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21_勝者の特権

 中間試験はあっという間に過ぎ去った。結果はまだだが手応えはある。答案用紙が返ってくるのが楽しみだ。

 しかしそれ以上に待ち遠しいのは片峰からの連絡。試験勉強という口実のもと、あの名前呼び勝負から一切顔を合わせていない。試験が終わった今日からなら、なにかしらのアクションを起こしてくるはずだ。

 青山のアドバイスを信じてとにかく待つ。ただ待つだけなのも暇なので、本日より図書室解禁だ。借りたい本はやまほどあるが、最大同時五冊までしか借りられないので我慢。

 そんなに借りても一冊ずつ読むのだから意味ないと思われがちだが、俺は何冊も平行して読みたがるタイプなのでこの制限は厳しい。読める本はあればあるほど良いのだ。

 試験明けの図書室は人がほとんどいない。図書当番を除けば貸し切り状態だ。

 そこまではいいが、今日の当番があのときの人物である。騒がしくしなければお咎めなしだが、すっかり苦手意識を持ってしまったのでこそこそしてよう。


「……お」


 見覚えのある後ろ姿。確かに立ち姿勢はぴしっとしている。

 待つどころか、片峰千景に出会ってしまった。


「……圭馬!? なんでここに」


 静かにしろと指でバッテンを結び、慌てて片峰を連れて図書室を出ていく。

 まさか、行動範囲がここまで被るとは。


「試験はどうだったよ?」

「別に普通よ。英語が少し自信ないかも……ってそうじゃないわ、丁度いいとこに会えたわね真加部圭馬」


 当たり障りのない会話を切り捨てられ、片峰はいつもの態度で俺を指さす。図書室からは離れているので多少の大声は問題ない。


「あなた、明日の午前は空いてる?」

「明日って土曜だよな? 午前も午後もなんも用事はないけど」

「じゃあ決まりね。明日の午前九時に石原第一駅前集合、わかった?」


 突拍子もなく予定を入れられてしまった。


「言っとくけど断れないわよ、勝者の特権を使わせてもらうから」

「わかったけど……俺とお前だけか?」

「そう。とにかく明日はわたしの言うことを聞けばいいの、じゃーね!」


 足早に片峰はどこかへ行ってしまった。図書室に戻っていそうではあるが、さすがに再び出くわすのは気恥ずかしい。


「もういいや、帰ろう」


 それにしても、休日に女子と二人で出かけるなんてまるで……

 いや、まだ片峰の魂胆が見えないのだから考えてはいけない。

 明日が吉と出るか凶と出るか、皆目見当もつかなかった。


 別にお洒落をするわけではないが、とりあえずおろしたての洋服でいいだろう。小さめのボディバッグを身につけて準備万端だ。


「なんで? デート? お兄ちゃん気合い入ってない? まさかこの間の美人と? ちょっと、ねえ、お兄ちゃん、実璃を無視しな」


 玄関ドアをそっと閉め、俺は出発した。

 石原第一駅は家からの最寄り駅。駅自体には目を見張る物はないが、付近にはデパートや飲食店にアミューズメント施設と一通り揃っている。この前の焼きプリンもこの近くの洋菓子店だ。

 待ち合わせ時刻よりもだいぶ早くに着いてしまったため、片峰の姿はまだない。お店も九時以降開店ばかりなので人の行き交いもまばらだ。

 待つぶんには問題ない。やたら緊張している自分を落ち着かせる時間にもなる。

 ところが片峰千景という奴は、思いのほか早くに現れた。


「……早い!」

「俺より遅く来といて文句言うとはいい度胸だな」


 待ち合わせ勝負は俺の勝ちだと内心でほくそ笑む。あくまでも非公式。

 それにしても、私服姿の片峰を見るのは初めてだ。橙色のカーディガンを身にまとい、白のスカートがよく映える。制服姿のときとはまた違う印象、清楚さを感じられる。


「なにじろじろ見てんの」

「いや……それより俺は今日なにすればいいんだよ」


 片峰は腕時計をちらりと見る。


「デパートが開いたらまず三階ね。今日はとにかくわたしについてくればいいから」

「お、おう」


 買い物の付き添いかつ荷物持ちであるなら苦ではない。それだけではなさそうに思えるが。

 デパートの開店とともに三階へ向かい、着いたのはハンカチ売り場。

 まさかの俺にプレゼント……なわけもなく、女性向けのレースハンカチが置いてあるコーナーで選び始めた。


「ねえ、どれがいいと思う?」


 隣り合わせで片峰が聞いてくる。

 花模様だけでも種類は多く、色もあふれている。ハンカチなんてどれも変わらないだろという本音を飲み込み、少し考えてみよう。


「これはどうだ? なんとなく片峰に合ってるぞ」


 薄い紫色をベースにし、ふち部分は白色。控えめに編み込まれたワンポイントの花がなかなか良い。


「……わたしに合わせて選んでくれたの?」

「そうだけど、お前用じゃないのか?」


 首をかしげる片峰だが、やがて理解するように何回かうなずいた。


「そっか、言い忘れてた。おばあちゃんにあげるつもり」

「おばあちゃんに? だとしてもこれでいいと思うぜ」

「考えるの面倒くさくなってない?」

「なってないなってない。おばあちゃんにもきっとぴったりだよ」


 訝しげにこっちを見つめないでもらいたい。


「つーか俺が選んでいいのかよ。おばあちゃんの好みならお前のほうが詳しいだろ」

「……別にいいの。おばあちゃんハンカチ大好きだからなんでも喜んでくれるわ」


 片峰がいいならそれでいいが、むしろ片峰チョイスのほうが嬉しい気はする。赤の他人が選ぶ理由はあったのか。

 他の物は選ばずに会計へと進むも、意外にも値が張っていることに気づく。値札を見ずに選んでしまったが大丈夫だろうか。


「なあ、俺は払わなくていいのか?」

「なんで? わたしのプレゼントなんだからあなたが払う必要ないわよ」

「勝者命令で払わせるのかと思ったけど違うのか」

「そんな命令しないわよ! わたしをなんだと思ってるの」


 負けを認めない頑固強がり意地っ張り空回りぼっち勝負バカ娘だとは思っているが、これもしっかりと飲み込んでおこう。


「ちなみにおばあちゃんの誕生日とか近かったり?」

「しないわよ。おばあちゃんの誕生日は九月だから」

「なのにプレゼントするなんておばあちゃん孝行だな」

「……そうかしら」


 照れるように顔を背ける片岡。嬉しそうなのがバレバレである。

 俺の祖父母は母方も父方も両方とっくにいないので、そういう機会はなかった。いまもご存命だとしてもするかは怪しい。親にですらプレゼントしていないのに。


「勝負のときもしょっちゅう名前出してくるし、片峰は本当におばあちゃん大好きなんだな。すごく優しいひとなんだろ?」

「ええ、とっても! いつもわたしと遊んでくれたし、一度も怒られたことがないの。世界で一番優しいおばあちゃんだと思ってるわ!」


 背けたと思えばすぐに嬉々として振り向いてくる。なんてわかりやすい。

 そんなに自慢のおばあちゃんなら、一度はお会いしてみたい気持ちもある。とはいえおばあちゃんからすれば誰だこいつ状態になるので申し出はしないが。

 これで買い物は終わりではなく、一階の花屋へ。今度は片峰自ら花を選んでいる。

 花まで贈呈するなんて、おばあちゃんは愛されているなと感心していたのだが。

 給食のプリンじゃんけん同様、どうやら俺は盛大な勘違いをしていたらしい。

 片峰が選んだ花は、いずれも仏花だった。

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