第8ー1話 カブ
空冷4ストロークSOHC単気筒エンジン独特の排気音だけが響く。星斗と亜依の乗った白い愛機が、対向車も人も全くいない道をひた走っていた。
「もう少しで着くからしっかり掴まってろよ!」
「うん!」
仁代星斗は娘の亜依に話しかけ、自身のキツイ乗車姿勢を誤魔化す。
(この体勢は本当に乗り辛い……学校までもう少し……頑張れ、俺!)
娘に大変な想いをさせる訳にはいかず、かと言って他に素早く移動できる手段もない。星斗はカブのスロットルを全開までひねり、現状出しうる限りの最高速度で深山高校へと向かっていた。
途中、亜依の身体の元の持ち主である、亜衣の家の車を借りれば良かったと何度かそんな考えが過ぎった。
しかし、車両がそこかしこで交通事故を起こし、霊樹と共にアスファルトに縫付けられている状況である。それらを鑑みるに、小回りの利くバイクが一番速度を出せる選択肢だという結論に戻ってくる。
そんな事を考えていると、目の前に信号待ちの車に追突し、玉突き事故を起こしている車両の群れが見えてくる。
車両は折り重なり、霊樹が根を張って道路を塞いでいる。
「あー……これどうするかな……」
「お父さん?」
カブの速度を緩めて交差点前で停車し、路肩にバイクを寄せる。
そこは比較的大きな県道同士が交わる交差点だが、複数の車両にバスが突っ込んで、交差点を塞いでいる。幸い火災にはなっていないようだが、各車両の運転席や助手席から霊樹が生えてアスファルトに根を張っている。観光バスと思しき大型のバスは窓ガラスが割れ、霊樹が枝葉を伸ばし放題になっていた。最早こんもりとした古墳の様な、小高い霊樹の丘を形成している。
「都内からの観光バスか……最近増えてたからな。子爵様効果かな」
子爵様とは、深山市出身の江戸時代から明治時代にかけて活躍した偉人である。
深山市には生家や所縁の地が複数あり、大河ドラマや新紙幣発行のお陰で、最近は都内等から観光バスに乗って訪れる人が増えていた。
星斗が受け持っている七元駐在所は、その偉人の生家も管轄として受け持っている。他にも管内には偉人の師匠の家や、お祭りの行われる神社、資料館等がある。
星斗も一通り見学したり、親戚筋の人達とよく話しており、現在100歳近い人達はその偉人の事を「子爵様」と呼ぶ。
同時期活躍した政財界の大物達の中で、唯一男爵の1つ上の子爵を賜った事に由来する呼び名である。
余談だが、駐在所のすぐ北側の道は旧七元村のメインストリートであり、その道は「戦勝通り」と呼ばれており、偉人の生家があった場所の正門まで延びていたそうだ。
「お父さん、どうする?」
「んー……、まだ歩いて行くには遠いいんだよなぁ……」
県道であるため、歩道はあるが追突してはみ出した車両が道を全て塞いでいる。
更にその車両から霊樹が根を下ろし、アスファルトに食い込むようにガッチリと車体を縫い付けていた。
星斗と亜依は何処か通れそうな場所がないかと、辺りをキョロキョロと探して回る。どうしても駄目であれば、回り道しなければならない為、できればこのまま進みたい。だが、道路は完全に塞がれてしまっているようだ。
「これは厳しそうだな……引き返して迂回するか……」
星斗は道路が塞がれて通行できないと判断し、迂回しようと考えていた。
そんな星斗に亜依が声をかける。
「ねえお父さん、こっちから行ったら駄目なの?」
亜依は道路脇の畑を指差しながら、そんな疑問を投げかける。
県道は片側1車線の車道に、縁石で区切られた歩道が設置されている。歩道の両脇は畑になっており、まだ収穫されていない時期遅れの葱が植えられている。体だけで葱を跨いで歩いて行くならば、問題なく霊樹の森を迂回することができるだろう。
だが、バイクを走らせるとなると、無理がある。
土寄せして高くなった畝、そして畝と畝の間隔は狭く深い。
固く締まった土は簡単には崩れず、行く手を阻む。
「持ち上げられれば早いんだけどな……」
どうしたものかと思案する星斗は、カブに手をかけ、荷台を持ち上げる動作をしてみる。
ガタッと荷箱が音を立て、カブの後輪が軽く浮き上がる。
「えっ――」
星斗は一瞬、センタースタンドを立てていて、後輪が持ち上がっただけかと思った。だが、センタースタンドでは立ててはおらず、サイドスタンドで駐輪している事を思い出した。
未だ大した重量感も感じずに、カブの後輪を持ち上げている自身の手を見て、星斗は自分の手とは思えない不思議な感覚を覚える。
それと同時に、不気味なものを見ている気がして慌ててカブの後輪を下す。
「今、なから軽かったぞ……」
自分の手とカブを交互に見ながら、星斗は今起こった事が夢ではないかと疑う。
今現在が悪夢の様な世界のため、夢なら覚めてくれと思ってしまう。
だがそんな都合のいい事は起きない。星斗は現実を確かめようと、もう一度カブの荷台に手かける。今度は両手でバランスを取りながら荷台を持ち上げる。
「軽!!」
ヒョイっと音が鳴るような簡単さで、カブの後輪が持ち上がる。特に踏ん張ることもなく、持ち上げ続けられてしまう。
「お父さんすごーい!」
「どうなってるんだこれ……」
亜依の無邪気な歓声とは裏腹に、星斗は今起きている事が理解できずに混乱していた。
余りの軽さに思わず右手で離してしまうが、左腕1本でカブの車両重量を支えられてしまっていた。
カブの車両重量は100キログラム近い。いくら後輪と荷箱だけとは言え、それなりの重量だ。
それをあたかも、自転車を持ち上げるような感覚でできてしまったのだ、現実も疑いたくなるというものだろう。
持ち上げた後輪をそっと下し、自身の両手を握ったり開いたりして、感触を確かめる。
「特に変な感じはしないんだけどな……」
「お父さん!もう1回やって!」
「ぉ……おう……やってみる……」
今度はカブの左横に回り、右手でキャリアのグリップバーを、左手でハンドルを握り、力を込めて真っ直ぐ上に持ち上げてみる。
ズズッとカブの車体が持ち上がり、両輪が宙に浮く。
しかし、星斗は大した力を込めてはいない。
更に、洗濯籠でも持つかの様に、カブの車体を浮かせたまま斜め前方へと突き出し、背筋を伸ばす。
(重く感じないな……このまま歩けるか?)
星斗はカブを持ち上げたまま1歩2歩と歩き出し、縁石を跨いでカブの車体を歩道に下す。
「すごーい!お父さん力持ち!!」
「…………大丈夫か、俺の身体」
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