第9ー1話 生存確認
途中に転がる車と一体化した霊樹を脇に見ながら、仁代星斗と亜依を乗せたカブは高校への田舎道をひた走っていた。
「亜依そろそろ学校に着くぞ」
「うん」
程なくして畑の中に大きな建物と大きな欅の木が見えてくる。
星斗が亜依に声をかける。
すぐに正門前に着き、星斗は亜依を乗せたままカブのセンタースタンドを下ろす。
ガタンと亜依ごと持ち上がり、亜依にそのまま待つ様に伝えた星斗は閉じられた正門を開けに歩き出す。
「いよっと!」
普段の癖で思いっきり重い鉄の門扉を横に引くが、星斗が思うよりもずっと軽く鉄の門扉が動き出す。
「うおっ、軽いな!」
余りにすんなり動いた事に驚きながら、時折ガタンガタンと音をたてて鉄製の門扉が開いていく。
建付けも悪く重いはずのなのだが、星斗は大した力を込めたつもりがない。
「んんん……やっぱり身体おかしいな……この辺は後で検証だな……とりあえず行くか」
門扉を開け、カブに戻った星斗はカブに跨って走り出す。
正門から見える先には校舎と校庭があり、ちょっとした林の小道を抜けていく。
「誰もいないのか……」
校舎からは霊樹の枝葉が青々と伸びているが、見える範囲に人は居ない。
星斗は不安になる心を押し留め、バイクの速度をあげる。
こんもりとした林を抜け、校舎と校庭が目に入る、校庭には大きな欅の木が1本生えており、外周には桜の木が植えられている。
まずに目に留まるのは大きな欅の木、入学式の時に見たこの学校のシンボルと言える大樹だ。
入学式の時の新緑よりも青々と葉っぱが茂っているのが見えるが。
「何か……光っている……?」
欅の木はその枝葉や幹を翠色に光らせていた。
まるで霊樹が霊子を生み出しているかのように、その巨体から翠色の霊子が溢れ出ている。
「……あれも霊樹なのか?」
星斗はそんな疑問を抱きながら校舎の正面にバイクを駐め、センタースタンドを下げて亜依を抱いて降ろす。
「お父さん、あの大きな木、光っているね」
「ああ、普通の欅の木のはずなんだが……何でか知らないが光ってるな……」
星斗の記憶では普通の欅の木が生えてたはずである。
ここに来るまで、霊樹は沢山見てきた。
「霊樹は元人間だったものだよな……その霊樹から出ている翠色の光が霊子……」
立ち止まって星斗が何やら考察している。
「犬や鳥は霊樹になっていなかった……今までどおりの姿だ……猪と熊が巨大化してたけど……眼が翠色に光ってたな……何か関係があるのか?例外なのか?」
亜依が心配そうに星斗を見上げている。
「植物はどうか、霊樹以外の草花はいつもどおりだった……今のところそんな化け物には出会ってはいない……でも……」
それでも目の前の景色に、星斗の中の何かが警告を発する。
――植物だけ例外が無いと言えるのだろうか?――
あの大樹が暴れ回ると思うと、どうしようもない未来しか見えない。
「とりあえず、今は大丈夫かな?」
今はそんな兆しは無いらしい。
欅の木を見つめながら星斗は亜依に声をかける。
「あの欅が何もないうちに、みんなの所に行こう」
「うん。あれ……お父さん!あそこ!人が倒れてるよ!!」
「……人?」
嫌な予感がした。
この世界が変貌し、終末世界になってから出会った生きている人間は、亜衣とその母親のみ。
亜依は魂の状態で出会っていることから別に考えるとして、まともの形をした人には2人以外見ていない。
なのに亜依は、人が倒れていると言ったのだ。
(生きてるならいいんだが……霊樹に変わらないで倒れてる……嫌な予感がする……)
ゆっくりと欅の木から校庭へと目を向ける。
そこには確かに人が倒れていた。
(大人の……男性か?)
スーツを着た、男性と思しき人が確かに倒れている。
そして、動く気配はない。
周囲には誰もおらず、よく見ると校庭は何かが暴れたかのように荒れている。
更に周囲を確認すると、千切れ跳んだ霊樹の幹が散らばり、校庭に隅には車が転がっている。
ここで何かが起こったのだ。
(何が起きた……嫌な予感しかしないぞ……)
様々な現場を経験してきた星斗の”感”がそう訴える。
そして傍の亜依に目をやり、逡巡する。
「亜依、お父さんがちょっと様子を見てくるから、ここで待てるか?」
亜依には見せない方がいいかもしれない。
星斗はそう直感しここで待てるかと聞いてみる。
「えっ……でも……ちょっと怖い……かも……」
亜依も異様な雰囲気を感じたのか、星斗を見上げ制服の裾を掴んで離さない。
(この状況で置いていく方が酷か……)
亜依の目を見てすぐに考えを改める星斗。
「分かった、一緒に行こう。怖くなったらお父さんの後ろに居なさい」
「うん……」
小さく頷いて返事をする亜依。
2人はゆっくりと校庭に歩き出し、倒れている人の元に向かう。
要救助者だとしたらすぐにでも駆けつけなければならない状況だが、今は自分達の安全が第一優先である。
荒らされた校庭をゆっくりと進む。
(今のところ何もないか……)
怪しく光る欅の木や、校舎を警戒しながら歩みを進める。
やがて倒れている人がよく見える位置まで近付いた。
「ぁっ……」
亜依の小さな呟きが漏れる。
「――っ!亜依、お父さんの後ろに居なさい」
星斗もすぐに状況を把握し、亜依を背中の後ろに下げる。
そこには白いYシャツに真っ赤な染みを作り、四肢をだりと伸ばし、苦痛の表情のまま目を見開き倒れている5、60代の男性の姿が見えた。
一見して動きは見られない。星斗は亜依を庇いながらゆっくりと倒れた男性に近付いていく。
「亜依、辛かったらここで待っていなさい。お父さんはあの人を確認してくる」
「……大丈夫……お父さんの側に居る……」
「……分かった、辛かったらすぐに離れていいからな」
星斗は亜依を後ろに庇いながら、倒れた男の前まで辿り着く。
星斗は周囲を確認する。
やはり誰も居ない。
欅の木も相変わらず翠色の光を発しているが、特に変化の兆しはないようだ。
「ちょっと調べてみるから、亜依は周りを見ていて貰えるか?誰か人が居たら教えてほしい」
「……うん」
◇◇◇
亜依は倒れた男から目を離し、怪しく翠色の光を放つ欅の木を見上げる。見上げた先には若葉を茂らせた太い枝が幾本も枝分かれし、隙間から5月の青い空がのぞく。
微かな風に葉が揺れ、翠色の霊子の光をはらはらと降らしている。その霊子の粒も風に乗って揺れながら流され、やがて溶ける様に消えていく。
「うわぁ……」
非日常的な美しい光景。
亜依は今の今までビクビクしながら星斗の背中に隠れていたことを忘れて、見惚れてしまう。
「――ぁ、れ……」
亜依の目から涙が零れる。
何故自分が泣いているのか分からず、混乱する亜依。
手で涙を拭っている間も、欅の木から目が離せない。
美しいと思える光。でも何処か悲しいと思える光景。心の奥底に引っかかる何かが想起されようとするも、上手くいかない。
もどかしい気持ちを抱きながら、亜依は揺れる欅の木を見続ける。
「――あっ」
謎の感傷も静まり、父親に言われた周囲の確認をしようとした時、欅の木のある変化に気が付く。
「光が強くなったり……弱くなったりしてる……?生きてるの……?」
それはひどくゆっくりとした脈動の様であった。
霊子の光がゆっくりと明滅している事に気が付いたのだ。
「光を……吸収してる?」
更に、枝はから放出されているとばかり思っていた霊子の光は、脈動に合わせて欅の木に吸収されているようだった。
空中を漂う霊子の光を吸い寄せ、枝葉から取り込む。その際に零れた霊子の光が、あたかも霊子を吐き出しているかの様に見えていたのである。
「お父さん――」
亜依が星斗に声を掛けようと振り返ったが、その続きを紡ぐことはできなかった。
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