1 天児・這子(あまがつ・ほうこ)
天児・這子は、粗末な人形である。木の棒を十字に組んだり、布を丸めたりして作られる。
赤ん坊や幼児のそばにおいて、それらに降りかかる厄災を代わりに受けて小さい子を守る。
三歳まで生きてくれると、よく生きてくれたと祝う。五歳まで生きてくれるとまた祝う。そして、七歳でまた祝う。
昔は、幼児の致死率が高く。節目、節目で生き延びた事を祝った。
子供は、神の子なのだ。
そして、これらの人形の役割は雛人形へと受け継がれる。
果たして、厄災を子供の代わりに受けとめた人形達は、その後どうなるのであろうか。
女子大生の神宮寺ミカは、夕方頃に自宅に帰ってきた。
玄関の引き戸を開けようとしてイラッときた。
古い木造の引き戸なので途中で少しつっかえる。
以前は、それほどでも無かったのに、古い家を無理矢理二世帯住宅にして、二階を増設したから何処か無理がきているのだろう。
ミカの姉の詩織が嫁にいく時、父が姉を遠くに行かせたくなくて無理に二世帯住宅にしたのだ。
ミカが土間から板張りの床に上がり廊下に入ると、声が聞こえてきた。廊下の右側二つ目の二十畳もの広い部屋の襖が開いていて、中から笑い声と明かりが廊下に零れている。
部屋の前まで来て中を覗いて息を飲んだ。
部屋の中には、母と姉の詩織と詩織の三歳の娘の心音が座っていたが、その奥に赤い大きな物がそびえていた。
七段飾りの雛壇であった。
柔らかそうな赤色の敷物の上に金、銀、青、黄、紫と様々な色が飛び交っていて、きらびやかで重厚なのだ。
素人目にも高価な代物であろうことがわかった。
高さは、大人の背丈程もあり、最上段には、金の屏風の前に男雛と女雛が座っている。
女雛は赤、青、紫の色とりどりの十二単を着ていて生地にも金糸、銀糸を織り混ぜた錦が使われている。
その下には三人官女が。キラキラした髪飾りを着けて何だか色っぽい。
そして、三段目には、笛、太鼓を持った五人囃子がいて、その下の段の両端に左大臣、右大臣がいる。
次の段には三人の仕丁が仕えている。各々道具を持っているのだが、一人は掃除道具の竹の葉掻きを一人は頭陀袋を、そしてもう一人は、なぜかスコップみたいな物を持っている。
その下の二段には牛車、駕籠、箪笥、長持ちなどの品々が副えられている。
その細工は丁寧に作られており、黒々として艶があり漆を何層も塗り重ねているようであった。
「お帰り」
雛壇の前に座っている姉の詩織がミカを見つけて微笑んだ。
その両隣に母と詩織の娘の心音が座っている。
ちなみに詩織と心音の名字は弓弦である。
「どうしたのこれ?」
「凄い高そうね」
ミカが部屋の中に入って来て、誰にともなく聞いた。
「京都の伯母さんが送ってくれたのよ。心音が三歳になったからって」
「三歳のひな祭りは神宮寺家には重要だからって」
「三月三日の雛祭りは、みんなでお祝いしようねー。楽しみだね」
詩織が隣に座っている心音に笑いかける。
心音も楽しそうに笑っている。
その横にいる母も笑顔で心音を見つめている。
ところがミカは、ギョッとして一瞬動きが止まった。
「それって呪いの雛人形じゃないの」