2 雛壇
「その雛人形を飾っていると、夜中に真っ暗な廊下を誰かが歩いていたり、天井裏から音がしたりするんでしょ」
「それに、本家でも5年前に孫の三歳のお祝いに雛人形を飾っていたら、やっぱり怪奇現象が起きて、お嫁さんが化け物を見たといって雛人形を片付けたけど、結局お孫さんは死んだんでしょ」
「それ以来、雛人形を飾らなくなったって言う、呪われた雛人形じゃないの」
「お姉ちゃん押し付けられたんだよ」
「大丈夫よミカちゃん。そんなのたまたまよ」
「それよりこの雛壇は凄いわよ。こんな豪勢で良くできたお雛様は見た事ないわ」
姉の詩織が雛人形を見ながら答えた。
確かに良く出来ている。
ミカはあらためて雛壇を見ると5段目の右の桜のミニチュアなんて、しなやかな枝に耀く様な花びらが満開に咲いている。
生きているようで、それでいて妖艶さを感じる。
思わず見とれてしまう。
「それなら、二階に飾ればいいじゃない。心音の家なんだから」
「第一、隣は私の部屋なのよ。本当に化け物が出てきたらどうするのよ」
ミカの部屋は、元々二階にある洋室だったのだが、二階を姉達の家にするために渋々一階の和室に移ったのだった。
「だって重くて、それにお父さんも1階にあったほうが喜ぶよ」
確かに、父は一階にある方がお姉ちゃんも心音もお雛様のとこに来るから喜ぶであろう。
「それにあの箱メッチャ重いのよ」
そう言って詩織は雛壇の左横に置いてある長細い木箱を指差した。
それは、1メートルぐらいの長さの黒塗りの箱だった。
ミカが箱の側に寄って屈んで少し押してみると、ズシリとして全く動かない。
「何、これ。重いんだけど」
「ほら、こんなの二階に持ち上げられないわよ」
ミカがまじまじと箱を眺めていると不思議そうな顔をして詩織に尋ねた。
「これ、どうやって開けるの?」
箱には蓋らしき物は無かった。箱の周りを見回しても、切り口のような筋が全く無い。一本の切り出した木材のようであった。
ミカは、怪訝さを感じながら、立ち上がるとビクッとのけ反った。顔の横に女雛の人形が目に入った。
色とりどりの十二単を着て、服地にも金、銀の糸が入った滑らかな絹の着物を着ている美しい人形なのだが、妙に存在感のある人形である。
ミカはその雛人形を見て不思議に思って詩織に尋ねた。
「お姉ちゃん、この人形の肌、何で出来てるの?布でも絹でも無いみたいだけど。この感じ、白粉を塗った人の肌みたい」
姉も母も心音も女雛を見た。
そして、ミカがポツリと呟いた。
「なんだか、不気味な顔をしてるわ」
3月3日のひな祭りまであと一週間であった。