08_5カードハイ&ロー~VS片峰千景~
5カードハイ&ロー――片峰のおばあちゃん直伝のゲーム。
①1から5のカードをお互いに一枚ずつ手札に加える。
②先攻:手札から一枚裏向きで出し、ハイかローを宣言する。
・ハイ:裏向きのカードよりも『上』のカードを後攻が出すだろう。
・ロー:裏向きのカードよりも『下』のカードを後攻が出すだろう。
③後攻:先攻のカードを宣言から予想し、宣言と異なるであろうカードを手札から一枚表向きで出す。
④先攻のカードをめくり、後攻のカードと見比べる。
⑤宣言どおりのカードを後攻が出していれば先攻の勝利。出していなければ後攻の勝利。
⑥一度出したカードは使用不可になり、これを先攻後攻入れ替えて続ける。
⑦どちらかが先に三勝した時点でゲーム終了。
※注意事項其の一:制限時間は三十秒とする。
※注意事項其の二:スマホや筆記を用いてメモを取るのは禁止。
こういった心理要素と組み合わせが混じるゲームは得意じゃないが相手は片峰。大得意と豪語していたとはいえ、喜怒哀楽の激しいあいつが心理戦を上手に立ち回れるはずがない。
それに、なんといってもこっちには秘策がある。
「先攻後攻だけどどうする? あなたが決めてもいいわよ」
「そうだな……じゃあ片峰が先攻をやってくれ」
すると片峰は気合充分に起立。
「不覚を取ったわね真加部圭馬! このゲーム、先にカードを出す回数の多い先攻のほうが有利なんだから!」
そして律儀に着席。立つ意味はあったのか?
本当に有利なのかは俺には断言できないが、今回に限ってはそうでもない。
むしろ、俺が確実に一勝をもぎとれる展開だ。
「いくわよ、ハイ!」
先攻片峰、声の勢いとは裏腹に優しくカードを伏せて宣言。
後攻俺の出すカードはもう決めてあるが、一応考える時間を作っておく。
「どうすっかな。初手って大事だからなあ」
「ほら、もうすぐ制限時間過ぎるわよ。早く決めたらどう?」
演技であるというのに気づいていない片峰先生。
やはり、単純。
「よし、これでどうだ!」
俺が出したカードは②だ。
その瞬間、片峰の眉がつり上がったのを見逃さない。
不服そうにカードをめくると、片峰の数字も同じく2であった。
「まず一勝目だな」
「う、運がいいわね。でもここからが真の勝負になるんだから気を抜かないことね!」
確かにまだ油断できない。いくら俺が有利でも、この二回目次第では最終回まで持ち込む可能性が出てくる。
「ローだ」
ぱぱっとカードを伏せると、後攻の片峰は手札とにらめっこ。
二回目も勝てば御の字だが、ここは負けても構わない。じっくりと考えてもらおう。
「①と③と④と⑤だから……①でローはないとして……」
声が漏れている。①ローや⑤ハイとかそんな舐めプレイはもちろんしない。
「……さすがにまだ⑤はないわよね、とっておきだもん。これに決めたわ!」
そして出したカードは4。片峰いわく5はとっておきらしい。
確かに1や5のカードは強力だ。先攻なら同じカード以外、後攻なら宣言次第でほぼ勝ちが約束されている。強力ゆえに使うタイミングを考えないと無駄撃ちになるだろう。
「なるほどな、俺が③か④を出すと予想したわけだ」
「ええ、あなたの考えていることなんてお見通しっ。さあめくりなさい!」
軽くため息をつき、俺は③のカードを表に向ける。
③ローに対し4。片峰に軍配が上がった。
「やった、同点よ遥っ。これでまだわかんないわよね!」
「さすがだねー千景ちゃん。この調子でがんばー」
あまりの嬉しさに跳ねた動きで隣の青山に喜びを伝えていく。
たかが一勝されど一勝。その重みを経験豊富な片峰先生は理解しているのだろう。
……ふと青山と視線が合う。なにかを見透かすような目つきでほほ笑んでいる。
まさか、いや、バレていないだろう。
「三回目はわたしからよ……悩むけどここは様子見にしようかしら、ねえ真加部圭馬」
「それは揺さぶりのつもりか?」
「さあね……ハイ!」
なにをもって様子見なのか知ったこっちゃないが、片峰は左端から抜き取ったカードを伏せていく。
確実に勝ちにいったつもりだろう。しかし残念ながらもう勝敗は決まっている。
「ほいよ」
「えっ」
俺の出すカードに片峰は動揺し、伏せてあるカードをめくろうとしない。代わりに俺が問答無用でめくってやった。
1ハイに対し①のカード。またしても同数字で俺の二勝目。
「よしよしリーチだな」
残りは落ち着いて最適解を出せば消化試合だ。
俺の手札は④と⑤、片峰の手札は3と5であり、四回目は俺の先攻。
三十秒の制限時間というのが微妙に焦るが、勝ち筋は見つかった。もし制限時間が十秒だったら危なかったかもしれない。
「それじゃとっておきでも出すかな、ハイ」
「とっておきって5でも出すつもり? ハイなのに」
「そりゃお前のとっておきだろ」
ここで片峰が5を出してしまえばすぐ決着はつくが、さすがにアホではないようだ。
俺の④ハイに対して片峰は3となり、片峰も二勝目で追いついた。
五回目すなわち最終回。泣いても笑っても雌雄決する――なのだが。
片峰先生、固まる。
「どうした片峰、早く出せよ」
両方とも手札は一枚なので悩む必要はない。
なのに片峰ときたら出し渋っているではないか。
「ほれほれ出してみたまえよ片峰千景。制限時間過ぎちまうぞ」
陳腐な煽りでもぷるぷる震えてくれるので大変いじりがいがある。
「……………………ろー」
弱々しい宣言で、子猫が前脚をそっと出すような仕草でカードを伏せる。
続けて俺も⑤のカードを出し、片峰のカードをオープンしようとするが。
片峰が俺の手をつかんで離さないのでめくれない。
「おい、どけ」
「やだ」
もう片方の手で開こうとするも、こちらも強く手をつかまれる。
なんだこの状況、俺は連行されるのか。
「青山、めくってくれ!」
「だめよ遥、めくっちゃダメってなにを撮ってんの!?」
「いやー青春の一ページを残しておこーかと」
スマートフォンで写真を撮られ、すぐさま俺達は手を戻した。
その勢いの風圧で、表向きになった片峰の最後のカード。とっておきのハートの5がむなしく表示されている。
5ロー⑤につき、勝者真加部圭馬!
「お前もなかなかの腕前だったけどよ、こういう知的戦略あふれたゲームは俺のほうが向いてたみたいだな。気にすんなよ、片峰は充分強かったよ。ナイスファイト!」
心にもない敵への賞賛を浴びせ、俺は優越感に浸る。
いまのところバレていない、ついに片峰が負けを認めるときがきたのだ。
「さあて、どんな言うことを聞いてもらうとするかなあ」
「ま、待って、まだ勝負は終わってない! 誰が一回勝負なんて言ったのよ!」
あんなに涼しい顔をしていたのに、いまでは蒸気あふれる真っ赤な表情になっている片峰。
やはりゴネると思ったが、秘策がある限り負けはない。
「仕方ないな、受けて立とうじゃないか」
「あータンマ、二戦目はあたしと勝負しよーよ真加部くん」
まさかの青山緊急参戦に、片峰は目を丸くしている。
「良い観察眼だったと思うけど、さすがにあれで勝たれちゃ千景ちゃんがかわいそーだからねー。だから今度はフェアプレイに戦おーよ」
「……なんのことやら」
「あーあーしらばっくれる気だ。じゃーあたしが勝ったら洗いざらい白状してもらおーか」
「なにを白状すればいいか知らねーけど、お前も倒せば正式に勝利ということでいいんだよな」
「おっけーおっけー。千景ちゃんもそれでいい?」
正義の味方の如く現れた青山遥。その実力は見当もつかない。
それでもいまの青山は、片峰からすればとても頼もしく見えたに違いない。
「……任せてもいいの?」
「大船に乗ったつもりでねっ。転覆したらごめんねー」
転覆のリスクは実に大きい。片峰は思わず苦笑している。
「うん、がんばって遥! あんな奴ぼっこぼこにしてあげて!!」
いつの間にか女子二人の絆がより固く結ばれている。俺という悪を倒すために挑むその姿はまさしくヒーローだ。
「いいぜ、返り討ちだ。俺こそがこの同好会の覇者だということを思い知らせてやるよ!」
威勢良く啖呵を切ったのはいいものの、内心冷や汗ものである。
とはいえこっちには練習含めて二回分も経験している。片峰ではないが経験値はこちらの有利、こうなったら実力でねじ伏せてやるしかない。
「やってやるぜ!」
気合いを入れ、かくして二試合目が始まるのであった。