第1ー1話 日常
本日より第2章開幕です。
第2章からは毎週火曜日、金曜日の午後6時に投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
1人男の視線が世界を追いかける。
暗い部屋の中、モニターに浮かぶ少女の画像。
見つめる瞳は怪しく光、口元がニヤリと歪む。
心の歪みに生じた隙間を埋めるため、更に歪めた想いを重ねる。
しかし、歪みは歪み。重ならないものは重ならないのである。その事実が更なる歪みを生み、現実との乖離を生む。
この世界に絶望し、世界を憎みながら今日も変わり映えのない日常を過ごす。
――それでいいのか?――
心の中で誰かが囁く。
――上手くいかない……思い通りにしたい――
心の底からからの返答。
――本当はどうしたい――
囁きは甘露を伴う。
――メチャクチャにしたい――
理性の中で結論を出す。
――叶わないと知っていても?――
ただの自問自答、何十、何百と繰り返してきた思考の迷路。
――叶わないのなら――
導かれる結論は何時も同じ。
――彼女を――世界を――壊したい――
変わらぬ日常への絶望、この世界への怨嗟、彼女への愛憎。
今日もいつもの日常か始まる。
◇◇◇
「ほら伊緒、玲、行くわよ」
「分かってるよ……行ってきます」
「行ってきます」
よく晴れた5月のある日、5月なのにもう夏かと思わせる陽射しを受けながら、元気よく自転車で飛び出していく3人。そして、それを見送る大人が2人。
仁代星斗と躬羽珠代はそれぞれの子供達を見送り、自分達も各々の準備に取り掛かる。
「伊緒、今日もお弁当作ってなかったけど、また玲に作らせたの?」
「別に作らせた訳じゃ……」
仁代家では2人の母親である仁代美夏が亡くなってから家事を父親である仁代星斗を含めた3人で行なっている。
料理も必要にかられ、皆が持ち回りでやっていた。
高校生になり、お弁当を作らなければならなくなっても、3人で交代しながら朝昼晩の食事とお弁当を作っているのである。
それでも何かと世話を焼いてくれる隣家の躬羽玲やその母親の躬羽珠代に頼ってしまうこともあった。
「私が作るって言ったんだよ。今日はお母さん出かけるからお昼の準備要らなかったし。あ、真理ちゃんの分もちゃんと有るからね」
「やった!この間は私の分なかったからね!」
玲は元々料理が好きである。イラストレーターとして不規則な生活を送る母親に変わって家の家事を取り仕切っている。
今日は母親が友人と出かける為昼食の準備をしない代わりに、伊緒と真理の分のお弁当も作ってくれたのであった。
そして先日、伊緒が抜け駆けして自分の分だけお弁当を作って貰ったことを根に持っていた真理が、喜びを溢れさせる。
「真理の分くらい作っても良かったんだけどね……玲が作ってくれるって言うから……」
「伊緒のご飯より玲のご飯の方がいいに決まってるじゃん。伊緒のは濃すぎ、体に悪い」
「いいじゃん、少しのおかずでご飯が進むから」
「私はそんなにご飯食べられないから!」
何時もの如く些細な事で言い合いに発展する兄妹を後ろから自転車で追いかけながら笑顔で見守っている玲。
(今日も2人とも元気だなぁ)
小学校の頃からの幼馴染であり、3人で居ることが当たり前の日常となっている。
玲はそんな日常が堪らなく好きなであった。
そんな日常に、新たに1人の女子生徒が加わる。
「あ、雫。おはようー」
「雫さん、おはようございます」
「野口さんおはよう」
加わったのは伊緒と玲と同じクラスの野口雫である。伊緒、玲と同じ1年3組のクラスメイトであり、席も近い。
「ぁ……おはよう、ございます……」
黒のおさげ髪の少女は伊緒の方を見て、さっと目を逸らしながら3人の後方へと位置取る。
入学式当日にふとしたことから知り合い、その後も何かと伊緒と真理に振り回され、一緒に登校する仲となっていた。
真理は3人とは別のクラスながらも、伊緒と玲が居るところによく現れる為、自然と真理から話をするようになっていたのである。
「ねえねえ聞いてよ雫。伊緒がまた私のお弁当作らないで玲に作らせたんだよ」
「人聞きの悪いこと言うな……作らせてないし……」
「玲さんのお弁当、美味しい、ですから」
雫が辿々しく答え、その場を濁す。
基本的に真理が賑やかに話をして、伊緒がそれに突っ込む、それを玲と雫が見守っているのが何時も構図である。
「ねえ聞いた?校庭の欅が伐採のされるって話」
「あぁ、何かそんな話してたような……」
「幹の中が腐って倒れるかも、って話だよね」
真理が話題を変えて校庭の欅が伐採される話を始める。
伊緒や玲も話は知っているようである。
「な、なんか、木を切ろうとしたら怪我人が出たって聞いたんだけど……」
どうやら雫も知っているようである。
「そうそう、何か怪談話みたいだよね、ほらうちの高校の桜の木にもそんな話あったよね?」
「七不思議だっけ……くだらな……」
話は欅の木から桜の木に移る、伊緒も学校の七不思議として真理から聞かされて知ってはいるようだ。
「うるさい……ほら1本だけ違う種類の桜があるじゃん、あの桜の木の下に女の幽霊が出るって話」
「着物を着た、若い女の幽霊って、話だね」
学校の七不思議というありきたりな話題のため雫も話に混じり、暫し七不思議の話で盛り上がる。
ネギ畑を抜けて高校の正門まで辿り着くと、そこには2人の教師が立っていた。
「あ!光さんだ!おはよぉ!」
真理が自転車を立ち漕ぎしながら声をかけた教師の所まで飛んでいく。
それを渋い顔で見つめる、すらりとした長身の男性教師が耶蘇光、双子の父親である仁代星斗の子供の頃からの親友であり、4人が通う県立深山高等学校の教員である。また、伊緒と玲、雫の担任でもある。
「おはようございます、学校では"先生"にしてくれないかな……」
「今更無理です!あ、賀茂先生もおはよございます」
「おはようございます。仁代さんあまり耶蘇先生を困らせないでください」
「はぁい」
真理が挨拶したもう1人の教師は賀茂実道、光と同じく深山高校の教員であり、真理の担任である。穏やかな表情と言葉遣いで教え方も上手いと評判の教師である。
「先生、おはようございます」
「光さんおはよぉ」
「ぁ、おはよう、ございます……」
真理に遅れて3人がそれぞれ挨拶をし、正門をくぐる。
「最近は遅刻しそうなこともなくて、いいことだ」
「あれは……もうやらないですよ……」
光にからかわれ、慌てて弁明する伊緒と俯いてもう訳なさそうにする雫。
入学して間もない頃、自転車がパンクして遅刻しそうな雫を自身の自転車に2人乗りさせたのだが、光に見つかって4人で説教を受けたことがあったのだ。
光は冗談を言いながら教室に向かうように促す。
光に纏わりついていた真理以外が自転車を置きに向かって行く。
「仁代さんも遅刻しないように」
「はーい、じゃあ先生また後で」
わざとらしく先生呼びで答える真理に光が苦笑しながら答える。
「担任は賀茂先生でしょ」
「はーい、大人しく教室行きまーす」
苦笑しながらも、優しげな目で見送る光。そんな光に一瞬目をやり、張り付いた笑顔で真理を見送る賀茂。
「賀茂先生、いつもうるさくてすみません」
光が賀茂に向き直り、すまなそうに頭をかきながら謝罪を口にする。
「いえ、聞いていた通りですから、問題ありません。クラスではよく気を利かせてくれてますから」
「そうですか、それなら良かった」
光は真理の担任が自分でない事で賀茂に迷惑がかかるだろうと、入学前から先に謝っていたのだ。それでも日々賀茂に迷惑がかからないように気を遣っていた。
「さて、時間まであと少しですね。ここは大丈夫ですから、耶蘇先生は先に戻って授業の準備をなさってください」
「宜しいですか?ちょっと今日は準備があるのでお任せします。あとはよろしくお願いします」
光が申し訳なさそうに正門から離れ、賀茂が1人で最後まで登校する生徒を見守ることになる。
光を見送る目の奥にはある種の光が混じる。
登校するから生徒達や他の教師にも気付かれない小さな光。
「おはようございます」
「――おはようございます」
生徒が賀茂に挨拶をしてくるが、一瞬だけ賀茂は挨拶が遅れる。
生徒は若干怪訝な表情をするも、いつもの愛想のいい笑顔の賀茂を見て特に気にすることもなく通り過ぎて行く。
「ふぅ……」
賀茂は1つ大きく息を吐くと表情を整える。そこには何時通りの笑顔が張り付いた賀茂が居た。
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