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第6-1話 世界の顕現

 突如、目の前に現れた謎の男に熊が猛然と腕を振るう。

 男は片手を軽く上げ、熊の渾身の一撃を事も無げに防ぎ、そのまま腕を軽く振るって払い除ける。その腕は熊に触れてさえいなかった。

 熊はその巨体に似つかわしくないほど軽々と吹き飛ばされ、近くの木に激突する。直径30センチメートルはある木が、根元からへし折れる。


「獣ごときが、私に触れるな」


 そう尊大に言い放つ男の目は、熊を見ておらず、何が起きたのか理解が追いつかない星斗達を、ゴミを見るかのごとく()め付けていた。


「何故お前たちは生きている」


 男の口から放たれた問いに、咄嗟に答える事ができない。そもそもその問いに対する答えは持ち合わせていない。


「――それはこっちが聞きたいくらいだ。それよりあなたは何者だ、どうやってここに来た」


 突如現れて命を救われた男であるが、突然現れ、熊を吹き飛ばし、あまつさえ「なぜ生きている」等と尋ねてくる者を警戒するなと言う方が土台無理な話である。

 そして星斗は普段通りの職務質問をするような口調で男に尋ねてしまった。

 男が右腕を横薙ぎに一線振う。翠色の霊子が吹き出し、星斗を直撃する。


「――グゴッハっ――」


 車に轢かれたが如く吹き飛ばされ、木に打ち付けられる星斗。頭はヘルメットを被っていたからよかったが、背中には防刃衣もないため、しこたま強打し肺から空気が溢れ出る。


「私が問うている。そこの女、答えよ」


 星斗を一瞥し、すぐに興味をなくしたのか女性に問いを投げかける男。異常に次ぐ異常で女性は状況を飲み込めず、ただ男を見据えていた。だがここで答えないと言う行動は自身の死に直結すると本能が感じたのだろう、(つたな)も状況を説明し始める。


「――――わ、私と、子供以外みんな、木になってしまって、生きてる人に会ったのは、そのお巡りさんだけです――」


 子供を抱きしめて、現状を説明する女性。男の問いの答えにはなっていないが、男は暫し女性を観察して何事か呟き始める。


「――術式は完了したはず――あいつが――いや――エラーが――」


 呟きながら星斗達を無視して思考を続ける男。その後ろで熊がのそのそと起き上がり、唸り声を上げながら男に向かって突進する。

 またも、事もなげに片手で熊に触れる事なく動きを止める男、熊の周囲には翠色の光が乱舞している。


「――あぁ、お前も居たな。お前も何があった?」


 興味も無さそうに、チラリとも見ていなかった熊に若干の興味が湧いたのか、熊の顔を覗き込み、問いかける男。


「グルルルゥゥゥ」


 唸り声で威嚇する熊。


「所詮獣か。問うた私が悪いな。どれ、調べさせろ」


 そう言い放ちながら熊の顔の前に無造作に手を伸ばす。翠の霊子が迸り、熊を拘束していく。

 苦しそうに声を上げる熊。そんなことはお構いなしに、何やら調べ始める男。熊の眼を興味深そうに覗き込む男の深紅の瞳が怪しく光る。


「――ふむ。霊子を体内に取り込んで活用しているな。そんな作りでは無いはずだが……それに体躯も通常より巨大化し、硬質化している。これは霊子を使用した防御反応か?軽く撫でた程度だが潰れずに生きているのはそのためか――通常とは違う興奮状態、これも霊子を急激に取り込んだための反応か?」


 1人、熊の解析をしていく男を呆気に取られて見つめる女性。星斗も漸く痛みが引き、呼吸を落ち着かせる。普通であれば体がバラバラになってしまうような衝撃であった。それでいてなお、出血等することなく五体満足な状態で生きていることに、改めて自身の体の変化に戸惑う。


(……この男の言っていることは本当なのか?……あの熊と同じように霊子を俺も取り込んでいるか……生き残っているものは一体何に……)


 声を出すこともできず、咳込みながら男の分析を聞く星斗。

 防刃衣との隙間に潜り込んだ亜依が震えているのが見える。


「――術式を起点とした変異――いや人間にしか――となると霊子が起点か……まさか!彼の方(あのかた)が!」


 突如目を見開き、興奮したように叫ぶ男。その表情は驚きと光悦を含み、天を仰ぎ見ている。


「これは早急に解析をする必要があるな。では、いくつかサンプルを採取するか」


 そう宣言すると男は右手に霊子を集め、手刀が翠色に染まる。そのままスルリと熊の胸部に手刀を潜り込ませた。


 「グガガガッガガガアアッガガガガガアガ」

 

 手首まで熊の胸に埋もれ、熊の魂が悲鳴をあげる。


「――ふむ、魂のサンプルを少々貰い受けるぞ。肉体のサンプルは血液で十分だな。傷は塞いでおいてやろう」


 ズルリと手刀を引き抜き、その手には大量の熊の血液と翠色に輝く小さな光の玉が乗っていた。熊の傷口の前に左手をかざし、翠色の霊子を収束させる。周囲に漂う霊子を巻き込み、翠色の光の渦を形成しながら傷口に流し込むまれていく。


「グオオオオオオオオオオオオォォォォォ」

「周りの霊子濃度が濃い故、流し込みすぎたか。まあお前の魂と肉体の強度ならそのうち馴染むだろう。さて――」


 くるりと振り返り、星斗と女性、少女を見やる男。

 右手の魂の欠片と血液が空中に躍り出る。魂の欠片の周りに霊子が集まり、クリスタルガラスの様な結晶と化して魂の欠片を封じ込める。血液も同様に結晶化した霊子の小瓶の中へ移され、封をされる。

 男の後方の景色がペりぺりと剥がれ落ち、白い世界から翠色の長い髪の()()()姿()()()()()()が姿を現す。そのものは病的に白い肌に時折見たこともない文字や模様が浮かんでは消えている。翠色の瞳、白色を基調とした深紅と瑠璃の意匠の入った服を纏い、白い世界から出ることなく佇んでいた。

 それは翠色の瞳で星斗を一瞥し、すぐに視線を男へと戻す。


「お呼びでしょうか」


 そのものは美しも無機質な声で恭しく問いかける。

 

 仲間を呼び寄せたのかと、明滅する視界の中で見たそのものは、何故か懐かし雰囲気がした。

 

(……誰だ……知るはずもないのに、何で……)

 

 星斗の心の奥底を撫でるその感覚は、明確な答えを出す事は無かった。


「術式にエラーの可能性がある。早急に調査せよ。これはそのサンプルだ、調査しておけ」


 そう命令を下し、魂の欠片と血液をふわりとそのものの目の前に移動させる。

 

「承知いたしました。調査を実施いたします」


 サンプルを自身の目の前まで手繰り寄せ、何やら呟くとサンプルの周りに帯状の紋様の様なものが巻き付く。

 

「あと幾つかのサンプルを送る。同様に処理するように」

「承知いたしました」


 白い世界との境界が、まるで逆再生の様に剥がれ落ちた欠片が張合わさり、何もなかったかのように世界の景色が元に戻る。

 その様子を一瞥すらせず、へたり込む人間を見下ろし、男が絶望を宣言する。


「お前たちのサンプルも採取していく。どうせ駆除するのだ、私の役に立て」


 そう言い放ち、再度右手に霊子を集中し始める男。

 一歩一歩近付いてくる男にへたり込んだまま後ずさろうとする女性だが、子供を抱えたままのため上手く逃げる事ができない。

 無理矢理に立ち上がり、拳銃を引き抜き構える星斗。

 拳銃の使用判断的には正解ではない気がするが、そんなことを言ってられる相手ではないと、本能が警鐘を鳴らしている。躊躇いなく熊に手刀を叩き込み、人間を()()すると言い切った男。まるで害虫を見るかのような目で人間を見下す男に、躊躇いは致命的な隙となってしまう。

 

「止まれ!その人に近付くな!近付けば撃つぞ!」


 必死の抵抗を試みる、しかし男は気にすることもなく、女性に近付き手刀を振り上げる。

 響く銃声。最早星斗に拳銃を撃つことの躊躇いは無かった。

 

 ――あれは駄目だ――


 そう思わせる程に、男は淡々と女性を殺そうとしていた。

 狙う暇も無く放たれた弾丸。だがその軌跡は男の頭へと正確に伸びていた。


 何かに当たり弾ける音がした。咄嗟に2発目は撃てずに様子を伺ってしまう星斗。

 男は変わらずにそこにいた。男の周りを翠色の霊子が頭の前に集まり、何かを掴んでいるいる。

 銅被甲(どうひこう)の弾丸が翠色の霊子の中にキラリと光る。そしてそのまま落ち葉の上にカサリと落ちていく。


「――無駄なことを。私にそんな物が効くとでも思ったか、下郎が」


 深紅の瞳だけを星斗に向けてそう呟くと、もう興味を失ったのか目の前の検体へ視線を戻し、手刀を突き刺そうとする。


「――させるかぁぁぁぁー!!」

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