第2-2話 美しい声
◇◇◇
美夏は殺風景だった部屋を、霊子を弄りながら改装していた。
霊体である美夏に睡眠や食事の必要ないのだが、今の美夏は生前の記憶を持ち、その記憶に魂が引っ張られている。
なので、寝室を作り出してベッドを用意したり、キッチンやダイニングを作り食事をするテーブルを設えてみたりする。
生前は駐在所ということもあり、間取りを選ぶこともできなかったし、家具も高価なものを選ぼうとも思わなかった。
だが、今は自由である。
自身の霊子を操る力を全力で活用し、仕事部屋や子供部屋等を拡張して回る。
家具も憧れたシックな仕事机やおしゃれな椅子、大理石のキッチン等を再現していく。
「子ども部屋は可愛しましょう。伊緒と真理は初めてでそんな余裕なかったですからね」
楽しそうに亜依に語り掛ける美夏、亜依もうれしそうにお腹の中で跳ねている。
大分、魂の状態でも成長をした様子で、簡単な意思疎通ができているようだ。
美夏は失った家族の痛みを、亜依という新たな家族で埋めようとしていた。
埋まらない溝を亜依という想い出で埋めようとしている、それは美夏の心の防衛本能なのだろうか。
美夏自身もそんな自分の状態を、何となくではあるが分かっていた。
「……ごめんなさいね、こんな母親で……あなたはきっといつか、みんなの所に送り出してあげるから」
自身は既に彼方側の世界での生を終えてしまっている。
他人の身体を奪うわけにもいかないため、残る手段は誰かの子供として生まれ直すことだが、それでは星斗達と出会うまでに10年以上かかってしまう。
「それに私は……」
自身に課せられた使命、何より自分という存在そのものが枷となり、星斗たちのもとに戻る事を躊躇させる。
「……星斗さん……会いたいです……」
◇◇◇
美夏は自室のデスクの前に座り、モニターと睨めっこをしていた。
難しい顔をしながら時折指を動かして何かを書き込んでいく。
「……むぅ……今回は報告書が書き辛い……」
私情を挟まない記録を報告書に落とし込む作業と違い、まるで自分の人生の日記を綴る様な作業は、流石に堪える。
「こればかりはあの人のやり方を否定できませんね。業腹ですけど……」
辛い別れを記憶として残す事なく、仕事の効率と精度を上げる。
「記憶」の「記録」への自動変換はそういった意味では、よくできたシステムである。
美夏はそれを認める事が釈然としないようであるが。
「……取り敢えず今回の報告書はここまでとして……霊子の観測は大丈夫なのでしょうか?誰も居ないんですよね……」
美夏は自室を出て、神界へ戻された時の部屋へと移動する。
そこは以前の真っ白な部屋ではなく、どこまでも続く青空と草原が広がる世界になっていた。
そして相変わらず一脚の椅子がコロコロと姿を変えながら、帰らないと主人を待ち侘びている。
「ここはいつ来ても……」
美夏はため息を吐きながらも、いつもの事なのか多少呆れただけで驚く事はしない。
部屋の主人が居ない事を確認し、別の部屋へと移動する。
「居ないじゃ仕方がないですね。管理システムも確認しておきましょうか」
更に移動した先の部屋には、巨大なモニターや数々のモニターに様々な人間や動物、植物、或いは都市そのもの、果ては地球そのものが映し出されている。
その全てにおいて「霊子」と「魂」を観測している。
地球において、凡そ生物と呼べるものには大なり小なり全て"魂"が宿っている。
生物呼べない物にも"霊子"は宿っている。
人間が知覚していないだけで、それらはこの世界を形造る要素の1つなのである。
「――霊子と魂の濃度に異常なし。循環もしっかりしているから大丈夫ですね」
モニターの数値を確認しながら異常がないことを確認する。
暫く数値や過去のデータを確認していると、ふと見慣れないプログラムが動いている事に気が付く。
「……新しいプログラム?……これは人間の魂と霊子を観測している……と言うより解析してる?」
自分が居ない間に何を始めたのだろうか、これだけはでは何がやりたいのか分からない。
「あいつに聞いてみるしかないですね……」
美夏が訪れた部屋、そこは研究室だった。
様々な機器が整然と並べられ、見たこともない植物や生物の標本が飾られている。
幾つもあるシャーレの中には粘菌の様な生き物が蠢き、試験管の中には色とりどりの試薬が入れられている。
複数のモニターには様々な数値が表示され、リアルタイムで何かの観測をしている様だった。
様々な研究が行われているなかで、美夏はある実験を見つける。
見た所無人のようであった。
「……これは……人工霊体の実験……こっちは魂の生成と変造に関するもの……あいつは何を作ろうとしてるんでしょうか」
人工的に何かを創り出そうと実験をしているようであるが、それは管轄外である。
やっている本人が居ないのではどうしようもないため、一旦この場を引き上げる事にする美夏。
ふと部屋の奥に扉がある事に気が付く。
(あんな所に部屋なんて有ったでしょうか?)
何度も訪れたことのある部屋、そこは壁だったと記憶している。
(私自身が散々部屋を弄りましたから……研究室なら覗いてみても問題ないでしょう)
そう思い至り、部屋の入り口に足を運ぶ美夏。
扉を開けると鍵は掛かっていないようで、すんなりと開く。
そこには観測室程ではないが、巨大なモニターに様々な数値とプログラムが高速で動き回っていた。
部屋の中央には人の背より大きな、真っ黒な球体が浮いている。球体には地球の言語とは思えない謎の文字列が浮かんでは消えている。
その球体の前に真っ白な机と椅子が一脚置かれ、机の上には幾何学模様と数列や文字列が立体的に絡み合った、凡そ魔法陣の様なものが浮かび上がっていた。その周りを取り囲むように、様々な数値や文字列が魔法陣の周りを惑星のリングの如く展開し、それらは魔法陣の中へ吸い込まれていっている。
「積層霊子術式……いや積層霊子術式同士を連動させて立体霊子法陣としているのでしょうか?」
1つの霊子法陣が完成したのか、吸い込まれる文字列がなくなり、霊子法陣は小さく圧縮されていく。
小さくなった霊子法陣は巨大な黒い球体へと吸い込まれていき、新たな霊子法陣を得た球体が明滅して表面から文字列と数値が溢れ出す。やがて球体の表面へと織り重なっていき、球体が少し大きくなる。
「……これが全部霊子法陣……一体何のための……」
美夏が思案していると、背後からコツコツと足音が響き、こちらに近付いてくる。
(あいつが戻って来たのでしょうか?)
研究室の入り口から1人の人物が姿を現す。
(女性?何方でしょう?)
神界で見たことのない人物の登場に、戸惑いを覚える美夏。
それは人間の女性の見た目であった。雪の様な白い肌に幾何学模様や霊子術式、霊子法陣が浮かんでは消えている。翠色の瞳、翠色の長い髪、これは霊子を身体組成の基本元素としている為だろう。白色を基調とした深紅と瑠璃の意匠の入った服を纏っている。
(私とあいつの霊子紋……それに、この雰囲気は……)
美夏の前まで歩み寄ると無表情のまま恭しくお辞儀をし、美しい声で話しかける。
「お帰りなさいませ。ミカ様」
流暢に喋り、面を上げる。
「ありがとうございます。私の事をご存知なのですね。それで……貴女は何者ですか?」
美夏が警戒心を露わにし、語気を鋭くする。
目の前に居るのは、人間でもましてや自分と同様の存在ではない。霊子の塊、だが確かに魂が存在している存在。
先程見た研究内容が脳裏を過ぎる。
「お初にお目にかかります。わたくしは主により創り出された存在。サリエと申します。以後お見知り置きを」
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