3 異変
「こいつ、殺してよいか」
「だめですよ、中宮」
ミカは目を開けた。布団の中で目の玉だけを回して暗い部屋の中を巡らせた。
「今、誰か耳元で会話してた」
廊下と反対側の襖の上の欄間からは外の明かりが入ってきて、薄暗くとも部屋の中の様子は分かる。
顔を動かして部屋の中をもう一度見回すが、机も箪笥も姿見の鏡もいつものとおり其所にいる。
気のせいか、と思うがやけにはっきりと聞こえた。
腑に落ちないがそのまま目を瞑ったら再び眠った。
朝になって起きたミカは、部屋を出ると右奥の台所に向かった。
「おはよう」
朝ご飯の支度をしている母に声をかけた。
「おはよう」
母も挨拶を返す。
ミカは冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出してコップに注ぐと再び冷蔵庫の扉を閉めた。
「ぎゃあ」
ミカは冷蔵庫の扉を閉めると同時に叫び声をあげた。
「どうしたのミカ」
母が驚いてミカを見る。
「冷蔵庫の横から黒い物が走って行った。ネズミ?」
ミカは入り口の方を怯えた表情で睨んでいる。
「まあ、嫌だわネズミがいたの。薬を置いとこうかしら」
母が言う。
「ネズミかな。それにしては大きかったような。丸々してたし、足が沢山あったような気がする」
ミカが固まって呟く。
白ネズミは、大黒様のお使い。黒ネズミは、人を騙す。
そんな事を思い出していた。
それから奇妙な事が度々起こるようになった。
夜に部屋で机に向かって勉強をしていると、後ろに誰かいる気配がする。振り向いても誰もいない。そんな事が何回かあった。
台所のドアを開けようとドアノブを握ったら、握り返された。あわてて振りほどいてドアノブを見るが別に何事もない普通のドアノブだ。
夜中にミシミシと廊下を誰かが歩いている音がする。何度も床板がきしむ音がするので、部屋のドアを開けて廊下を見ようとすると、音がピタリと止む。見てみると誰もいない。
朝、トイレに入ろうとドアを開けようとしたら、開かない。父が入っているのかと思って台所に行くと父がテーブルに付いて新聞を読んでいた。
母は、食事の用意をしている。
それじゃあ、誰が入ってるんだと、取って返してトイレのドアノブを回すと、すんなり開いて中には誰もいない。
そして、毎日夜中にどこからともなく笛の音とか太鼓の音が聞こえてくる。
母や父に何かが居ることを話しても、二人とも全然何も感じないので全く取り合ってはくれない。
極め付きは、ひな祭りの3日前に起こった。
夜中に寝ているとふと目が覚めた。枕元の電気スタンドをつけっぱなしで部屋の中がぼんやり浮かびあがっている。
天井をみると天井板の木目がゆらゆらと動いているように見える。すると木目が開いて、大きな目になった。
その中を猫の目のようなたて筋の眼が顕れて、ギョロギョロと辺りを探るように回った。
そして、ミカと目が合うとゆっくりと目が閉じて元の木目に戻った。
ミカは、布団の中で固まった。
そして、感じていた。
やっぱり、雛人形がきてから日に日に変な事が起こるのが増えている。それにはっきり見えるようになってきている。
このままだと雛祭り本番には大変な事になるんじゃないか?
私が何とかしないと。
ミカは確信した。