22_おばあちゃんと友達
「わたしが中二の頃、つまり二年前におばあちゃんは亡くなったの。知ってのとおりわたしはおばあちゃんっ子だったし、本当に辛かった」
買い物も終わって次の目的へ移動中、片峰は少しずつ話してくれた。
「小学校の頃はいじめられてたし友達もいなかったから、いつもおばあちゃんと一緒に遊んでた。家でも外でもずっと隣にいてくれて、いろんなことを教えてくれたわ」
思い出に浸るように語る片峰の隣で、いまは俺が黙って聞いている。
「おばあちゃんはどんな遊びも上手だけど、最後はわざと負けてくれるのよ。わたしは単純だからそれで喜んじゃうし、そんなわたしを見ておばあちゃんも嬉しそうにわたしの頭をなでてくれて……」
「それだけで、おばあちゃんも片峰が大好きなんだってわかるよ」
「そう、なのかな。そうよね、おばあちゃんもきっと、わたしが大好きだったと思う。だっておばあちゃん、わたしと一緒にいるときがすごく幸せそうだったもん」
大げさではなく、紛れもない事実に違いない。
だって、おばあちゃんはこんなにも孫に愛されている。
片峰にとって、きっといまでもおばあちゃんとの思い出は鮮明に描くことができるのだろう。
「ここよ」
電車に乗り、少し歩いてから着いた先は、片峰のおばあちゃんが眠るお墓。
墓石に水をまき、丁寧に仏花を添える。焚かれた線香がほんのり匂うと、ノスタルジーな気分になる。ハンカチは家の仏壇に飾るようだ。
両手を合わせ、片峰はおばあちゃんに語りかけた。
「おばあちゃん、今日はいろいろ報告しにきたよ。まずは、とうとうあの宿敵真加部圭馬を倒したの。出る杭はさっさと打てって言われたとおり、ちゃんと叩きつけたんだから……まあ、結構出っ張っちゃってたけど」
笑いつつ、続報をおばあちゃんに聞かせていくその姿は、あまりにも健気で。
「いまね、わたしすごく楽しいの。高校では友達もできたし、心から張り合える相手もできた。こんな性格だからずっと誰からも好かれないと思ってたのに、告白もされたんだよ。昔じゃ考えられないくらい充実してるの」
俺が隣にいても、片峰は構わず本心を露わにする。
強がりもせず、ただただ素直で無垢で、おばあちゃんに甘えるかのように。
「学校生活がうまくいってないとき、教えてくれたよね。いつか必ず気が合う人達と出会えるって。その日が来るまでは、おばあちゃんとずっと一緒に遊ぼうねって。すごく嬉しかったよ、本当はおばあちゃんも心配だったと思うのに、いつだってそんな素振りを見せないで優しく接してくれた」
「でもね」と付け加え、片峰は目をこする。
「わたしはもう大丈夫だよ。きっとこれからもうまくやっていけるはず。いつまでもおばあちゃんに甘えっぱなしじゃおばあちゃんも疲れちゃうもんね……だから、天国でゆっくり休んでていいからね。これからもこうやってお話するかもしれないけど」
最後に、頭を小さく下げて、呟いた。
「ずっと見守っててくれてありがとう、おばあちゃん」
一分もの静寂は不思議と心地よく、おばあちゃんが返事をしているのかと錯覚する。
ぬるい風が吹き抜けた後、片峰は俺のほうを向く。
「前からあなたのことをおばあちゃんに話してたの。小五のときと、高校で再開したときのどっちも。小五のときは『きっと良いお友達になれる』って言ってくれたけど、転校しちゃったからそれは叶わなかったわ」
「わざわざ勝者の命令を使ってまで、俺をおばあちゃんに会わせたかったんだな」
「うん、あなたが忘れていても、あのときのことはわたしにとって大事な思い出だから。辛いときに優しくしてくれた人をおばあちゃんにどうしても見せたかったの」
普通に誘ってくれても断らなかったのに、こういう遠回しなところ片峰は臆病だ。
……いや、まずは勝つという前提が大事なわけか。
いまの俺は恩人と宿敵の両方が合わさったわけのわからない存在なわけだから。負けているもしくは決着がついていない状態で、おばあちゃんに見せてもモヤモヤするだろう。
もしも、もしもだ。
再開時の図書室で、意地を張らずに本を譲っていたらどんな展開になっていたのか。
いまでも俺は、片峰千景の宿敵でいただろうか。
「なあ、俺も合掌してもいいか」
「もちろんっ。なんだったら話しかけてもいいわよ、おばあちゃん話し好きだから」
初対面かつ片峰が聞いている状況で話すのは、少しばかしこそばゆい。
「……」
心の中で話しつつ合掌を済ませると、片峰は俺に小さくお辞儀した。
「今日はありがとね、無理に付き合ってもらって」
「いや……命令だしな」
「じゃ、これでわたしの言うことはおしまいっ。駅に戻りましょ」
お墓参りが終わり、俺達は再び歩き出す。
目的が済めば残るはもう解散の流れだ。帰りは降車駅までは同じだから、まだ片峰とは別れない。
大した会話もなく、俺は片峰の後ろをついていく。
一歩一歩の足取りがやけに重たい。
仮に、今日で片峰との関わりがなくなったとしたら、俺は。
「なあ、片峰……ってあれ?」
うつむいて歩いていたからか、いつの間にか片峰よりも前に進んでいる。それどころか振り向くと、片峰は静かに立ち止まっていた。
「……この前のことなんだけど」
片峰の口から、離れていてもはっきりと通る声が聞こえてくる。その表情は、いつにもなく儚げだった。
「わたしはあなたに勝つことだけしか頭になくて、その先なんて考えもしなかった……この前あなたに言われるまでは」
あれは、と弁解したくなる。だけど片峰は俺になにかを伝えたいように見えるから、黙って耳を傾ける。
「確かにそのとおりだって思ったわ。わたしはあなたの友達でもないし、同好会だってあなたを倒すためが本来の目的。それが達成されちゃったら、もうあなたと関わる理由なんてなくなるもの。現に、あなたがそう思っていたように」
俺の戯言は、やはり片峰に本気で受け止められていた。
もし過去の自分に会えるのだとすれば、そのときの俺をボコボコにしてやりたい。
「でもね、わたしは……わたしはすごく楽しかった。あなたと勝負してるときも、同好会の活動をしてるときも、遥やあなたと一緒にいるときも、どれも楽しくて。遥じゃないけど、これが青春なのかなって笑っちゃうくらいの」
さっきおばあちゃんに話していたから知っているが、片峰も俺と一緒に気持ちだったんだ。
胸が熱くなる。もしかしたら、片峰は俺と同じことを言い出すのかもしれない。
「本当だったら今日で同好会も解散。これであなたと会う機会もなくなるはずだけど……ここからは、わたし個人の想いとして聞いてほしい」
ゆっくりと近づき、片峰は拳をぎゅっと握る。相変わらず俺だけを見つめており、その泣きそうな瞳に釘付けになってしまう。
そして――
「わたしはまだ、あなたと一緒にいたい。勝負とかそんなの関係なしに、あなたともっと一緒の時間を過ごしたいの。だから……だから、これからは!」
声を張り上げ、片峰はほほ笑んだ。
泣きそうな顔を堪えるような、精一杯の強がり。
「わたしと、友達になってくれませんか?」
俺は多分、世界一の大バカ者だろう。
不意の一言で片峰を惑わせ、困らせ、挙げ句の果てに片峰からこんな素直な言葉を吐かせてしまった。
返事をするのはあまりにも簡単だ。
だけど、たった数文字の返答で終わらせるには物足りない。
最大限の想いを、今度は俺から伝えさせてもらおうじゃないか!
「ちょっと移動しないか?」
「え、ど、どこへ? っていうか返事は?」
「いいからいいから。移動したら全部答えるよ」
有無を言わさず、強引に俺は片峰を連れていく。
ここからは、俺のターンだ。




