06_真加部圭馬討伐部
「なぜ部活に入らない、圭馬」
お米を一口目を入れた瞬間に問い詰めるのはやめてほしい。昼食は落ち着いて食べるものだ。ゆっくり噛んでから、今日もぼさぼさ頭が目立つ辺見仁一郎の質問に答えるとしよう。
「これといってやりたいものもないからだよ」
「質問を変える、なぜ合唱部に入らないのだ圭馬」
「変えたからって答えが前向きになると思ってんのか。それにお前、俺が歌う姿を想像できるか?」
「意外とハマるんじゃね? オペラとか歌いそう」
横やりを入れながら俺の唐揚げを奪おうとする堀川の手を払う。この不届き者が。
「歌わん歌わん。俺はどこの部活にも入る気はないよ」
「いつでも入部届の用意はできているからな、オレはいつでもお前をウェルカムだ」
「勝手に人の名前を書くな!」
仁一郎から用紙を没収し、今度は卵焼きを略奪する堀川を叩く。幽霊部員になっていてもおかしくはないところだった。
仁一郎とは中学からの悪友であり、堀川はこのクラスで仲良くなった。名前順でも三人並ぶので学校ではなにかと一緒だ。
「でも真加部って読書好きだろ? 文芸部とかは入らんの?」
堀川の言うとおり、一時は文芸部に興味はあった。本を読む同士が集まる場所、とても悪くないと思ったのだが。
「創作重視なんだよここの文芸部。読む専の俺には厳しそうだから入ってない」
「ならば合唱部にこい、合唱部とは歌わなくとも入部可能だ」
「歌わない合唱部ってなんなんだよ……」
並々ならぬ合唱の情熱を持つ仁一郎。整った姿勢に凜々しい顔でモテると思いきや、言動や行動が素っ頓狂。中学ではよく女子から敬遠されてきた男だ。高校ではまだ化けの皮は剥がれていないが時間の問題だろう。
堀川は、うんまあ普通だ。
妹お手製の弁当をたいらげ、今日は残り時間を読書に充てようと思った矢先。
「あ、いたいたおーい真加部くーん」
俺よりも先に、仁一郎と堀川が反応する。遅れて声の方向を見ると、教室内に青山がいた。
「誰だあの馴れ馴れしい女子は。圭馬の許嫁か」
「待ってくれ真加部、お前にあんなイケてる彼女がいたなんておれ耐えられねえよ……」
「許嫁でも彼女でもねーよ。ちょっとした知り合い……いや、友達だよ」
友達になって数日で、まさか教室に来てまでお呼ばれされるとは思わなかった。
読書タイム終了。二人をおいて青山のところへと向かおう。
「どうしたよ、なにか片峰がやらかしたのか?」
「いやーそういうわけじゃないかな、ちょっと話があってねー」
青山が俺に用があるとすれば片峰関連かと思ったが違うのだろうか。照れる素振りは微塵も見られないので、告白の可能性は薄そうだ。
「俺とお前だけの話なのか?」
「ううん、千景ちゃんも関係あるよー。もう千景ちゃんには話したけどね」
いつの間に片峰を名前で呼ぶ間柄になったのか。コミュ力の高さよ。
「ちなみにいま片峰は?」
「千景ちゃんなら廊下で隠れてるよー。知らない教室入るの怖いみたい」
「……廊下で話すか」
気持ちはわかる。だけどがんばってくれよ。
教室を出るまでに青山は何人かの女子に挨拶をしていた。もうこのクラスにも友達はいるのか。片峰とは偉い違いを見せつけられている。
「……あ、真加部圭馬」
「なんでお前いつも俺をフルネームで呼ぶんだよ」
そして片峰である。
廊下で出会って早々、ちょっといちゃもんをつけてみる。
「別に深い意味はないけど。フルネームのほうが言いやすいだけよ」
「そうかい片峰千景さんよ」
「マネしないでよ真加部圭馬」
「俺はちゃんとさん付けで呼んでますーマネじゃありませんー」
「んぐ……この真加部圭馬ヘンタイアホ三郎!」
「なんだそれはふざけんな取り消せ!」
「子どもの口喧嘩ってこーゆー感じだよねー」
醜態を青山遥の前で晒してしまい反省。どうにも片峰が相手だと精神年齢が下がる気がする。
少しだけひと気のないところまで移動して、青山は本題に入った。
「真加部くんやー、部活を作る気はないかい?」
笑顔にも様々な種類があるということを、青山が証明してくれる。さっきまでのにこにこほわほわな笑みとは大違い、にやりと怪しく悪い表情で頬を緩ませている。
「作るだと? 入るじゃなくて?」
「実は部室棟って結構空き部屋が多いみたいでね、いまなら部活を作れば部室を提供してもらえるかもって調理部の先輩が言ってたんだよー」
「なるほどなあ……って、青山は調理部なのか?」
「あたし料理作るの好きだからねー」
意外な発見だ。きっと調理部でも社交性の高さを活かしているのだろう。
「片峰は?」
「帰宅部」
「ですよねー」
予想どおりの答えに安心しました。
「でもそれも今日までよ。明日からはわたし達の部活動が始まるんだから」
「ちなみに、なんの部活を作るつもりなんだよ」
「決まってるじゃない、真加部圭馬を倒すための部活よ。名付けて真加部圭馬討伐部!」
どこに隠し持っていたのか、片峰は部活の申請用紙を俺に見せつけた。
部活名は、先ほどこいつがほざいた『真加部圭馬討伐部』
「あいつといいお前といい俺の名前を勝手に書くの流行ってんのか?」
「ちょっと、床に散らばるじゃないちゃんと拾いなさいよ」
びりびりに破いて速攻で却下させてもらう。さすがに冗談だったのか破ったことには怒らず、丁寧に紙くずを拾う片峰。
というか、青山じゃなくて片峰メインで作る気なのか。
「まー裏の目的はそうするとして、表向きはもっとマシな活動内容じゃないと認められないんだよねー。だから千景ちゃんと話し合ってこれにしようって考えてみたの」
そして今度は青山が二枚目の申請用紙を俺に手渡す。
二段構えとは随分手の込んだ仕込みをしてくれるじゃないか。すでに顧問の名前も書いてあるし用意周到だ。
「なになに……青春支援部?」
部活名を音読すると、二人はふふふと笑った。
「青春っていうのは高校生活では取り切れないぐらいありふれてるのよ。少しでも長く青春を謳歌できるように支援するのが、この部活の目的となるわけ!」
「活動内容は主に二つで、部員の青春活動を支援するためにいろんな催しをするのさっ。たまーに部活や委員会の助っ人をしたり、授業の準備手伝い、はたまたボランティア活動にも励んで、みんなが青春を送りやすい環境にさせるのが狙いだねー」
「要は部員で仲良く遊んで、たまにお手伝いして貢献しようって感じか」
「そーゆーことだねー」
てっきりこういうのは敬遠するものだと思っていたのに、片峰はやけに乗り気だ。
「あくまでも表向きは、よ。真の目的は最初に言ったとおり、あなたと勝負するための部活なんだから! 作戦立てたり勝負したりするのに拠点はなにかと必要でしょっ」
「倒すべき相手がその拠点にいるのってどうなんだよ」
「そこはほら、人数いないと部活は作れないのでー」
滑らかな動きで俺に擦り寄る青山。
体が近い。ほのかに香るシャンプーが思考力を低下させてしまう。
「学校の中にパーソナルスペースがあるって結構いいもんですぜーだんなー。あたし達はいるけど一人の時間になるときだってあると思うよー」
パーソナルスペース。甘言だとわかっていても良い響きを使ってくるじゃないか。
確かに、放課後一人で読書に呆ける場所はあってもいいかもしれない。図書室は飲食禁止だが、部室ならば食べ放題飲み放題だ。
すまん仁一郎。部活に入る気がないと言ったのはあくまでも既存の部活なんだ。新規の部活なら話は別にさせてもらいたい。
「わかったよ、俺もその部活に入れてくれ」
「そう思ってすでに名前は書いてあるわよ真加部圭馬!」
「随分大安売りするじゃねーかよ俺の名前をよお」
一度こいつには正座で説教してやらねばならない。三十分ぐらい。
「ちなみに千景ちゃんが部長で真加部くんが副部長ねー。あたし調理部との掛け持ちになるからいないときあるし」
「俺は別に役職なくてもいいんだが」
「わたしだって部長やりたくないわよ。でも部室のためなんだから我慢しなさい」
副部長なだけまだマシか。取って付けたような活動内容だし申請が通るかも怪しい。
少なくとも、俺が副部長として活躍する日は来ないだろう。