に拳を突き立てて転倒を免れる。
「はっ!」
廊下に突き立てられた工藤の拳が、宙に舞い上がる。
西風舘と共に教室から飛び出してきた伊緒が、まるでゴルフボールを打つようにデッキブラシで打ち上げる。
刺股を使った基本的な捕縛術。
前後から挟み撃ちし、膝を折って制圧する作戦が決まった。かのように思えた。
(マジかよ!今のでナイフを落とさないのかよ!)
凝縮された思考の中で、伊緒が毒づく。
工藤の右拳を全力で打ち上げた伊緒が見たのは、未だ手に把持されたナイフ。
デッキブラシの先端で拳を打ち据えられてなお、離すことの無い執念。
(体勢は崩せたけど……直接頭を叩いた方がよかったか……でも、恐らく殆ど効果は無かっただろう……)
後方に仰向けで倒れていく工藤を見ながら、西風舘が冷静に状況を観察する。
伊緒が直接工藤を叩く案もあった。
だが、振りかぶれない状況でどれだけ効果があるか疑問が残り、それならばナイフを一時的にでも手から離す方が効果的と考えて一連の連携を西風舘が提案。
最初、光は廊下での挟撃すら難色を示していたが工藤の捕縛を確実にする為、渋々納得してもらったのだ。
「なんだよ、隠れてたのかぁ?ウヒッ!もう全員でヤロウぜぇ!!!」
工藤は後方へ倒れかかった上半身を、両脚と上半身の筋肉だけで支えて踏み留まる。
「なっ……」
体勢を崩したと思った西風舘の口から、驚嘆の言葉が漏れる。
一瞬の硬直、その隙を工藤は見逃さない。
腕を地面に着かないブリッジの状態で止まった工藤は、西風舘の右足首を掴む。
足首を掴まれた西風舘は咄嗟に下がって工藤の手を振り解こうとするが、余りの膂力で掴まれ、逃げる事ができない。
「くっ!」
「先輩!!」
伊緒は西風舘の足を掴んだ工藤の腕目掛けてデッキブラシを叩きつようと振りかぶる、しかしそれよりも早く工藤が動く。
工藤は西風舘の右足首を握ったまま、思い切り西風舘を引き倒し、おもちゃの人形を振り回すが如く伊緒に向かって西風舘を横薙ぎにぶつける。
「がはっ!」
「ぐっ!」
人間同士がぶつかり合い、教室の壁にめり込んで折り重なる。
「2人とも!」
目の前で生徒2人が吹き飛ばされた。
視界の端で起き上がろうとする2人が見えた。
(――2人は取り合えず無事!ならっ!)
光はすぐさま切り替えて工藤の捕縛に意識を戻す。
刺股を押し込んで床に縫い付けようと力を込める。
が、しかしくの字に折れた工藤の上半身は銅像を相手にしているかのようで、まるで動かない。
「せいっ!」
それならばと、軸足目掛けて足払いを仕掛ける。しかし、光の右足は地を這うばかりで工藤の足を捉えること無く空振ってしまう。
工藤は大きく後方に飛び退き、空中で回転しながら光達と距離を取る。
「ヒヒッ!楽しいなぁ、やっぱり生かしとくかぁ?」
「工藤くん、もう十分だろ。大人しく投降を――」
「あぁ!ダメだ……やっぱ殺す!」
ナイフを握り直し、定まらない情緒に振り回されるがまま、光に切りかかる工藤。
出鱈目にナイフを振るい襲い掛かる工藤。
光は冷静に刺股で受け、捌く。
伊緒と西風舘の横まで歩を進め、2人の壁になる様にして声を掛ける。
「2人とも!無事か!?」
「っててて……何とか……」
「すみません……抑えきれませんでした……」
「立てるか?!」
倒れた2人が立ち上がろうとしていたほんの一瞬、光の意識が工藤から外れる。
「オラァ!!」
工藤の前蹴りをまともに刺股で受けてしまい、後方へ押し込められる。
「こんな切れ味じゃダメだ!もっとだ!もっと鋭く!鋭利に!全部切り裂くために!!!」
三度輝くナイフ。
廊下に漂っていた翠色の霊子がナイフに集まり、翠色の霊子が膜の様に刃体に纏わりつく。
「ケヒッ!いくぜぇ?」
霊子を纏ったナイフを手に、工藤が踏み込む。
ナイフを受けようと、刺股を突き出す光。
アルミ製の刺股の鍬形部でナイフを受けた、はずだった。
カツンと軽い金属同士の衝突音。
しかし光の手に伝わる衝撃は先程までと打って変わって小さい。
(えっ……)
余りの衝撃の無さに驚く光。
「イヒッ!」
工藤は返す刃で再度刺股にナイフを当てる。
刺股は横に振られることなく、小さな衝撃だけが手に伝わる。
(刺股が……切れた……?)
光の目の前で刺股の先端部が落下し始めていた。
「フヒッ!」
迫る工藤、把持した柄に伝わるのは、相変わらず小さな衝撃のみ。
柄の1/4が静かに落下し始める。
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