第15ー1話 作戦
「耶蘇先生よぉ、俺は高校入った時からあんたの事が気に喰わなかったんだ。これでも我慢したんだぜぇ?だがなぁ、今の言葉、大分きたね!俺を止める?俺は俺のやりたいようにやる!俺がこの世界の主役なんだよ!お前が俺の邪魔をするな!何時も何時も俺の邪魔ばっかりしやがって!俺が正しい!俺が神なんだよ!!」
耶蘇光を見た途端に吠える工藤。
勿論、光が工藤に何かしたわけではない、大凡ただの逆恨みや嫉妬の類だ。
「……」
光も分かって入るが、時間稼ぎと敵意を自分に向けさせるため、黙って工藤の話を聞く。
だが、工藤にとってはその態度が余計に神経を逆撫でしたのだろう、更に激昂し吠える。
「何黙ってすかしてんだよ!そう言うところがムカつくんだよ!あ゛あ゛っ!!全部ムカつくぜ!全部だ!俺の思い通りにならない世界全部ムカつく!!」
己の不名も、上手くいかない日常も、自身の意思に関係なく進む世界も、全てが光のせいだと言わんばかりの叫び。
或いは、世界そのものを呪う言葉。
抑圧された心は、理性の檻の中に在った欲情は、己の世界でのみ漏らしていた本音は。今、何物にも縛られることなく解き放たれたと叫ぶ。
「やっと現れたんだ!俺の世界がっ!俺の理想の日常がっ!だからよぉ……」
呪った世界の果てに零れ落ちてきた理想郷。
待ち焦がれた日常。
この世界を侵すものは何人も許さないと心から願う。
欲望と言う名の願いを正面から受け入れた少年は、侵略者を打倒さんと駆け出す。
「俺の邪魔をするなぁぁ!!」
右手にナイフを振りかざし、激昂した工藤が光を掛けて詰め寄る。
「ふぅ……」
光は軽く息を吹き、刺股の中程からややその後方を右手で握り、更に前を左手で握る。
力は入れ過ぎず、軽く握るだけだ。
本来の刺股の使用方法とは違い、槍の操法である。
止めて、捕縛するための刺股と、突いて殺すための槍。同じような長さの得物でも、そもそもの目的が異なる。
光は工藤を殺そうとしている訳ではない。しかし、広い校庭という空間において、長重な刺股は工藤の動きに付いていけない。
そこで光は一旦捕縛を諦め、時間を稼ぐことに切り替えたのだ。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!」
「ふっ!」
吐く息と共に一閃。
襲い掛かる工藤の顔面目掛けて、最短で最速の突きを放つ。
槍の操法ではあれば、的の小さな顔面よりも胴を狙った方が致命傷を与える可能性が高いのだが、光は敢えて顔面目掛けて刺股を繰り出す。
(止まれ!)
顔面に向けて突きを放つのは刺股の使い方としては常套手段。特に襲い掛かってくる相手に対して顔面に牽制を込めた突きを放つことは、当たるにしろ当たらないにしろ相手の勢いを殺し、その場に止める効果がある。
激昂して、ただ突っ込んでくる相手に対しては有効な一撃である。但し、それが通常の人間であればの話である。
(しまった、思い切り当ててしまった……)
刺股の鍬形部分が工藤の顔面を捉える。
顔面に思いっきり当ててしまったことをピクリとだけ反応し、すぐに刺股を引き戻す光。
(手で払うこともしない……やり過ぎたか……!?)
工藤は仰け反るだけで倒れない。
工藤と目が合う。
目を見開いたまま、光を真っ直ぐに見据えていた。
「イヒっ!」
口元が大きく開き、ニヤリと笑い狂気の声が漏れる。
その場でヌルリと体勢を低くし、刺股の下に潜り込んで一気に間合いを詰める工藤。
刺股のような長物は自身の間合いに入り込まれると、途端に動きが制限されてしまう。
足元から這い寄る様に迫る工藤。
「速い!だが……」
光も長物の弱点はよく理解している。だから刺股としてではなく、槍として構えたのだ。
それでも生徒を殺傷するつもりは無く、制圧できればいいと考えていた。
その為の牽制だったのだが、工藤はお構いなしに突撃し潜り込まれてしまった。
だがそれで慌てる光ではない。
「甘い!」
刺股の石突きを迫る工藤に向けて左逆袈裟から掬い上げる。
工藤は身体を捻り目の前に迫った石突を紙一重で躱す。石突が工藤の髪をかすめ、空を切る。
「っ!」
当たると思った一撃が躱される。光の目が見開く。
勢いは衰えたがそのまま光へ殺到しようと、もう一歩を踏み出す工藤。
「ケヒッ!」
勝利を確信したような歓喜の声が漏れ、ナイフを持った右手を振り上げる。
「はっ!」
だがそんな単純な動きを光は逃さない。
カチ上げられた刺股の石突を再度ナイフを持った右手目掛けて振り下ろす。
生身の腕と金属の刺股がぶつかり合って、発する音とは思えない硬質な音が響く。
(く、硬いな……それに力も……)
ナイフを落とすために強く打ち付けたつもりだった。しかし、振り下ろしの一撃は受け止められてしまった。
ギリギリと鍔迫り合いのように刺股と右腕が拮抗する。刺股伝いとは言え、光は全く押し込めない工藤の力に驚嘆する。
「やるねぇ先生ぇ、でもそんなじゃあ無駄だぜぇ?フヒッ!」
工藤らそう言いながら右手をずらし、刺股を滑り落とす。
石突が校庭にぶつかる瞬間には工藤は飛び上がっていた。
「おらぁ!」
空中で体勢を変え、蹴りが光の頭部を襲う。
刺股を両手に持ち、防御が間に合わない。一瞬の判断で両脚を開いてその場に身体を落とし込む。
今度は工藤の蹴りが空を切り、光の頭をかすめる。
「はっ!」
光は宙に浮いている工藤を逃さない。
飛び上がることは基本的に動けない体勢だ。その隙を突かない訳にはいかない。
刺股の鍬形部分を上段から振り下ろす。
工藤が右手で受け止めるも、光が力一杯に刺股を振り抜く。
「ぐっはっ!」
校庭に叩きつけられる工藤。
普通であれば決まる一撃だが、光は油断なく工藤を目で追う。
(この程度では止められない……)
光はそう考えていた。
それでも僅かな隙は作れる。
「西風舘くん、玲ちゃん!2人を!!」
「はっ、はい!」
光は倒れている真理と伊緒を見て2人に目配せする。
突如始まった光と工藤の攻防に昇降口から呆気に取られて見ていた玲が我に返って返事をする。
西風舘は無言のまま駆け出し、倒れた真理と、漸く立っている伊緒の下に走る。
「イヒヒヒ。あぁ……ダメだこんな……すぐに殺そうと思ってたんだけどよぉ……こりゃあ無理だよな……楽しすぎるぜぇ、先生?」
何事も無かったかのように、制服に付いた土埃を払いながら立ち上がる工藤。
「そうか、僕としては大人しくナイフを捨てて、投降してくれた方が嬉しいんだけどね」
「つまんねぇこと言うなよ先生!もっとヤロウぜ?そんでもって、俺に殺されてくれよ、なぁ?」
「それは遠慮しておくよ、僕も痛いのは嫌んでね」
「フヒッ!大丈夫だって先生ぇ、気持ちいいかもしれねぇだろ?試してみようぜっ!」
工藤の標的は光に移ったのか、西風舘と玲が伊緒と真理の下に向かって走ることには興味を示さない。
光は背後を2人が駆け抜けてのを横目で確認しながら、今後の展開を組み立てる。
(まずは伊緒くんと真理ちゃんの避難が先決、そのための時間を稼ぐ。そこから校舎内に入って工藤くんの動きを制限する。あとはどうやって制圧するかだが……こいつじゃは有効打にならないなぁ……)
手に把持した刺股をチラリと見ながらどうしたもんかと思案する。
「もういいかよ先生ぇ?続きやろうぜ!」
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