04_友達
折りたたみ傘を返すのはいいが、肝心な片峰千景のクラスがわからない。昼休みに片っ端から探すべく、まずは一組から覗いてみることにする。
馴染みのない他クラスに入るのは緊張ものだ。できれば昼よりも前の休み時間に探せばよかったのだが、折りたたみ傘の存在を忘れていた。
これで片峰が食堂や購買部に移動していれば、探すのは困難を極めるだろうと思っていたのだが。
一発正解である。一組教室内に片峰を発見。廊下側にて最後方の席に、黙々と本を読んでいる姿を捉えた。
……隣や前のグループは、机を囲んで談笑しながら昼食を楽しんでいるが。
「まさかあいつ」
いや、考えるのはよそう。とりあえず後ろのドアから片峰に声をかけようと試みる。
「よう、片峰」
「へ……? ……あ」
びくっと肩を震わせた後、俺の顔を二度見する片峰。驚きに満ちた表情である。
「折りたたみ傘返しに来たぞ、昨日はありがとな」
「えっと、その」
片峰の様子がおかしい。あの威勢の良さが見る影もなく、ただのしおらしい美少女だ。
「ちょっと、ついてきて……」
急ぐように片峰が教室を出ると、俺も言われるがままついていく。
裏門に繋がる中庭まで連れていかれ、近くのベンチへと腰掛ける。奥に見える食堂は人の出入りが多く、今日も賑わっているのがわかる。食堂の味噌ラーメンは絶品だ。
「よくわかったわね、わたしが一組だって」
「総当たりで探すつもりだったけどな。初っぱな当たりで助かったよ」
「……そっか」
会話が終わった。
もともと折りたたみ傘を返すだけの用事だし、もう戻ってもいいのだろうか。
「つーか、どうしてここに連れてきたんだよ?」
「別に深い意味はないわよ。ただクラスだとちょっと照れるから……」
「照れる? 友達にからかわれたくなかったとか?」
「……いや、別に、そういうのじゃないけど」
「ああ悪い、お前友達いなかったか」
「はああ!?」
しまった。ついこぼしてしまった。
俺の失言に思わず片峰は立ち上がり、折りたたみ傘を構える。次の一言次第では振り下ろされそうだ。
「すまん、ごめん、だけどお前周りが仲良く飯食ってるのに一人だけぽつんと本読んでたから」
「うるさい! まだ四月なんだから話し相手いなくてもしょうがないでしょ。わたしは大器晩成型なのよ!」
「大器晩成の使い方それで正しいのか!?」
ともあれ元気そうで安心した。しおらしかったのはまだクラスに馴染めていないだけなようだ。
落ち着きを取り戻した片峰は、折りたたみ傘を下ろしてベンチへと腰掛ける。
「そもそも、あなたこそ友達いるの?」
まるで俺がいない前提の聞き方だが、腕を組んで少し考える。
どこまでが友達と呼べるのか線引きが難しい。休み時間や昼食を共にする程度とすれば。
「二人かな。中学からの奴と、たまたま前の席だった奴」
「なんだ、わたしと大して変わらないじゃない」
「1と2ならともかく0と2ならだいぶ違うだろ!」
「そんなことない! だいたい中学からの友達なんてノーカンよノーカン、ずるい!」
「勝負じゃねーんだからいいだろそれは!」
「だけど0から友達作るのって結構大変だと思うよー」
「そう、そのとおりよ! わたし中学は山梨だったからそういうのいないわけだし!」
「え、山梨なのか? 小学校は俺と同じ神奈川だよな?」
「小五の途中で転校したの。で、中三の終わりに戻ってきたのよ」
そうか、だから同じクラスだったのに覚えていないわけだ。おそらく一学期の間に転校したのだろう。
「なるほどねー。じゃあ二人は運命的な再会ってわけだ。青春だねー」
「全然運命感じる出会いではなかったけどな……って」
いつの間にか、片峰の隣に誰かが座っている。それも自然と会話に参加していた。
同学年の女子だ。俺と片峰が怪しげに見つめると、女子は照れるように「どーもどーも」と後頭部を触っていた。
「じゃー二人はどんな感じで出会ったの? よかったら詳しく聞かせてよ」
「待て待てその前に誰だお前は」
「あたし? あたしは青山遥だよ。片峰さんと同じクラスなんだよねー」
ふんわりとした肩までの茶髪は、触れたら柔らかそうだ。くりくりの瞳は好奇心の表れか、見た目も言動もとても人懐っこそうである。
青山はにっこりと片峰に笑顔を向けるも、肝心の片峰は目を泳がせている。
「えっと、うん、同じ、クラスだよね……」
「おや、さっきと違って元気ないね?」
「まさかお前人見知りか?」
「だって、初めてクラスの人に話しかけられたから緊張しちゃって……」
こういうところ素直だよなあと感心するが、どうして俺にはすこぶる無礼なのか問い詰めたくなる。
「そっかそっかー、でももう友達になったから大丈夫だよね。よろしくねー片峰さんっ」
「友達……わたしと、青山さんが?」
「うん、これで1に増えたでしょ? 彼とそんな変わらなくなるよー」
すると花開くように片峰の様子が明るくなった。
「本当ね、ありがとう青山さん! わたしのほうこそよろしくお願いしますっ」
爽やかに握手を交わし、片峰に友達ができる瞬間を目撃した昼休み。
青山の正体もわかったことだし一件落着。さあ戻ろうと立ち上がるも「ちょいちょーい」と青山に呼び止められてしまった。
「きみの名前をまだ聞いてないよー。あと二人の関係もね」
「関係って、お前の考えてるようなもんじゃないぞ」
「えーでも友達じゃないんでしょ? よかったら教えてよ片峰さーん」
友達ができた浮かれか、任せてと言わんばかりに片峰は張り切っている。
「この人は真加部圭馬、わたしの大事なものを奪った倒すべき宿敵よ!」
まるで危ない奴でも見るように、青山は大げさに両手を口に当てる。ただ、その仕草は実にわざとらしい。
「誤解だ誤解! プリンとか図書室の本の話だからな!」
「ふーん、なんだか青春の気配がする。これはいろいろ詳しく聞きたいねえ……そーだ、二人とも放課後時間ある? ファミレスで少し話そーよっ」
出会って五分でこの社交性の高さ。目を丸くしている片峰千景とは大違いだ。
「わたしはもちろん! なんでも話してあげる」
「よーしじゃー決まりっ。放課後またここに集まろーね」
そうして片峰と青山は仲睦まじく去っていく。
……いや、暇だけどさ。まだ俺の返事聞いてないと思うんですよね。
ふてくされながら一人さびしく教室へ戻る俺だった。