第13ー2話 交戦
工藤は真理を見ずに右手で真理の突きを阻んでいた。
「くそ、じゃあこれはどうだ!」
伊緒が掴まれた足を屈伸させ、自ら工藤の頭にしゃがみ込む。
右腕を工藤の前傾部に回し、右手首を左手で掴む。
所謂裸絞、チョークスリーパーの形になる。
「喰らえ!」
更にそのまま重力に身を任せ、工藤を後ろに引き倒しながら自身の身体を地面へと急降下させる。
常人であれば絞めただけで甲状軟骨や舌骨が折れ、一撃で頸椎が砕ける危険な技。
それすらも厭わない程に、伊緒は工藤が危険と判断したのだ。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びと共に自らを落下させる伊緒。
そのまま地面に激突するかと思われたが、工藤が海老反りなって状態で止まる。
首の筋肉で伊緒の体重を支え、全身の筋肉で倒れる身体を押し留める。
首から腕を離さない伊緒、伊緒の右足を離さない工藤。
「はぁっ!?」
伊緒が驚きを通り越して、呆れた声を漏らす。
「はぁぁぁっ!!」
真理が右拳を掴まれたまま、右から工藤の左脇腹目掛けて膝蹴りを放つ。
両手が塞がった今、工藤にこれを防ぐ手段は無いはず、だった。
真理の目の前に背中が見えた。
見慣れた背中、少し猫背で自信なさそうにしている伊緒の背中。
「きゃ――」
「ぐへっ――」
悲鳴すらも中断させられ、伊緒が背中から真理に衝突する。
ドサッと2人して校庭に転がされてしまう。
工藤は伊緒の身体を首と全身のバネだけで真理の方へ放り投げたのだ。
前に反動をつけることで首に決まっていた伊緒の腕を外し、そのまま真理の膝蹴りも中断させる。
「……何だよあの力……本当に人間かよ」
「さぁ……どうだかね。人間辞めたんじゃない?」
伊緒と真理が立ち上がりながら工藤の変貌具合に愚痴をこぼす。
「ケヒッ!イイだろこれ!最高だよな、この世界!!俺の!世界!!イヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」
自分に酔いしれるように高笑いを続ける工藤。
「……真理、最初の予定通りいこう」
「っっ頭痛った……そうね……光さん達が来るまでなんとか持たせないと……」
「身体大丈夫か?畜生、何でもいいから獲物が欲しい……」
「そんな隙ないでしょ、私の無手に合わせないさ」
「へい……」
伊緒と真理は当初の予定通り、時間を稼ぐことに戻す。
最初の一当てで“いける”と思ってしまったことが、自らを危険に晒したのだ。
過信は即ち死を意味する。今の一当てで十分理解できた。
まだ工藤が遊び感覚でいるから生きているだけだと。
「イヒッ!そろそろ続きやろうぜぇ。次はどんなの見せてくれるんだっ!」
工藤が跳ぶ。
伊緒と真理までの距離は5メートル程だが、工藤は助走なしに跳び出して一気に距離を詰める。それでもヒトの背丈よりも高く、4メートル近くまで飛び上がっただろうか。
「おらぁ!」
大きく右足を振り上げ、真理に向かって振り下ろす。
「くっ……」
真理が工藤の踵落としを避けようとするが、ズキリと頭が痛む。
一瞬の初動の遅れ、真理は避けることから受けることへと体勢を切り替える。
校庭が割れ、音土煙がもうもうと上がる。
「真理!」
伊緒が叫ぶ。直前まで見えていた真理はあの蹴りを受けようとしていたが。
(あんなもの受けたら……ひとたまりも……)
砂煙が割れた。
「イャッハー!」
飛び出してきたのは工藤1人。
「くそっ!真理は!」
「フヒッ!向こうで転がってるぜ?」
「ッ!」
真理の所へ向かおうとする伊緒。だが、そんな事は工藤がさせない。
「ヒヒッ!つれねぇなぁ?俺と遊ぼうぜ!」
工藤が突きと蹴りを連続で繰り出してくる。完全に受け手に回ってしまい、真理を助けに行けない状況になってしまう。
(くそっ!これじゃ真理の所に行けない!それに……)
連続で繰り出される突きと蹴りを捌きつつ、伊緒はある違和感に気が付く。
(こいつ、俺にもナイフをわざと使ってないな……)
工藤の動きはまだ素人の動きであり、直線的で分かりやすい。多少のフェイントを入れようとも分かっていれば対処できるものだ。
防がれるのが分かっているのに、工藤は敢えてナイフを使かわない。
「ケヒッ!あ゙あ゙ぁ……楽しいなぁ……もっとだ……もっとヤらせてくれ!」
「ぐっ!早く、なった!?」
一段速度を上げる工藤の動き。回避に専念しているはずの伊緒が押され始める。
一撃一撃が常人の必殺の一撃に匹敵する威力があり、まともに受けることはできない。なるべく躱し、逸らし、往なす。
その処理が追いつかなくなっていく。
「イヒッ!イヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」
(――速度だけじゃなく、威力まで)
工藤は速度を上げ、手数を増やしたのかと思われたが、次第に威力も増していく。
「おらっ!」
完全な不意打ちを食らい、工藤の額と伊緒の額が合わさって鈍い音が響く。
「っ、頭突き……」
「もう1発いくぜぇ!おらっ!」
また頭突きかと腕を上げ、警戒する伊緒。
その無防備な横っ腹を工藤の回し蹴りが一閃。
「がっ!」
肺から空気だけが漏れて伊緒が吹き飛ばされる。
校庭を転がり、辿り着いた先で何かにぶつかって止まる。
「ゲホッ!い、ってぇ……え」
上半身を何とか起こし、身体の無事を確認しようとする。
伊緒の左手に何かが当たる。
そこには真理が倒れていた。
「嘘だろ……おい!真理!しっかりしろ!」
慌てて真理に声を掛けるが意識がない。
「おい!起きろ!寝てる場合じゃないだろ!!」
身体を揺すり、呼びかけ続ける伊緒。
呼吸はしている、目立った傷もない。気を失っているだけのようだ。
だが、今この状況で意識が無いの事は、死に直結する。
「マジで冗談じゃないから起きろ!」
「うっ……うるさい……耳元で、騒がないで……」
「意識戻ったか!ってかそんなこと言ってる場合かよ!あいつが来るぞ!このままじゃ何時やられてもおかしくないんだからな!」
漸く上半身を起こした真理に向かって、伊緒が叫び続ける。
工藤はゆっくりとこちらに向かって来ており、時間がない。
「うっ……頭痛い……あいつ……私の顎に思い切り入れた……上手く……立てない……」
「くそっ!脳震盪か!何とか動けるようになってくれ。それまでは俺が何とかするから」
「くっ!私が……弟を……守んなきゃ……いけないのに!」
無理矢理に身体を動かし手をついて立とうとするが、上手く立ち上がれない。まだ身体を上手く動かすことが出来ないで藻掻いている。
「そう言うのはいいから。たまには兄貴らしくさせろ」
「……足、がくがくじゃない、生意気」
「うるせ」
「いいねぇ!頑張れお兄ちゃん!!」
突如現れた工藤が伊緒の顔面に向かって跳び蹴りをかましてくる。
頬を掠りながらもギリギリで交わした伊緒。
「ケヒッ!いいね!もっと続きヤロウぜ!!」
工藤の連続攻撃が再開される。一撃一撃ごとに速度と重さを増していく。
(何なんだ、あいつかドンドン早く強くなっているのか?俺が遅くなっているのか?)
工藤の力が増しているのか、伊緒の反応が落ちているのか。
工藤の攻撃を凌ぎながら、ひたすらに時間を稼ぐ。
「まだだ!いぃ!もっとヤロウぜ!!」
「誰が、やるかよ、そんなもん――とっとと、終わらせてやるよ、こんな!糞見たいな世界!!」
「あ゛ぁ゛?」
工藤の表情が一変する。
先程までの享楽的な表情から一転、ゴミを見る様な目で伊緒を見ている。
「何だよ、お前もそんなこと言うのかよ。やっぱいいや、お前、もう死ねよ」
冷めた目でナイフを順手に握り直し、構える工藤。
「やれるもんならやってみろ、俺は死なねぇよ」
(くそっ!煽ってる場合じゃないだろ!どうする!?真理はまだ動けないか!?)
じりじりと迫る工藤に、少しずつ後ずさる伊緒。
「まぁ、死ねや」
「くっそぉ!」
工藤が走り出そうとした、そこ時。
「やめるんだ工藤くん!そこまでだ!!」
待ち望んだ男が声を上げる。
次回更新は火曜日午後6時です!
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