4 雛祭りの始まり
ミカは、朝になり取り敢えず大学に行った。
夕方に帰ってくると雛壇の置いてある部屋に行き、お雛様の入っていたと思われる空き箱をひっぱり出して来て、雛人形を箱に片付け出した。
箱の中も赤い布が敷かれていて夫々きっちり入るように型がついている。
何で出来ているのか傷まないように柔らかい素材で出来ている。
片付ける箱も高級そうだな、と思いながら下の段の小物を箱に入れたところで背中から声がした。
「何してるのお姉ちゃん」
振り向くと心音がいる。手が止まってどう言おうか考えた。
だが待った無しで心音が涙声で聞いてくる。
「お雛様入れちゃうの?」
今にも泣きそうだ。
「えっ、え、え、え、違うのよ。お雛様をもっと綺麗にしようかなと思って置き換えてたのよ」
ミカは焦りながらも笑顔を取り繕って、今しがた箱に入れた物を取り出して元の所に並べ直した。
「きれいねー、お姉ちゃん」
「そうね、綺麗ね」
下手に片付けられないな、ミカはどうしようか悩んだ。
結局、どうしようもないまま夜になってベッドに入った。
明後日は、ひな祭り本番になってしまう。明日こそは、無理やりでも片付けようと目を瞑るのだった。
「皆、術が利いてよく寝ているのに、あの女には利かんようじゃ。それにわれらの事が見えておるようじゃの御上」
「そのようですね、中宮」
「このままでは、5年前の二の舞になってしまう。釘をささねばならぬな」
「おい、おい起きぬか」
誰かがベッドの横で怒鳴っている。
ミカは、微睡みながら目を開けた。
ベッドの横に誰か立っている。襖の上の欄間から入る月明かりに照らされて姿が浮かび上がる。
長い黒髪が、滑らかに煌めく着物を伝って床に届いている。女だ。
黒髪の中から白く美しい顔が覗いている。
「おばけ?」
「なに!」
「お前は、やっぱり好かん」
「おい、女。死にたくなければ人形に触るでないぞ。それと次の夜は、何があっても決して部屋から出るな」
そう言い残し女は消えた。
ミカは気を失う様に再び眠りに落ちる。
朝になり、深夜の出来事を思い出し、あれは夢だったのだろうかと気になりながら学校にでかけた。
学校から戻ってきても昨夜の事が気になって雛人形に触る事ができずにいた。
そうして、夜になった。深夜0時をすぎれば三月三日雛祭りの始まりだ。
ミカは気になって眠る事が出来ない。
そして、時計は0時を指し示した。
何処からともなく笛の音が聞こえてきた。続いて太鼓の音が、そして、笙の音が空気を震わせる。
雅楽特有の楽器だが、ミカは聞いた事がある音なのですぐに雅楽の演奏をしているのだと分かった。
そして、それは隣の部屋から聞こえて来ていた。
部屋の外には多くの人が通る気配がする。いや、人かどうかはわからないが、ドア一枚隔てた向こうの廊下が軋む音、バタバタした足音や、壁を擦る音が続けて聞こえる。
その上、天井の上を何かが這っていくような音もする。
みな、隣の部屋に入っていくようだった。
やがて、それらの音も無くなると一瞬部屋の外は、静まり返った。
ミカは、部屋の外がどうなっているのか無性に見てみたくなる。
そして、少しだけならとドアをそっと開けたのだった。