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第2-1話 美しい声

 そこは静寂の世界。

 白い、白い世界。

 音も、風も、天地の境目も曖昧な世界。

 そんな世界に1つ、簡素な椅子が置かれている。

 真っ白な世界に置かれたその椅子は()()()()()()()()()|。


 虚わぬ世界で、唯一その椅子だけが絶えず変化していた。気が付けば豪奢な意匠の施された、何処ぞの王が身を委ねる玉座の如く、またある時は簡素を通り越して粗末な辛うじて椅子と認識できるような4本脚の木材に変化している。


「……ここは何も変わってないですね」


 強制的に家族と引き離された美夏は辺りを見廻して、そう独りごちる。


「あの人は……いないようですね。まぁいる方が珍しいですけど」


 何時もあの人の隣に控えているあの男が居ない事から、暫く不在なのだろうと決めつけ、美夏は自身の空間へと転移する。


「居ないなら、最初から自分の部屋に転移させて欲しいものですね」

 

 嘆息しながら愚痴こぼす美夏。


「あいつは自分の研究室に籠ってるだろうから、取り敢えず自分の事を整理しますか」


 見渡す部屋には簡素な机と椅子があり、それ等を眺めながら美夏は1つの感情を覚える。


(殺風景過ぎですね……)


 普段ならそんな事は感じなかったであろう感情。

 この白い世界では見慣れた光景のはずなのだが、()()()()()は、酷く殺風景に感じたのである。


(こんな事今まで……今回は何かが違う……)


 そこで美夏は()()()()()()()()()()()()()()()()()()を確認する。


(過去の記録はそのまま記録として残ってる……今回の記録……これは……記憶?)


 過去の記録は感情を伴わない「記録」でしかない。頭の中にあるアーカイブを開き、呼び出すと再生される記録。

 そこで生きた時の感情や想いは今の自分とは切り離されたものになる。

 しかし、今回は「記録」ではなかった。

 家族と、星斗と過ごした日々の想いでが、感情が記憶と共に蘇る。


「――あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


 途端、堰を切った感情の放流が美夏を襲う。

 先程までの余裕はなくなり、押し留められていた感情が溢れ出す。

 ボロボロと涙を流しながら膝をつき、嗚咽を漏らす。

 最愛の家族との別れ、あの場で気丈に振る舞い、皆を心配させない様に振る舞った時から押し留めた想い。

 自身の使命を思い出してなお、忘れられなかった願い。

 真っ白な部屋に誰にも聞かれることのない慟哭が、永く永く響続ける。


◇◇◇

 

 どれ程時間が経過したであろうか、時間の流れの違うこの世界では人間の時間感覚は狂ってしまう。

 泣いて、泣いて、哭いて。叫び、喚いても誰も答えてくれない。

 いっそのこと、記憶を封印してしまおうかとさえ考えたが、感情がそれを否定する。

 家族との、あの人との記憶を無かったことなするなど、今更できる事ではない。

 自分で自分を罰するかの様に、浮き沈みする感情の起伏に翻弄され続けていたある時、美夏は自身の中の変化にはたと気が付く。


「……私の中で何かが……まさかっ!」


 美夏はお腹を触り、意識を集中する。

 そこにはもう1つの魂の気配があった。


「あの時の……亜依の魂が……成長している?」


 病院で家族を見下ろしていた時、亜依の魂が美夏の身体の中に入っていったことを思い出す。


「てっきり亜依の魂を、私が取り込んでしまったと思っていたけど……宿っていたのね……」


 悲嘆に暮れた日々、そこへ差した一条の陽の光。その柔らかな暖かさに凍りついた心が溶かされていく。

 しかして、溶かされた心はある思慮へと思い至る。


「――あなたが、私の記憶を繋いでくれたの?」


 答える者はいない。しかし美夏はその思慮を確信へと変える。


「きっと、そうなのですね。ありがとう亜依。私から大切な記憶をなくさないように守ってくれて」


 お腹の中で亜依が小さく、跳ねた気がした。

 亜依という異分子が、美夏に起こるはずのない変化を与えた。

 それはエラーであり、通常起こり得ない事態であった。

 失われるはずの記憶、そこに亜依が(くさび)となって「記憶」として美夏の身体に留めたのである。

 我が子が起こした奇跡。

 個々の感情からその身を守るための措置とは言え、今の美夏を美夏たらしめている「記憶」を「記録」にしてしまっては「美夏」では無くなってしまう。

「美夏」として生き続けられていることに感謝の想いを重ねる。苦しんでなお、家族、星斗への想いを忘れずにいられたことが嬉しくて堪らない。

 そうした中、ふとあることに気が付く。

 

(今の身体で亜依は育つのでしょうか?)


 美夏の今の身体は霊子でできた、言わば「霊体」と呼べる身体である。

 更に、基本的構造は人間を模しているため同じだが、血流がある訳ではなく、霊子が循環しているのみだ。

 その状態でお腹の中の子供が育つのだろうか。

 そもそも亜依も魂だけの存在であり、肉体も持たず、人の形すらしていない。

 この状態で肉体を持った人間と同じ生育が進むとは思えなかった。


(まあでも、あなたが自分から私の中に入ったということは、まだ生まれるには早いのでしょうね)


 愛おしそうに自身のお腹を撫でる美夏。

 家族との別れは辛く苦しいものである。しかし今は、1人ではないと言う事実が、美夏を立ち上がらせる。

 美夏は優しく微笑み、その眼に涙は浮かんでいなかった。


 ◇◇◇


 お腹の中の亜依に、兄弟や星斗の事を話しかけながら幾許(いくばく)かの時間が過ぎた。

 亜依は相変わらずお腹の中で過ごしている。

 それでも時折、魂が動くのを感じられるようになった。

 まるで胎児が母親の体内で手足を動かし、寝返りをうつのと同じである。

 伊緒(いお)真理(まり)を妊娠していた時の感触を思い出す。


「――ふふ、伊緒お兄ちゃんはお腹の中でよく暴れてたんですよ。真理お姉ちゃんは大人しくて、初期の頃は双子って分からないくらいでしたから」


 お腹の中に居た時から、兄弟の違いがあったことを楽しそうに亜依に向かって語りかける美夏。

 亜依はお腹の中でクルクルと回って喜んでいるようだった。


 ◇◇◇


 亜依の魂が日に日に強く、逞しくなっていくのが分かる。

 物理的にお腹の中で大きくなっているのでなく、存在がはっきりとし、美夏から栄養を貰うように霊子を吸収している。

 それによって亜依は脆弱だった魂の強度をより強くしている。

 この頃から、美夏は亜依に対して様々な知識を授け始めていた。


「――お母さんと亜依が居るこの場所は、神界なんて呼ばれている場所で――でも実際は殺風景で大した物もない所なんですけどね」


 基本的な知識を真面目に語る時もあり。


「――私の仕事の上司にあたる人は、いつもあちこちをふらふらして帰って来ないんですよ。それに悪戯とか悪巧みが好きで……禄でもない人でしょ?」

 

 仕事の愚痴を聞かせたり。

 

「――お父さんとお母さんの出会いは、大学時代に――」


 余計な知識も多く授けていた。

 亜依はそのたびに反応し、素直に話を聞いているようだ。

 また、亜依が霊子を吸収しているのが分かってからは、美夏が霊子に情報を乗せて亜衣へ流し込むようにしていた。

 それにより、美夏の記憶にある映像を亜依へ届けることができたのである。

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