第8ー2話 カブ
亜依は素直に凄いと褒める。だが星斗本人は自身の身体に起こった変化に戸惑い、困惑していた。
巨大猪の時といい、巨大熊やルフと呼ばれる男の時といい、今日だけで別人の様に身体が変化している。
そのお陰で生き延びているものの、自分が得体のしれない”何か”に変化していっていると思うと、恐怖が込み上げてくる。
(身体が丈夫になっただけじゃなく、力も強くなっている?強くなっているとか、そういう問題でいいのか?)
「お父さん!そのまま持ち上げて、行っちゃえばいいんじゃない?」
「……お、おう……そうか、やってみるか……」
今は考えている暇もないことを思い出し、星斗は亜依に言われるがまま、カブを再度持ち上げてみる。
「軽い……さっきよりも軽くなった気がする……これなら行けるか?」
「頑張って!お父さん!!」
「ふんっ!!」
星斗は再度キャリアのグリップバーとハンドルを握り、腕を両脇に引き付け、背筋に力を込める。そのまま全身を使って身体を後ろへ反る様にしてカブを持ち上げる。
込めた力の割に、呆気なくカブの両輪が地面を離れ、宙に浮く。
そしてそのまま、勢い余って水平近くまで持ち上がってしまう。
「っと、ガソリンが漏れたらマズい。にしても簡単に持ち上がったな……」
「お父さんこっちこっち!ここからなら通れそうだよ!」
星斗は力の込め具合と、刻々と変化していく自身の身体に四苦八苦していた。
そんな中で、亜依は葱畑の中に突っ込んだ車と車の隙間見つけ、霊樹の枝を持ち上げながら星斗を呼ぶ。
何とか安定してカブを持ち上げたまま維持できるくらいに力を調節し、ゆっくりと歩き出す。
「ゆっくり行くから、ちょっと待っててくれ」
「分かったー」
歩道から畑に下り、畝を1つ1つ丁寧に跨いで越え、亜依が待つ場所の畝までカブを持ち上げたまま跨ぐ。畝の堅くなった土の上を1歩ずつ確実に歩いていく。
ベシベシとカブのタイヤが葱に当たり、葱の葉と葱坊主が揺れる。
育った作物に傷を付けるのは本意でない。
申し訳ないと心の中で謝りつつ、星斗はゆっくりと丁寧に歩みを進めていく。
「亜依、そこをくぐるから、枝を持ち上げたまま隣の畝にいけるか?」
「行けるよ、ちょっと待ってね」
亜依は隣の畝へと大きく飛び越えた。亜依の身長で畝を跨ぐのは、畝の底から葱の頭までの高さが高すぎる。飛び跳ねて越えるしかないのだろうが、そう、両足を揃えて易々と葱に触れることなく跳び越えてしまったのだ。
この時期の葱は、昨年に植え付けられて成長しきった状態である。土寄せもされていることで、畝の底から葱の葉の先までだと1メートル以上の高さがある。
亜衣の身長が120センチメートル位とすると、自分の身長に近い高さを跳び越えている事になる。
亜依もまた星斗と同じように、身体に何らかの変化が起きているのだろうか。
星斗は亜依の姿を見ながら、ふとそんなことを思う。
願わくば、これ等の変化が悪いものでない事を祈り、亜依へ身体に不調がないかを問う。
「亜依、身体の調子は大丈夫か?変な所はないか?」
「うん?大丈夫だよ?亜依の体、何かおかしい?」
星斗の問に亜依が不思議そうに答える。
「いや、何か凄い跳んでたから……大丈夫ならいいんだ。亜依の運動神経がいいのかもしれないし、体の持ち主の亜衣が運動神経良かったのかもしれないし」
「んー……分かんない。お母さんといた時は身体無かったし……亜衣の記憶にもそんな記憶は無いし……」
亜依にはそもそもとして、肉体を持って動いた記憶が無い。あるのは美夏から教わった知識と、亜衣が持つ記憶だけである。
そも亜衣は幼稚園児であり、そんな高く跳べるはずもないのだ。
何らかの原因で星斗だけでなく、亜依の身体にも変化が起きているのは間違いないようだ。
「そうか……まあその辺は後で調べてみようか。ああ、ちょっとそこの枝を持ち上げてもらえるか?」
「うん、分かった」
亜依が霊樹の枝を持ち上げ、その隙間を星斗がカブをくぐらせる。
そのまま葱畑の中を進み、適当な所で道路まで再度葱を跨いで歩いていく。
常人では考えられない膂力でカブを持ち上げ続け、大して疲労することも無く歩道まで上がる。
「よっと」
歩道を乗り越え、車道にカブをそっと下した星斗は軽く息を吐く。そしてカブを持ち上げていた、自身の両手を見て再度握ったり開いたりする。
「……全く何ともない」
「お父さん凄い!やっぱり力持ち!」
亜依が駆け寄ってきて、星斗を純粋に凄いと羨望の眼差しを向ける。だが当の星斗は素直に喜べる状況ではなかった。
(後でゆっくり調べないとな……)
自身の身体の変化がどういった原因で、どんな影響を受けているのか。更に星斗だけなく亜依にもその変化の様子が見られる。
これが身体に悪い影響がなければ良いが、もしも、何らかの悪影響を及ぼしているのであれば、早急に対策を考えなければならないだろう。
(それに……あの弾のこともあるしな……)
星斗は小学校での猪との戦いや、先程の林の中での戦いを思い出し、その時に掌の中に現れた紅と翠の銃弾を思い出す。
無我夢中で銃弾を創り出し、巨大猪に撃ち込んだ1発。
霊子を意識し、自らの意思で銃弾を創り出し、あいつにぶち込んだ1発。
その後誰の手も借りずに創り上げ、熊に食らわせた2発。
合計4発の銃弾を創り、撃ち込んできた。
通常の銃弾も撃った。警察官として一生に一度有るか無いかの経験だ。
それを上回る出来事が、起こり過ぎている。
あの銃弾は薬莢も残らず、空気中に霧散してしまって手元には何も残っていない。
一緒に戦った管理者の男と女から教わった、「願い」を霊子に込めた銃弾。
そもそも「霊子」とは何なのか、それを生み出す元人間の「霊樹」とは一体何なのか。
考えても答えに辿り着ける訳がないが、元凶は分かっている。
「ルフ」と呼ばれる男が「彼の方」と呼ぶ者の為にやったのだと。
「お父さん?」
「ん……ああすまん。考え事してた、みんなの所へ急ごうか」
カブを置いてそのまま考え込んでしまった星斗を見て、亜依が心配そうに声を掛ける。
星斗も今やるべき優先順位を思い出す。
ヘルメットを被った亜依の頭をポンポンと叩き、亜依を持ち上げてカブに乗せて自身も跨る。
「さて、行きますか」
「しゅっぱーつ!」
2人を乗せたカブが元気よく走り出す。
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