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03_だるまさんがころんだ

 どこで勝負をするのかと思えば、校外へ飛び出すとは驚きである。お互い無言で電車に乗り、二つ先の駅を足早と降りる。幸いにも定期券の範囲内。

 外はどんより曇っていて、夕方前なのに明るさを感じられない。そういえば天気予報ではこの時間帯あたりに雨が降るかもしれないと言っていた。

 まいったな、傘を持ってきていないのでやっぱり直帰したいのだが、それで不戦敗扱いされたらたまったもんじゃない。

 天気を気にしながら片峰の後をついていくと、着いたのは公園。

 砂場、ブランコ、鉄棒、滑り台、ジャングルジムと王道そのものの設備。この天気だからか遊ぶ人はいない。


「ブランコ見ると漕ぎたくならないか?」

「漕ぎたいけどいまはそんな暇ないわ。それより勝負の舞台はここ、人もいないし丁度いいわね」


 品定めするように片峰はあちこち歩き、ゾウの形をした滑り台の側面で鞄を置いて立ち止まる。


「勝負はだるまさんがころんだよっ。ルールはわかるわよね?」

「もちろん知ってるけど……」


 だるまさんがころんだ――まず鬼と子に分かれ、鬼は子に背を向けたまま「だるまさんがころんだ」と唱えなるまで振り向いてはいけない。その隙に子は鬼に近づき、鬼が振り向いた瞬間に子が動いていたらその子は失格。それを何度も繰り返し、子が鬼にタッチするか子が全滅するかのどちらかで勝負終了となる。

 大まかなルールはそんなところだが、これには最低限の条件がある。


「俺とお前だけで、だるまさんがころんだ?」

「そうよ。わたしとあなたの二人で、だるまさんがころんだ」

「普通は多人数でやるもんじゃないのか?」

「そう? おばあちゃんと二人でやってたけど楽しかったわよ。わたしこれ得意なんだから!」


 なんでおばあちゃんとの遊びがよりによってそれなんだよとか、お前の得意分野で勝負すんのかよとか異議を唱えたいことはたくさんあるが、全てを飲み込んで受け入れる。


「わかったオッケー了解。じゃあまずどっちが先に鬼やるんだ?」

「わたしが鬼であなたが子、ちなみに一回勝負だから先攻後攻はないから」

「おい待てふざけんな。せめて一回は交代しろや!」

「勝負内容は全てわたしが決めるんだから却下。ほら早く位置につきなさい」


 問答無用であしらわれ、事前に引いたであろう線の位置まで移動する。距離としてはがんばれば数回で届きそうだが、状況は至って不利。

 鬼はタッチされるまで何回でも唱えられるが、子は一回でも失敗は許されない。おまけに子は俺一人のみであり、頼れる仲間は存在せず。とどめに自称得意と豪語する鬼役の片峰。どんなテンポとリズムで惑わせてくるか検討もつかない。

 俺はこいつに勝てるのだろうか――


「じゃあいくわよ! だーるーまーさーんーがー」


 始まった。初回は様子見かナメてるのか悠長なテンポで唱えている。

 ならば、詰める場面はここしかない。


「ころんだ! ……随分進んだわね」


 大股で歩けばもう手の届く距離に、片峰はぎょっとしている。

 早歩きは賭けだったが大成功。これなら余裕を持ってゆっくりと慎重に進んでいける。

 前言撤回。俺はこいつに勝てる――


「…………」


 喋れば動いたとみなして失格にされると困るので、心の中で怒号を飛ばす。

 いつまでこっち向いてんだよ!!


「残念だったわね」


 勝利を確信したかのように、片峰はにんまりと小悪魔的な笑みを浮かべる。

 まさか、こいつ。


「ふふん、なにか言いたげね。まあいいわ、声を出してもセーフにしてあげる」

「おい早くあっち向けやさすがに長すぎんだろ!!」

「それはできない相談ね。まだこのターンは続いているのよ、わたしが背を向けない限り、あなたはずっと動いてはいけないの。勘の良いあなたならもうわかるでしょ?」

「俺が動くまで、ずっとこっち向いてるつもりか!?」


 どう考えたって反則、アウト、罰金ものの違反行為なはずだが、片峰自身がルールブックだからアリなのだろう。もっと細かくルールを煮詰めておけばよかった。

 あまりにもひどい悪魔の所業。外道極まりない。


「お前、おばあちゃんにもこんなむごい仕打ちをしたのかよ!?」

「そんなわけないでしょ! 普通にやってもわたしが勝つけど念には念を、よ」


 俺に触れられないぐらいの絶妙な距離まで、片峰が得意げに近づいてくる。仮にタッチできたとしてもその前に「動いた!」って申告されれば負けだろう。

 もはやこの状況、詰みである。


「……ん?」

「あら、雨?」


 互いに小さな雨粒がそっと頭に当たり、そこからは強い音を立てて乱れ打ち。一分もしないうちに、俺の体はびしょびしょに濡れるのだった。

 だが、それは片峰も同じ。整った髪型は潰れ、白のセーラー服もずぶ濡れだ。

 なのに、俺達は微動だにしない。

 二人だけのだるまさんがころんだは続いている。


「なあ、もう中断しないか? 引き分けにしよーぜ」

「ダメよ! 勝つか負けるか以外ありえない。あなたが動くまで雨が降ろうが槍が降ろうがわたしは絶対にやめないんだから!」


 片峰に止まる気はない。その覚悟は見上げたものだがやっていることは下劣そのもの。

 ここで俺が諦めてしまえば決着はつき、さっさと家に帰って温かいシャワーを浴びられるのだが。

 こんな奴に負けてたまるかという衝動が、俺を熱く駆り立てた。


「しょうがねえ、こっちもヤケだ。どっちかが音を上げるまで続けてや……」


 水色。それは奇しくも図書室でお目にかかったときと同じ色。

 ずぶ濡れのセーラー服は肌に密着し、透けて見える胸のラインがとても目立つ。

 なかなかに豊かである。


「…………」


 視線を釘付けにされてしまい、最大のピンチを迎えてしまう。

 いろいろと、まずい。


「ちょっと、急に黙ってどうしたの…………!?!!?」


 自分の置かれている状況にやっと気づき、片峰は急ぎ両腕で覆い隠す。


「いいか、不可抗力だぞ。雨に濡れたお前が目の前にいたから俺は目視しただけであって」

「うるさい! とにかく見ないで、あっち向いててよヘンタイ!」

「そしたら俺の負けになるだろ!」


 だるまさんがころんだは継続中だ。俺は徹底して片峰を凝視する。あくまでも勝負だからであってやましい気持ちなどあるわけがない。

 徹底抗戦の末、先に耐えきれなくなったのは片峰のほうだ。


「ちょっと待ってて、とにかくこれ以上濡れないように折りたたみ傘……」

「はあ!? ずりーぞ!!」


 大慌てで鞄のもとまで戻る片峰。俺は為す術もなく背中を眺めることしか……

 いまがチャンスなんじゃないか?


「……あった、よかったいつも入れてて。待たせたわね真加部圭馬……」

「はい、タッチ」


 振り向く瞬間に、片峰の肩をぽんと叩く。

 この卑怯者が無防備に背中を晒している間、追いつくのはあまりにも簡単すぎた。


「あ」


 ぽっかりと開いた口。なにが起きたのか理解できていない瞳の動き。

 間の抜けた顔というのは、まさしくいまの片峰に相応しい。


「俺の勝ちだな。多少のイレギュラーはあったが本気を出せばこんなもんよ。さあて約束どおり俺の言うことを」

「……かん」

「なんだよ、なにか言いたいことでも」

「ノーカン! 不成立! 無効試合! だって途中で雨が降るなんて聞いてないもの、勝負に水を差されたんだから引き分けよ引き分け!」

「うまいことぬかしてんじゃねーよ! 勝つか負けるか以外ありえないってドヤ顔決めたのはお前だろーが!!」

「だいたいひきょーよ! 人が大変な目に遭っているのにタッチしてくるとか反則にもほどがあるわ!」

「お前自分がなにやったか振り返ってから文句言おうな!」


 断固として俺の勝利を認めないようだ。ここまでくるとすがすがしい。

 多分、いや絶対、俺が退かない限りずっと言い争いは続くだろう。


「ああもうわかった! 引き分けでいいから早く帰ろうぜ」


 これ以上雨に打たれるものなら風邪ひいてしまう。なんでも言うこと聞く権利は惜しいが健康には代えられない。

 俺が降りると片峰は安堵するように息を吐き、強張った表情は次第に緩んでいった。


「じゃ、じゃあ引き分けね! 次はもっとちゃんとした勝負考えてくるから待ってなさいよ!」

「次があるのかよ……」

「当たり前でしょ、勝敗がつくまで続くんだから」


 俺に対する異様な執着心。もし負けてしまえばなにを命令されるかわかったものではない。

 だけど俺は全く心配していない。

 なぜだかこいつには負ける気がしないのだから。


「ほら、入りなさいよ」


 気がつけば片峰が俺の隣で折りたたみ傘を差している。なんとか俺まで範囲に入れようとしているのだが、いかんせん傘が小さい。


「俺はいいよ。お前だけ入ってろよ」

「だけど、ずぶ濡れになっちゃったのはわたしのせいだし……」


 一応は責任を感じているようだ。片手で傘を差し、もう一方は鞄を抱えて透けている姿を必死に隠そうとしているのがわかる。


「俺に貸せよ、うまく差してやるから。あとな」


 折りたたみ傘を受け取る代わりに学ランを脱ぎ、片峰に渡そうとする。


「途中まで着てろよ。その……いろいろ透けてるからな」

「………………ありがとう、ヘンタイ」

「お前しばくぞ」


 俺を変態扱いしながらも、片峰はおとなしく学ランを羽織る。これで透ける対策はなんとかなるだろう。うまく片峰が濡れないよう、折りたたみ傘を調整するだけだ。

 意図して渡したわけではないが、女子の学ラン姿は少し新鮮である。袖が長くて手が見え隠れしている。


「少しぶかぶか、あなたって意外と大きいのね」

「お前こそ結構でかいじゃないか」

「どういう意味?」

「いやなんでもない」


 危うくセクハラ発言になるところであった。

 電車に乗り、濡れまくっているので空いてるのに立ったままの俺達。

 はたから見ればどう思われるだろう。まさかだるまさんがころんだでエキサイトしてこうなったとは思うまい。

 駅に着き、改札を出たところで片峰は学ランを返してきた。

 やや怒り気味で。


「今日のところは引き分けにしてあげるけど、次はこうはいかないわよ! 首を洗って待ってなさいよ、学ランありがとさよなら!!」


 捨て台詞を吐いて走り去る姿は敗者そのもの。

 片峰がいなくなった途端、雨が止んだ。あいつは台風かなんかなのか。


「……あ、傘」


 片峰の折りたたみ傘はまだ俺が持っていた。もう姿は見えないし、返そうにも連絡先も住所もわからない。明日学校で返すしかないのか。

 なんだか、明日から騒がしい学校生活になりそうだな。


『だるまさんがころんだ』~両者引き分け~

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